剣と魔法と、ちょっとの冒険と

九里須 大

旅のはじまり

 三日間続いたお祭り騒ぎは、いよいよ最高潮に達していた。

 街の大通り。

 その日は朝早くから人が大勢集まっていた。『彼ら』の旅立ちの瞬間を一目見ようと、近隣諸国からも人が押し寄せ、宿屋と酒場は昼夜を問わず営業中。主人と従業員は不眠不休で働き続けていた。

 何処かで歓声が上がる。

 いよいよだ。

 通りに人がさらに集まり、道を塞ごうとしている。それを銀色の甲冑で身を包んだ王国騎士団が押し返す。

 『彼ら』の旅立ちを遅らせる訳にはいかない。国民や客人に多少の傷を負わせても道幅を確保しなければ。今日は国をあげての一大イベントなのだ。

 宿屋の窓はもちろん、建物のあらゆる窓から人が身を乗り出して通りを眺める。


 派手な行進だ。

 先頭には王国直属の楽隊が音楽を奏で、次に王国騎士団の中でも、国王護衛の精鋭が隊列を組んでいる。

 そして、王国の国旗に囲まれて登場するは、この行進のメインキャスト、勇者御一行様である。

 男達の野太い歓声がかすむくらいの女達の悲鳴。

 背中に大剣を携えた勇者が手を振るたびに、耳を塞ぎたくなるような甲高い歓声。

 確かに。

 男でもじっと見つめられたら、顔を赤らめてしまうくらいの美形の勇者だ。

 勇者は魔法使い二人と召喚士ひとりを従え行進していた。

 列の最後は国王と王妃。

 大切な姫を、魔王にさらわれた悲劇の王である。

 今日のこの日を迎えられて感動しているのか、国民の声援に感極まったのか、布で涙を拭いながら手を振っている。

 体型からすると、汗を拭いているだけかもしれないが。


 ある酒場のあるテーブル。

 彼らの行進に背を向け、浴びるように酒を飲んでいる男がいた。

 名はヒムラハム。

 この街の刀鍛冶職人だ。剣豪としても有名で、今回の勇者決定選手権の、最有力候補だった。

 彼が勇者になれなかったのは、不運としか言いようがない。

 美形勇者との決勝当日、腹痛のため棄権となったのだ。朝に食べた何かが腐っていたらしいが、本人には身に覚えのないことだった。

 美形勇者が人を雇い、薬を盛ったのではないかとウワサされているが、今となっては確かめようもない。

 ようやく掴んだチャンス。

 アメリカンドリーム、になるはずだったのに・・・

 勇者は、姫を助けることで莫大な財宝を手に入れることができる。それに加え、姫との恋愛も国王公認で許可される特典付きだ。

 ヒムラハムは木製のジョッキをテーブルに叩きつけた。

 剣を交えての敗北は仕方ない。

 しかし、腹痛で棄権とは・・・

 再び怒りがこみ上げる。とにかく腹が立つ。何に対して怒っているのかよく分からないがイライラする。

 「親父ィ、酒だ!」

 酒場の主人はやれやれといった表情で酒を取りに行く。

 「荒れてますねぇ、旦那」

 目の前に男が立っていた。

 彼は勝手にヒムラハムの前に座り、女店員に酒と料理を二人分注文した。

 「あんた、だれ?」

 細身の男は笑みを浮かべ、顔を近づけた。

 「旦那、勇者様にはめられたそうですね」

 腹痛の事を言っているのか。

 「噂だ。俺が体調管理出来なかったのが悪い」

 男は顔をしかめた。

 「旦那は人が良すぎる。あの美剣士、自分がのし上がるためなら手段を選ばない奴だ。あいつが薬を盛ったに違いない。私はそう思ってるんです」

 「あの男を知っているのか?」

ヒムラハムが尋ねる。

 「まあ、ちょっとね」

 なんだ、この男は? 


 「ちょっとした儲け話があるんですが、どうです?」

 儲け話?

 貧乏鍛冶職人(ヒムラハム)の目つきが変わる。

 「あの勇者御一行様より先に、魔王を倒し、姫様をお救い出来る方法があるとしたらどうです?」

 「なに?!」

 一気に酔いが飛んだ。

 「私には旅の資金と、魔王の城までの行路の知識がありやす。無いのは魔王を倒せる剣士のみ。旦那が来てくれるなら、心強いんですがねぇ」

 明らかに疑わしい。

 こんな虫のいい話があるわけがない。

 「見知らぬ男が、突然こんな話を持ちかけて、信じろってのが難しい。それは分かってます。ですがこのまま元の刀鍛冶の仕事に戻って地味に小銭を稼ぐか、嘘かもしれない話に乗って一攫千金を狙うか、どちらを選ぶかは旦那次第でさぁ」


 ヒムラハムの心が揺れた。

 男の言うように、鍛冶屋の仕事に戻ったところで、大金が稼げるわけがない。いくら剣の腕があっても、使う場所がなければ意味がない。

 本当に勇者達より先に魔王が倒せるなら・・・

 「お待ちどうさま~」

 元気な声で女店員がやってきた。

 テーブルに三つのジョッキと料理が置かれる。

 「ま、話は後にして、乾杯しましょう」

 二人の出会いに!

 盛大な勇者達の行進を背に、二つのジョッキがぶつかり合った。

 

 勇者一行が旅立って五日目の朝。ようやく準備が整い出発の運びとなった。

 ヒムラハムはひとり、街の大通りを歩く。

 彼の旅立ちを見送る者は誰もいない。

 勇者達が通った時のあの賑わいが、今では夢だった気さえした。聞こえるのは、鳥の鳴き声と、石畳の道を歩く自分の足音だけ。

 建物の窓から身を乗り出し、手を振る者もいない。まだ耳の奥に残る女達の甲高い歓声もない。

 しかし、この旅が無事終われば、自分は勇者となり、民衆の拍手喝采を受けることになる。

 必ずそうなる。そうなってやる・・・・なってみせる。

 彼は手のひらで両頬を二、三度叩き、士気を高めた。


 正門前の広場。

 出発の日の連絡を伝えにきた小僧の言った通り、そこには旅支度をした集団が待っていた。

 三頭のラクダと荷馬車が一台。

 半信半疑だった気持ちが一気に引き締まる。

 ヒムラハムは背中の荷物を担ぎ直す。

 

 酒場でこの旅の話を持ちかけた男がいた。

 彼はヒムラハムに気がつくと、笑顔で駆け寄っていった。

 「やあ旦那、体調はどうです?」

 「最高だ」

 男は軽く笑う。胡散臭い顔だが、どこか憎めないところがある。

 もうひとり、彼より少し背の低い男が近寄ってきた。

 「この男に旅のすべてを任しています。旦那はとにかく体調を万全にして、思う存分戦って来てください」

 目線を変える。

 教会の神父のような服装の男。姿勢が良くややつり上がった目元。商人のように何事も計算で推し量る、そんな雰囲気がある。

 「私はネゴと申します。よろしくお願い致します」

 早速ですが、とネゴは話を続けた。

 「この旅に必要な水と食料、及び行路の地図、万一の事故への対応、できる限り用意させて頂きました」

 この口調、本当に商人かもしれない。

 「ですが・・・・」

 ??? 

 「金銭的な面と日数の制限があったため、勇者一行に欠かせない魔法使いに少々不安がございます」

 ラクダの横に立つ二人。

 杖を持っているので、恐らく彼らが魔法使いだ。

 まだ若い。若い=魔力低い、だ。もしくは見習い魔法使いの可能性もある。

 ヒムラハムは男に目線を戻す。

 男は憎めない笑顔でごまかそうとした。

 

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