帰還

 念のため、城内をくまなく調べたが、勇者一行の生存者はいなかった。残念ながら、スパイとして加わっていた魔法使いも殺されたようだ。

 魔王が倒され、『火の道』も『魔物の森』も、元の姿に戻っていた。

 荷物持ち二人、盗賊達、無事合流し帰路に着いた。

 旅は順調に進んだ。

 砂漠でネコババと四人の盗賊達と別れた。クレオ姫が、お礼がしたいので是非王宮にと懇願したが、首を縦には振らなかった。

 ま、当然だろう。盗賊なんだから。

 「楽しかったぜ。また旅することがあったら誘ってくれよ」

そう言ってネコババは去っていった。


 王国まであと半日、という所で王国騎士団がやって来た。国王の命を受け、姫様の護衛につくらしい。こいつら、どうやって俺達の旅程を知ったんだ?

 ネゴの話では、国王が魔王討伐の状況を把握するため、監視役なる者を用意して、報告させていたそうだ。それを聞いて、何となく酒場でこの旅の話を持ちかけてきた男の顔が浮かんだ。

 あいつなら、俺達と国王と二股かけていそうな気がした。

 

 王国へ迎え入れる準備の都合上、今日は砂漠での野営となった。騎士団と共に来た王宮世話役の女官達が、姫様達を王族御用達の超高級セレブ天幕へ連れていった。

 パトラ姫が最後まで渋っていたが、

 「どうぞどうぞ、遠慮なく連れて行ってくださいな」

というアルカスの言葉を聞いて、おとなしく従った。

 去り際、パトラ姫が彼の耳元で言った。

 「お前、覚えとけよ。夜中に夜這いしてやるからな」

 本当にやりそうで背筋が寒くなった。

 姫様達と共に天幕へ向かったネゴが一礼し、

 「姫様をよろしくお願いします」

と言ったので、益々怖くなった。


 色々な意味で眠れなかった夜が明け、自分の貞操が守られたことに安堵するアルカス。朝食は簡単に済ませ、出発の準備を始めた。途中、騎士団のいる方から起こったどよめきに作業の手が止まる。

 二人の姫が天幕から現れたようだ。

 「おお、すげぇ」

 思わず感嘆の声を漏らすクンセイ。

 見たこともないような豪華な衣装。そしてきらびやかな装飾品にも負けない美顔。 黙って立っていると、どちらがパトラか分からない。

 ふと、後ろを歩いている姫様がアルカスの方を向いた。

 ニッコリ笑って挨拶をする。

 同時に騎士団から、嫉妬という名の痛い視線がアルカスを襲った。

 あの野郎、やりやがったな。

 俺は何も気づかないフリをして作業を再開した。


 いよいよ出発となった。騎士団を先頭に、アルカス達、そして姫の乗る馬車の順で隊列を組み、一行は進んだ。待っているのは民衆の拍手喝采。彼らは勇者として王国に迎え入れられるのだ。

 アルカスは横にいるクンセイとバン、後ろのネゴとパトラ姫。仲間たちを見回し、ひとり微笑んだ。

 

 勇者も魔法使いも、全くの別人なのに、そんなことは関係なく盛大に王国へ迎え入れられた。自分もそうだが、結局騒いで酒が飲めればそれでいいんだよ、みんなは。

 大通りをパレードして、そのまま王宮へ。

 豪華なだだっ広い部屋に通され、夕方から宴会が始まった。それから三日三晩、俺達は飲んで食べて騒いだ。


王宮に滞在して四日目、アルカス達勇者を讃える式典が行われた。赤い絨毯が敷かれた天井の高い式典会場。王国騎士団が整列する中を、アルカス達が歩いている。国王との対面の場なので、剣と杖は持っていない。

 正面の数段高い場所に、国王と王妃が豪華な椅子に座り、その両側には二人の姫が立っていた。

 高官の進行のもと、式典が始まった。

 魔王に姫がさらわれた所から始まって、討伐に至るまで、旅の内容が細かく説明された。魔王が国王の実の弟だということは伏せられていた。国の秘密事項だよな。

 姫を救ったお礼として貰える報酬額を聞いて驚いた。一生遊んで暮らせる程の額だった。その後、形式的な式典は進んで、国王様の有難いお言葉を頂き、そろそろ終わりに近づいていた。


 いよいよだ。

 アルカスは三人に目配せをした。

 「国王様、少しお話してもよろしいでしょうか?」

 高官が露骨に嫌な顔をした。

 騎士団の甲冑が擦れる音とざわめきが起こる。

 「構わん。申してみよ」

 国王のひと言で再び会場が静寂を取り戻す。

 アルカスは数回深呼吸した。

 「俺達が魔王の城に入った時、空に死神が飛んでいました。その時は怖くて何も思わなっかた。ですが、魔王の言葉を聞いてちょっと不思議に思ったんです。奴は力を得るために悪魔に魂を売ったと言いました。なのに何故、『魂を狩る死神』がいたんでしょうか」

 国王の顔がこわばる。

「貴様、何が言いたいのだ?」

高官が問うた。

 「死神は、死を迎えた人間ひとりに一体つく、と言われています」

そう言って上を指差すアルカス。


 彼に促され、高官や騎士団達が上を見る。

 式典会場の高い天井スレスレを何かが円を描いて飛んでいる。

 人は想定以上の恐怖を感じた時、呼吸も心臓も止まるとか。会場にいる全員が凍りついた。

 黒いローブを身にまとい、手に大きな鎌を持った死神が浮遊していた。

 「ここに来て確信しました。国王様、あなたは死神に死の宣告をされている。にもかかわらず、自分の命欲しさに他の人の魂を狩らせて生き長らえようとしている。魔王の城にいたのは、おそらく自分の用意した勇者達か俺達の魂を狩らせるつもりだったんでしょう。

 俺達全員が無事ってことは、勇者達の誰かの魂を狩ったんだ。それでもなお、国王様の上には死神がいる。一人や二人の魂では償えない程の罪をあなたは犯しているってことだ。

 国王様、もう自分の罪を認めて、終わりにしたらどうです?」

 顔面蒼白の国王が立ち上がった。震える手でアルカスを指差す。

 「こ、こいつの命をくれてやる! 死神よ、この男を狩れ。足らなければ、ここにいる全ての者を狩れ!」

 死神の動きが止まった。

 鎌を胸元で構え、下にいる人間を見ている。日中なのにフードの下は暗く、光る二つの点しか分からないが、鎌を持つ手は白い骨の手だった。

 アルカスの後ろにいた二人の魔法使いが腕にしがみついてきた。

 「あ、兄貴、超怖え~っす!」

クンセイかバンが言った。

 どっちが言ったかも分からない程アルカスも平常心を失っていた。


 音も無く死神が降りてきた。

 騎士団の大半が恐怖のあまり腰を抜かしてその場にへたりこんだ。

 頭スレスレの高さを死神が飛んでいる。まるで狩る人間を吟味するかのように、ゆっくりと、しかし確実に。

 やがて死神は決断をした。ひとりの男の前で止まる。

 国王の前だ。

 鎌を振り上げると、地の底を這うような不気味な声が響いた。


 『もはや ほかの者では 罪は償えぬ お前の魂をいただく』


 鎌が降り下ろされた。

 音が消え、耳の奥に激痛が走った。

 死神は煙の様に形を失い、やがて消えた。同時に耳の痛みもなくなった。

 アルカスと二人の魔法使いは、脱力しその場に座り込んだ。ふと、息をしていない事に気づき、慌てて呼吸する。

 どうやら終わったようだ。

 国王は・・・・

 白眼をむき、口を開けたまま椅子に座っていた。

 魂を抜かれ、ただの肉の塊と化している。

 王妃と二人の姫は、そのすぐ横で抱き合って座っていた。


 「ここにいる者達、よく聞け!」

高官が叫んだ。

 「ここで見たことを決して話してはならぬ。他言無用だ。いいな、国王様は病気療養のため、しばらく公の場にはお出にならない。国王様は亡くなっておられない。分かったな、病気療養だぞ!」

 どれだけの者が高官の声を聞いているのか。

 式典会場はそれからしばらく静寂に包まれていた。


 数日後、国王は病気療養、当面は弟君が代行する、と国民に発表された。

 アルカスと二人の魔法使いは、再会を約束して別れ、王宮を離れた。一生遊んで暮らせる程の報酬は見送られた。国王が賭け事に相当使い込んでいたらしく、国の財源がかなり厳しいらしい。

 王妃や高官達に何度も頭を下げられ、従うしかなかった。

 その代わり、王宮への出入り自由許可をもらった。加えて、姫との交際も許された。

 アルカスとしては姉のクレオ姫を選びたいが、まあ妹のパトラ姫が黙ってはいまい。あらゆる手段を使って妨害するだろう。

 自宅に帰ってしばらくは、英雄話を聞きにとか、勇者を一目見に、とかなり騒がしかったが、ひと月も経てば元の生活に戻っていた。

 パトラ姫から何度も王宮に誘われたが、鍛冶屋を休業していた分の仕事がたまっており、とても行けそうになかった。

 一日の仕事を終え、ため息をつくアルカス。

 そろそろ名前戻していいかなあ、とひとりつぶやいた。

 

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