ふたりの王

 国王には確かに弟がいた。しかし、クレオとパトラのように双子ではなく、違う顔だ。そいつは偽物ってことなのか。

 何のために? そもそも本当に双子だったのか?

 魔王なら、姿を似せることが出来るのでは?

 しかし、それに何の意味があるのか。


 『ワシらの家系はいつの代からか、必ず双子が生まれるようになっていた』


 国王とよく似た顔の男がそう語り始めた。


 『女の双子は何も問題ない。そのまま王宮で育てられる。王位継承者となる男の双子はそうはいかん。詳しくは知らんが、特別な選別方法でどちらかひとりが選ばれる。

 選ばれなかった子は殺される。そういう決まりだった。そして別の子を弟として迎え、育て、辻褄を合わせる。

 ところが、王妃の世話役をしていた女が事実を知り、それを不便に思い、その子を連れて逃げた。追っ手に何度も殺されそうになりながら彼女は逃げ続けた。

 そして、その子が十二歳になった頃、体を壊し死んだ。長年の逃避行で心も体もボロボロになっていた。

 残された男の子は誓った。血は繋がっていなくとも、その子にとって彼女は母親同然。

母を殺したその国を滅ぼしてやる。国王の家系を呪ってやる、と。

 その子は力を得るため、悪魔に魂を売った』

 

 それがこのワシだ、と最後に言った。

 男の話が本当だとすると、さっき見た死神は本物かもしれない。

 国王と魔王。

 ふたりの王が双子の兄弟だって? 何だこの展開は。さっさと魔王を倒して勇者として国に帰りたいのに、話が複雑になってきた。

 アルカスはどう行動すればいいか迷っていた。

 「クレオは何処にいるの? ついでに勇者達は?」

パトラ姫が言った。

ネゴの話では国王と魔王は何かの契約を結び、適当に勇者一行を作り上げ、魔王退治を演出した。そんな話だったが。


 『クレオは地下牢にいる。心配ない、姫様らしく丁重に扱っておる。残りの勇者達は、どれ程の実力か対戦してみた。するとどうだ、あっという間に死におったわ。

 特に剣士の男は剣を抜いたこともない、何処かの貴族の息子だそうだ。

 あの馬鹿国王め、娘の賭け金のために、勇者への投資を渋ったようだ。まあ、契約では戦わない事になっていたがな』


 それにしても、よく喋る魔王様だ。久しぶりの来客に気が緩んでいるのか?

 「お父様と何の契約をしたの?」

パトラ姫が問う。

 チラッとアルカスに視線を送った。

 なるほど、そういう事か。コイツを姫にしておくのは勿体無いな。

 アルカスは頭をフル回転させた。集中力を高め、魔王討伐の作戦を構築し始める。

 彼女はアルカスが作戦を考える時間を稼いでいたのだ。


 『あの男め、国の領土の半分をやるから協力してくれ、などと言ってきおった。ワシが死んだはずの弟だと知らずにな。契約はすると言ったが、守るとは言っていない。あいつは本当に馬鹿国王だ。

 領土の半分などでは足らぬ。ワシはこの世全てを支配してやる。新しい世界を創り、国々を統べた王になってやる』


 男、魔王は、熱弁のあまり椅子から立ち上がり、両手を広げていた。自分の言葉に陶酔している。

 結局、復讐がしたいのか、支配がしたいのか。ただの強欲、国王と差異はないのではないだろうか。


 アルカスの目つきが変わった。一点の曇りも無い、剣士の目だ。

 パトラ姫の方を向く。目配せだけして、後ろの魔法使い達に合図を送る。攻撃のパターンを打ち合わせ通り指の本数で伝える。

 よし、行ける。

 恐怖心を闘争心で打ち負かす。全員の気持ちがひとつになった。

 さすがの魔王も彼らの変化に気づいた。


 『ワシと殺り合うつもりか。いいだろう、よい暇つぶしだ』


 何でいつも悪役のボスは自信過剰の上から目線なんだ。たまには謙虚な奴がいてもいいのに。

 アルカスは左肩の剣を抜きながら思った。

 剣を振り下ろし床に叩きつける。

 ゴゥ、と低い地鳴りのような音が響き、天井が一瞬光った。

 雷だ。落雷が魔王を襲った。


 『フン、この程度の雷で・・・・!』


 気づくと、辺りは煙のようなもので充満していた。

 視界はゼロだ。

 すぐ近くで剣を振る音。今度は嵐のような風が吹いた。煙は渦を巻き、魔王の体に巻き付くように集まった。

 視界が開けた時、パトラ姫が弓を構えていた。

 風を切る音が二回。

 何かが魔王の足に刺さった。

 なんと! それはアルカスの背中にあった剣ではないか。両足に一本ずつ、魔王の足を貫き地面まで刺さっている。アルカスが風の力を利用して投げつけたのだ。

 弓を放つ。魔力を帯びた矢は一直線に飛ぶ。

 魔王は腰の剣を抜き振り払う。

 少し離れた場所で、クンセイが指を弾く。

 煙が着火され爆発した。両足を縫いつけられた魔王は動けずまともに食らう。

 どうだ! 効いたか


 『なかなか面白い攻撃だ』


 アルカスはネゴの名を叫んだ。

 魔法詠唱。魔王の全身が凍った。間を開けずクンセイが魔法発動。指を弾き煙が爆発。再びネゴの氷魔法。

 急冷と急熱を都合三回、連続で行なった。

  爆風が弱まった頃、魔王はゆっくりと足に刺さった剣を抜き、握力だけで砕いた。


 『攻撃は悪く無かった。そろそろ終わりにするとしよう』


 ネコババが両手を床につける。

 魔王の足元の床が砂と化しアリ地獄が広がってゆく。体が砂に沈んで行くのも気にせず、魔王は前進した。膝のあたりまで埋まった時、パトラ姫が矢を放った。

 魔王は剣を振った。

 しかし・・・・

 矢は剣を砕き、魔王の右目に刺さった。

 小さく呻く魔王。

 すぐ目の前で、アルカスが赤く熱を帯びた剣を振り上げていた。

 魔王の首目がけて振り下ろす。ヒットしたが途中で折れた。すぐに捨てて左腰の剣を抜く。

 アルカスは細身の剣を振り切った。

 魔王の頭だけがアリ地獄の中へ沈んでいった。


 甲高い笑い声が広間に響いた。

 「馬鹿が。調子こいて余裕かましてるから悪いんだ。ざまあみろ!」

 顔は綺麗だが言葉は汚いパトラ姫。

 だんだん慣れてきた自分が怖い。

 ひとつの賭けではあったが、魔王とて生き物。首を切り落とせば死ぬようだ。

 何より、その前の急冷と急熱で肉体を脆くできたのが勝因だ。

 アルカス一行は魔王を倒した。


 その後、一行は地下牢に幽閉されていたクレオ姫を助けた。

 「皆様、有難うございます。私ごときのために、命がけでこんな所まで来て頂いて、感謝の気持ちでいっぱいです」

 品がある。

 これだよ、これが姫様だよ。何かいい匂いがするし。

 同じ顔でもこんなに・・・・!

 腹を殴られた。

 「あたし以外の女に色目を使うな!」

 周りの仲間に笑われた。

 仲間、か。

 いい言葉だ。こんなに居心地がいいのも悪くない。

 自分の汚名を晴らすために始めた旅。見知らぬ者同士の集まり。命がけの戦いを共有して生まれる信頼。

 孤独に生きてきたアルカスにとって、この旅で得たものは大きいようだ。

 「さて、まだ旅は終わりではありません。姫様を無事国へ送り届けるまでは」

ネゴが言った。

 そうだな。

 アルカスは仲間たちを見回す。

 「よし、じゃあ帰るか」

 皆が笑顔で答える。


 城を出ると、空が少し明るくなっていた。

 死神の姿はない。朝が近いからいないのか、魔王が死んだからいないのか。

 今度は城の正面の、大きな橋を渡って退城する。

 眼前に、どこまでも続いていそうな緑豊かな草原が広がっていた。



 

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