砂漠の王

 現国王は賭け事好きで有名だった。

 先代の国王が残した莫大な財産を惜しみなく浪費。一晩で千人の民が一生暮らせる程のお金が動くこともしばしば。

 競馬のような、動物や人が早さを競うもの。何百人という戦士が戦い、ひとりの勝者を決めるもの。

 政治のことは側近達任せ、日々近隣の国王や富豪達とギャンブル三昧。

 当然国勢は衰え、『砂漠の楽園』と呼ばれた国は崩壊へと近づいていった。

 そんなある日。

 観光旅行に出かけた姫が魔王にさらわれた。

 王は姫を助けるため兵を送ったが、精鋭の騎士団ですら魔王の城にたどり着けなかった。

 側近は言った。

 魔王を倒せるのは勇者だけ。勇者を募集しましょう。

 国内外から腕自慢を集めた。魔法使いも募集した。厳選な審査の結果、勇者とその仲間たちが組織された。

 勇者一行の出発数日前、国王のもとへある男が訪れた。

 大きな商会の会長だ。ギャンブル仲間でもある。

 男は言った。

 私と賭けをしませんか?

 国王様が選んだ勇者達と、私が用意する勇者達。どちらが魔王を倒せるか。

 国王様が勝てば私どもの商会と財産、全てお譲りします。しかし、私がもし勝ったなら、この国を頂きたい。

 姫をさらわれ傷心の国王に無礼極まりない提案だが、王はその時大声で笑ったという。

 面白い。受けてやる。

 側近達や王妃の猛反対に耳を貸さず、賭けは成立した。


 「で、俺達の登場なのか」

ため息まじりでヒムラハムが言った。

 王国を出発して二日目の夜。ここは砂漠のど真ん中。ネゴの指示通りに進み、日が落ちる前に着いた小さな森。

 食事を終えた後の、焚き火の前。

 今まで何を質問しても黙秘だったネゴが、ようやく事情を説明した。

 「あなたにとって一攫千金、汚名挽回の旅であるように、私たちにとっても商会の命運がかかった大事な旅です。どうか、魔王を倒して下さい」

 もう一度ため息。

 「それなら、もっとまともな魔法使い、いなかったのか?」

 蚊帳の外を決めこんでいた二人がこっちを見た。

 「兄貴ぃ~、そりゃあキツいぜ」

と、無駄に長身(2m超え)の魔法使いA、クンセイが言った。

 彼は火属性の魔法。

 実際は火が付く前の煙しか出せない。

 「俺達はどこまでも兄貴について行きますよ~」

と、筋肉質だが気の弱い魔法使いB、バン・ソーコが加わる。

 彼は回復系の魔法。

 擦り傷程度しか直せない。


「その事に関しては申し訳なく思っています。国王からの圧力もあって、魔力の強い魔法使いは確保できませんでした。彼らで精一杯でした」

 ひでぇなあ、とクンセイ。

 「彼らには、この旅で『魔法石』を集めて、魔力を上げてもらいましょう」

 魔法石。

 魔物が落とすアイテムの中で、割と率の高いもの。その石を杖に仕込むと魔力が上がる。基本的には魔力の上限はないが、本人の潜在能力によって決まる。

 石の色の種類は五つ。

 赤=火、青=水・氷、黄=土、緑=風、白=回復、などなど。

 この砂漠を抜けると『魔物の森』がある。その名の通り魔物が多い森で、アイテムを集めることができるだろう。

 ま、何とかなるか・・・・

 戦闘以外の部分をネゴが補助してくれるから、自分は戦うことのみに集中すればいい。それなりの剣術はある。効率よく魔物を倒していけば、経験値も上がっていくだろう。魔法使い無しでもどうにかなるかもしれない。


 それにしても、と、ネゴが話し始める。

 「腕の立つ剣士だ、とは聞いていましが、正直半信半疑でした。ですが、今日の戦いを見て、安心しました。まさか、『砂漠の王』と呼ばれる大サソリを倒されるとは・・・」

 二人の魔法使いも同意のうなずきを見せる。

 褒められるのは苦手だ。

 どういう態度でいればいいか分からない。

 火の粉が舞う焚き火の前で、しばらく戦闘美談が続いた。ヒムラハムはむずがゆい気分だった。



 三日目の夕方。

 もう少しで砂漠を抜けられる、という所で、一行の前に立ちはだかる一団。

 彼らといえば砂漠、砂漠といえば彼ら。

 盗賊団である。

 無益な戦闘はなるべく避けたい。ここは私の出番、とネゴが彼らの方へ歩き出す。ここは彼に任せるとしよう。

 「私達は少々先を急ぐ旅をしております。ここは穏便に事を済ませたいのですが、いかほど金品をご用意すれば通して頂けますか?」


 リーダーらしき男が鼻で笑った。

 「お前、馬鹿か」

 四人の部下も同様に笑う。

 「確かに俺達は金品や女を奪う。だが、ただそれが欲しいわけじゃねえ。奪われまいと剣を振り上げる、恐怖のあまり女が悲鳴を上げる。抵抗されればされるほど血が騒ぐ。そういうシチュエーションが欲しいんだ」

 なるほど。

 思わず納得してしまう勇者一行。

 「だが、今は金品が目当てじゃねえ」

 男の目線がヒムラハムに。

 「そこの剣を持った奴に用がある」

そう言って男はラクダから降りた。

 ネゴの横をすり抜け、ヒムラハムに近づく。

 いつでも剣が抜けるように体制を整える。

 「俺の名はネコババ。昨日の大サソリとの戦いぶりを見させてもらったが、久々に胸が踊ったぜ」

 ? ? ?

 「俺と勝負しろ」

 ・・・・はい?

 「俺に勝ったらここを通してやる」

 あの大サソリを独りで倒したヒムラハムに挑戦状とは。余程の馬鹿か、腕に自信が

あるのか。

 ネゴがいつの間にかすぐ横に立っていた。

 「さっさと終わらせて下さい」

そう言って荷馬車と召使い達を移動させ始める。

 ネコババの部下も安全な場所まで離れる。

 

 仕方ない。あまり気乗りしないが、相手はやる気満々だ。ここを治めるには戦うしかないようだ。

 舞台は整った。

 「準備はいいか?」

 ヒムラハムは手を挙げて合図した。

 ネコババは両手を砂の上に置いた。

 こいつ、土属性の魔法使いか・・・・!


 風が渦を巻き、砂が生き物のように蠢いた。

 足元の砂が吸い込まれてゆく。

 アリ地獄だ。

 剣士の脚力を奪う作戦か。

 ヒムラハムは深呼吸し確認する。両腰の剣と背中の二本の剣。彼は四本の剣を戦闘に応じて使い分けしていた。

 

 右肩の剣を抜きひと振り。すぐに納める。

 風が起こり嵐となる。砂が舞い、アリ地獄の進行が鈍る。

 ヒムラハムは走った。

 ネコババは剣を抜き、空いた手を空へかざす。

 空からラクダの大きさ程の岩が降ってくる。

 ヒムラハムは左腰の細身の剣を抜く。

 岩はひと振りで両断された。

 

 次の魔法詠唱は出来なかった。

 ネコババの喉元にはヒムラハムの剣先が届いていた。

 「これで通してもらえるかな?」

 遠くで二人の魔法使いが喝采。

 ネコババは笑みを浮かべた。

 「参った。あんたの勝ちだ」

 真っ黒な顔の中で、白い歯が光った。


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