灼熱の大地

 パトラ姫が加わっての侵攻は怒涛のような進撃だった。

 先頭はヒムラハムとネコババが、その後ろでパトラ姫が左右の魔物を狙った。彼女の放つ矢の威力は凄まじく、急所に当たれば一本で魔物を倒した。

 姫は四人の盗賊を従え、二人に左右それぞれ矢の回収にあたらせ、ひとりは矢の受け取り役、ひとりは矢筒へ入れる役を担っていた。

 荷馬車はネゴ自ら運転し、四人の盗賊への指示と、姫のサポートをした。

 「はは、こりゃ楽でいいや。魔物め、どんどん来やがれ!」

 姫の活躍で、主役である先頭二人は霞んで見えた。


 途中、食事も兼ねて寄った安全地帯で、ヒムラハムは名前の変更を命令される。

 「お前の名は呼びにくい。ネゴ、なんかいい名を考えろ」

姫が言った。

 「それでは、勇者らしく『アルカス』はいかがでしょうか?」

ネゴが問う。

 「お、いいじゃないか。それにしろ」

 というわけで、旅も終盤にさしかかった頃、名前が変わった。

 ヒムラハムはアルカスになった。

 本人の同意など、はじめから関係なかった。


 それから日が落ちるまで、アルカス一行の進撃は続き、予定より一日早く目的地に着いた。

 魔物の森はクリアされた。


 明日からはいよいよ最後の難関、『火の道』と呼ばれる場所だ。

 火山と溶岩、草木一本生えていない灼熱の大地。ここを一日分歩けば、魔王の城が現れる。

 明日に備え、休息をとるアルカス一行。なかでも四人の盗賊達の疲労は相当だ。姫の美貌に惑わされ、一日中従者として動き回った結果、食事も喉を通らず、今は寝ている。

 「あいつらは置いていくしかないな」

と、ネコババ。

 「荷馬車はここに置いていきますので、彼らには護衛役として残っていだだきましょうか」

ネゴが言った。

 魔王の城へ向かうのは、アルカス,ネコババ,パトラ姫,ネゴ・シエタ,魔法使い二人,荷物持ち二人、となった。


 焚き火のまわりで食事をしながら、明日からの打ち合わせをする一行。

 それぞれが間隔を開けて座るなか、アルカスはパトラ姫のすぐ横にいた。いや、正確には姫が彼に近寄った、だ。それこそ肩が触れるくらい密着している。

 男として悪い気はしないが、つい眉間にしわがよるアルカス。

 「お前、強いな」

小声でつぶやくパトラ姫。

 先頭で剣を振るいながら感じた視線は彼女のものだったか。今日一日、彼の戦いぶりを見ていたようだ。

 確かに、四本の異なる特性の剣を使い分ける者は、そうはいないだろう。

 「強い男は好きだ」

そう言って、アルカスの影に隠れるように少し後ろへ下がる。

 ネゴは『火の道』の進行方法などを話し始めた。


 「お前を気に入った。あたしの男になれ」

 姫に逆ナンされた。

 性格はともかく、その美しい顔で、はにかみながら言われると、何とも言えない感情が込み上げてくる。

 気持ちは嬉しいが、一国の姫様がそんな軽く決めていいのか。

 「姫様!」

 ネゴの一喝。

 「そういう事は、全てが終わってからになさいませ」

 はーい、とあっさり引き下がるパトラ姫。

 さすが教育係。彼女の行動は全てお見通しのようだ。

 それからは、姫もおとなしくネゴの話を聞いていたようだが、アルカスに熱い視線は送り続けていた。


 一夜明けて、いよいよ出発となった。

 ここからは熱さとの戦いとなる。ネゴから渡された皮靴は、底が分厚く重かったが、火傷するよりましだ。

 四人の盗賊達に見送られ、岩だらけの大地を進む。

 土系魔力を持つネコババは、地面の温度、マグマの流れが分かるらしく、意外に熱さはしのげた。

 先頭はそのネコババと地図を持っているネゴ。中央に荷物持ち二人と魔法使い二人、そして後方はアルカスとパトラ姫。


 途中、話題が尽きたので、勇者一行の情報をどれだけ知っているのか、ネゴに聞いてみた。

 「彼らは砂漠を三日で進み、魔物の森を避けるため、召喚士が召喚したドラゴンに乗って移動、二日で魔王の城に到着しているはずです」

 なるほど・・・・

 て、ちょっと待て。おかしなことになってるぞ。

 我々は勇者一行の五日あとに出発したよな。

 「おいおい。勇者達は俺たちが出発した日に、城に着いてるじゃないか。とっくに魔王は倒されてるんじゃないか?!」

 思わず感情的になるアルカス。

 しかし、ネゴの態度は変わらない。

 「ご心配なく。こちらは国王と魔王が何かを条件に契約を結び、姫様をさらわれたフリをしているとの情報を把握しています。魔王が倒されていることはありません」

 国王は最近落ちてきた自身の威厳を取り戻すため、茶番劇を画策したのか。

 それに、と話を続ける。

 「彼らに同行している魔法使いのひとりは、こちらの用意したスパイです。何かあれば、連絡がくることになっております」


 あー、なるほど。そこに金を注ぎ込んだから、こちらの魔法使いがへっぽこなのか。

 俺はお人好しのただの偽善者だな。 

 一気にやる気がなくなる。

 「用するに、お前が魔王を倒して本当の勇者になればいいわけだ」

パトラ姫が言った。

 「兄貴ならなれますぜぇ」

クンセイの言葉に頷くバン・ソーコ。

 ネコババも、ネゴも、同意の表情。

 アルカスのやる気が復活した。


 単純な者は怖いもの知らずだった。

 

 太陽が真上になった頃、『火の道』の主が現れた。

 ネゴに聞いていた通り、どの順路を使っても現れるようだ。このエリアではコイツを倒さないと先に進めない。

 クンセイとバンを荷物持ち二人の護衛と後方支援にあて、アルカス、ネコババを先頭、パトラ姫を中間に、そのすぐ後ろにネゴを配置した。

 「デカいな・・・・」

ネコババが見上げて言った。

 ここの主は岩でできた蛇、いや頭部に何本ものツノ状のものがあるので竜だろうか。それが目の前で蠢いている。ゴツゴツした表面の隙間から、煮えたぎった溶岩が流れ落ちると、地面から蒸気があがった。

 コイツが生き物とするならば、流れる血は溶岩か。

 

 岩の竜が大きく反り返った。

 息を吸い込み何かを溜めているように見える。

 「火を吹くぞ!」

アルカスは大声で叫んだ。

 ネコババは魔法詠唱に入っていた。

 ムチのようにしなった体が戻って来る。

 溶岩をまき散らしながら、口から火炎が吹き出す。

 地面が揺れた。

 目の前の岩が壁のごとく盛り上がる。

 「アチッ」

アルカスはそう言って両腕で顔を守る。

 ネコババの魔法により、岩の壁で火炎を防いだが、熱風は容赦なく襲ってきた。

 ネゴの事前情報がなければどうなっていたか。

 後ろのパトラ姫に目線を送る。

 彼女は笑みを浮かべながら弓を構えた。

 本当に姫様なのか。この緊迫した場面で笑ってるなんて。根っからの戦闘好きだな、などと思いながら、右肩の剣に手をかける。


 火炎の放射が止まった。

 真っ赤に熱された岩の壁が消える。

 アルカスは剣を抜き、ひと振りして納める。

 パトラ姫は矢を連射する。

 彼女の魔力と矢尻に付けた魔法石の粉の力で、矢は一直線に飛ぶ。

 これではまだ足りない。

 アルカスの剣が起こした風で、矢はさらに加速する。

 火炎を吐ききった岩の竜の体を矢は貫いた。

 空いた穴から溶岩が吹き出す。

 よし、作戦通りだ。

 ネコババが皮の手袋をはめて地面に両手をつける。

 足元の岩が砂状に変化する。

 小さな窪みがどんどん大きくなる。

 アリ地獄は岩の竜まで広がった。竜はバランスを崩し頭を地面につけた。

 頭上から岩の塊が降ってくる。

 岩の竜はその下敷きとなり、頭を持ち上げることも動くこともできなくなった。

 

 アルカスは右腰の剣を抜いて左手から右手に持ち替えた。

 剣は赤く熱を帯びていた。


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