魔物の森と姫

砂漠を三日半で抜け、次は魔物の森だ。

 その名の通り魔物だらけ。昼夜を問わず襲ってくる。精神的にも体力的にも辛い場所だ。

 日が落ちるまでには少し間があるが、森に入ってすぐ野営となった。

 夕食までの時間、ネゴは森の魔物について説明した。

 主な種類と分布状況、そして撃退方法。

 何故そこまで詳しい情報を持っているのか、とても気になったが、明日からの戦いを考えると、質問する余裕はなかった。


 「森を最短距離で通っても、五日はかかると思います。くれぐれも体調を崩さないようお願いします」

 「心配すんな。体だけは頑丈だからよう」

 ネゴの言葉に即答するネコババ。

 彼の周りで頷く四人の盗賊達。


 「なんでお前までいるんだ?」

と、ヒムラハム。

 「つれないなあ。俺とお前の仲じゃねえか。面白そうだし、連れていってくれよ」

ネコババが言った。

 さっき会ったばかりだけど。

 ネゴは懐からそろばんを出し、パチパチはじき始めた。連中が参加した場合の損得勘定か。いかにも商人らしい。

 「魔法使えるしよう、役に立つと思うぜ。あ、金は要らないぜ、無料奉仕ってことで」

 ネゴの目がキラリと光った、・・・気がした。

 「そういう事なら話は早い。水と食料は少し節約すれば問題ありませんし、森を抜けるには戦力は多い方が有難い。ここは、彼らにも参加して頂きましょう」

 確かに、魔法が使えるのは有難い。だが、今日会ったばかりの奴らを信用していいのか。しかも盗賊だぞ。

 そんなヒムラハムの不安をよそに、盗賊たちと二人の魔法使いは意気投合。宴会の準備を始めた。

 ネゴはまたそろばんをはじいていた。

 何を計算しているのか。

 彼の冷静な態度に、ヒムラハムは少し肌寒いものを感じた。

 ネコババと四人の盗賊が仲間になった。



 魔物達は、種類によって生息場所と数が決まっている。元々は森にいた自然動物であり、魔王の魔力によって変化しただけだ。

 魔物は、基本不老不死で、倒しても一定の時間が経てば生き返る。そのため数の変化はない。

 なるべく魔物の少ない場所を通りつつ、生き返るまでの時間差を利用しながら、森を進むのが最善策だ。

 ネゴの手元にある地図と、彼の指示で、森の侵攻は順調に進んでいた。

 とってつけた様に、安全地帯なるものがあり、野営はそこでした。

   魔物の森に入って三日目の中程、事件は起きた。

 ヒムラハム、ネコババを先頭に、荷馬車を四人の盗賊と二人の魔法使いが守って進んでいた。

 クンセイの煙幕で(本来は火炎魔法なのだが)援護しつつ、先頭の二人が魔物を倒す、この体制で侵攻していた。

 ヒムラハムはとっさにしゃがんだ。

 同時に風を切る音。

 荷馬車が大きく揺れた。

 みんなの頭上に?が浮かんだ。

 進路方向の少し先で、魔物の咆哮が交錯していた。荷馬車を見る。車輪の近くに一本の矢が刺さっていた。これが荷馬車を揺らしたらしい。

 人並み外れた矢の威力に驚愕する盗賊達と魔法使い。

 「誰かが魔物と交戦中だぞ」

と、ネコババ。

 こんな森の深部に、人が迷い込むことはない。魔王の城へ向かう理由以外で、ここに人は居ない。

 となると・・・・

 「勇者組に追いついたのか?」

ヒムラハムは、荷馬車に乗っているネゴに尋ねた。

 「五日も先に出発していますから有り得ません。別の討伐隊の可能性もあります。ここは少し遠回りして、避けて進みましょう」


 ネゴの指示のもと、一行の進路が変更された。

 幸い魔物の咆哮は小高い丘の向こうから聞こえる。この進路ならあちらからは見えない。

 「魔王を倒しに向かう奴が他にもいるのか?」

ヒムラハムがネゴに問う。

 「以前にもお話しましたが、国王様は賭け事がお好きですから、私ども以外の方と賭けの契約をしているかもしれません。有り得る話です」

 なるほどねえ。

 国内情勢は貧富の差がより大きくなり、農作物などの生産縮小で失業者が増えたりしてるのに、かの国王は自分の娘を賭けの対象にして楽しんでいる。

 国が滅ぶのも時間の問題だな、とヒムラハムは思った。

 彼は歩く足を緩め、荷馬車の横へ。

 それにしても、と刺さった矢を見る。

 矢尻の羽に緑色の粉が付いていた。恐らくこれは緑色の魔法石を粉にしたもの。緑といえば風系魔法の石。

 なるほど、とひとつの疑問が消えた。

 普通、矢を遠くに飛ばせば、その軌跡は放物線を描く。ところがこの矢は一直線に飛んできた。つまり、風の魔力を使って威力と飛距離を強くし、矢尻に石の粉を付けて風魔法の持続性を上げている、ということだ。

 なかなかの策士。

 どんな奴か、ちょっと見てみたい気もするが・・・・

 魔物の咆哮が消えた。

 左手の丘の上に人の気配。

 「おい!」

 予想外の声に一同驚愕。

 「あたしの矢を返しておくれ」

 丘に立つ弓使いは、まぎれもなく女の声を発していた。

 しかも、いつも冷静なネゴが二度驚いていた。二度目は不可思議な奇声を上げて。

 女は丘を滑り降りてきた。全体的に薄汚れていて分からなかったが、近くで見ると妙な姿をしていた。

 魔物がはびこる森には似合わない貴族の女性が着るドレス。動き易くするためか、多少手を加えているようだが。

 荷馬車が止まりネゴが降りてきた。異常なほど動揺している。何かブツブツつぶやきながら女の方へ向かっている。

 彼に気づいた女の表情が変わった。

 「お、ネゴじゃないか。ネゴ・シエタ」

 「ひ、ひ、姫さま!」

 事件は現場で起きた。


 国王には娘が二人いた。

 クレオとパトラ。双子の娘だ。顔は同じだが性格は正反対だった。

 姉のクレオ姫は清楚でおしとやか。幼少の頃から王族の自覚と誇りを持ち、誰もが認める姫のなかの姫。

 一方、妹のパトラ姫は尻軽でがさつ。幼少の頃から城の中を走り回り、誰もが認める疫病神。

 で、目の前で食事をしている弓使いが、パトラ姫だそうだ。

 ネゴは確かに元々は商人だったが、十数年目から王宮勤務で、どうやら彼女の教育係らしい。

 育ての親、みたいなものだろうか。

 結果的にパトラ姫の個性が抜群に伸び、王家の姫からは離れて育ったようだ。


 食事が終わるのを待って、疑問を投げかけてみた。

 「姫様が何故森の中におられるのですか?」

 ヒムラハムの問いに、パトラ姫はバツが悪そうに笑みを浮かべた。

 「いやあ~、それが旅行先で姉と連れ去られたんだけど、暴れまくってたらココに落とされちゃってさあ。参ったよ、全く」

 「ご無事で何よりです」

 感無量のネゴ。


 普通に考えてみる。姫が魔王にさらわれた日から、勇者達が出発し、自分達がここにいるまでの今日、彼女は何日森にいるのだろう。その間、独りで魔物達と戦っていたのか。

 「とりあえず、姫様助けたから、帰ってもいいんじゃないの?」

と、パトラ姫の擦り傷を治療したバン・ソーコの言葉。

 そうきたか、へっぽこ魔法使い。

 「魔王を倒して、姫様を助けるのが条件だ。ここで帰っても意味がない。パトラ姫には森の安全地帯で待機してもらって、我々は先に進もう」

 そのほうが面白い、とネコババ。

 もう一人の姫様を助けようぜ、とバン・ソーコを説得するクンセイ。

 ヒムラハムの意見にみんなが賛同した。 

 さて、そうなると、数名護衛役として残ってもらうわけだが・・・・

 「あたしも行く!」

 何となくそんな気がしていた。

 「あたしを落とした魔王を一発ぶん殴らないと気がすまない。これは命令だ。あたしも連れて行け」

 姫が仲間になった。 

 



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