026:大樹ミラ
鬱蒼と生い茂る茂みの中を掻い潜り、ジェイドは厄災の暴魔の居所を掴むべく、スイ達と別れ、単身で調査していた。
出発した時は真夜中だったが、既に夜が明け、朝日が煌々と照らし出していた。
「確か、ルーの話ではこの辺りのはずだが」
ジェイドは足を止めた。
近くに何かの気配を察知したからだ。
(誰かが近くにいやがるな・・・それも複数か?)
(おいらが調べてみるっすよ)
「なっ!?」
突如現れた蜂の精霊ビーにジェイドは思わず声を上げた。
しかし、すぐにそれがリンの精霊であると認識した。
(声を出すと気付かれるっすよ)
(こ、これは一体何処から聞こえるんだよ)
(直接頭の中に語りかけてるっす。それより、右前方100m程先に6人組がいるっすね)
(精霊って便利なんだな。たぶん恐らく其奴らはバルアリーナの偵察隊で間違いねーな。それより肝心のターゲットの居所は掴めねーか?)
(ちょっと待ってね。今おいらの分身体が探してるって、あ、何か見つけたっすよ)
ビーが、分身体から情報を受け取る最中、一瞬にして白い靄がかった何かが、辺り一帯を覆った。
最初は不審に思ったジェイドだったが、それがすぐに何らかの魔法であると察知し、白い靄の範囲外に出るべく足早にその場を去った。
しかし、時既に遅く白い靄の境界線までは辿り着くものの、見えない壁に遮られ先へ進む事を阻まれていた。
「一体どうなってやがる・・」
ビーが白い靄に手をかざす。
「どうやら結界みたいなものっすね。破壊は可能かもしれないっすけど、おいらには無理っすね」
「くそっ!閉じ込められたって事か!」
「それだけじゃないっす。さっきからリンに連絡を取ろうとしてるっすけど、どうやらこの靄の中は外部との連絡も遮断しているみたいっす」
「・・・・確かにな。俺の方も駄目みたいだ。連絡手段も絶たれたのか・・」
任務遂行が絶望となったジェイドは膝をつき項垂れていた。
「一応伝えておくっすよ。前方の方向に崩壊した集落があって、そこにターゲットを含む3人の反応があったっす」
「ははっ、せっかく奴等を見つけたってのに連絡の取りようがねえ。何か策はないもんか・・」
「おいらは主に暗殺が得意っす。真っ向勝負は苦手っす」
胸を張って自己紹介するビー。
「暗殺か・・・スイには絶対に手出しするなと言われてるしな。って、どうかしたのか?」
ビーが何かを感じ取ったのか、忙しなく動き回っていた。
「6人組が何か行動を起こすみたいっす」
ジェイドとバルアリーナ偵察隊とは、現在距離にして150m程離れていた。
生い茂った木々の影響もあり、ジェイドは直接彼等を視認する事は出来ない。
ビーからの情報が頼りだった。
遠巻きに戦闘音が聞こえるもすぐにまた静寂を取り戻した。
「・・・・返り討ちにあってほぼ壊滅してしまったみたいっす」
「おいおい・・・まじかよ・・確か、偵察隊とは名ばかりの精鋭隊だって話しだぞ」
離れていても感じる圧倒的なまでの威圧、存在感にジェイドは恐怖で震えていた。
「話には聞いていたが、まさかここまでヤバいもんだとはな…」
ジェイドの脳内に暗雲が立ち込める。
その後、ジェイドは恐怖で身動き取れず蹲っていると、いつの間にやら白い靄がなくなっていた。
時に生物は恐怖に支配されてしまうと、時間の感覚を忘れてしまう。
ジェイドには、一体どれ程の時間が経過したのか全く把握出来ていなかった。
そんなジェイドを我に返させたのは、呼び掛ける仲間たちの声だった。
「ジェイド!無事か?何があった?」
ハッと我に帰ったジェイドは、蹲っていた顔を上げると、そこにいたのは、スイとアリシアの姿だった。
「スイ・・・どうしてここに・・・」
「お前の連絡が途絶えたからな、心配になったんだ」
立てるか?と手を差し伸べるスイ。
しかし、ジェイドはその手を掴まなかった。
「俺は・・・あの野郎が恐ろしくて、恐怖を覚えちまった・・・結果、このザマさ。ははっ、俺はいいから早く奴を追ってくれ」
パンッという音が辺りに木霊する。
途端に、ジェイドの右頬にじんわりとした痛みが襲ってきた。
「甘ったれるなよジェイド!俺達がここに来たのは死ぬ為じゃない!生きる為だ!俺達が前に進む為だ!恐怖に支配されて何が悪い?恐怖を恐れぬ者はいない。その恐怖心があるから無茶をせずに居られるんだ。死に急ぎ野郎の方がよっぽど達が悪いぜ」
再びジェイドに差し伸べられた手を今度は躊躇せずガッチリと掴んだ。
そのタイミングでリンも皆と合流する。
そんなリンの表情は曇っていた。
「リン、どうだった?その様子だと・・・」
「うん、ビーに尾行させてたんだけど、途中で撒かれてしまったみたいなんだ。取り敢えずその場所まで案内するよ」
「ああ、頼むぜ。ジェイド、お前は一度本陣まで戻って休んでおくといい」
「いや、続けさせてくれ」
「お前には別の仕事を頼みたい。ルーには、現状把握出来ている者以外に別の勢力がやってきた場合に備えて、何度も
「・・・・なら、しかたねえな」
「後は任せてジェイド」
「頼む・・」
ジェイドが離脱し、スイ達の来た方向に向かって走り去っていく。
「スイ・・・」
「ああは言ったが、恐怖ってのは達が悪いもんさ。一度味わっちまうと、それを克服するのは並大抵のものじゃない。ジェイドは・・・・戦場からは離脱させる」
無言で聞いていたリンも、スイの考えには賛成だった。
リン自身似たような経験があったからだ。
人は一度恐怖に屈してしまうと克服するには相応の時間が必要だ。
中途半端な状態で臨めば、最悪本人だけではなく仲間すらも巻き込んでしまう可能性だってある。
スイは考えていた。
ジェイドは前線で戦う役回りではないにしても、相応の力は有していた。
そのジェイドを持ってしても恐怖に縛り付けてしまう存在に改めて敵の強大さを思い知らされた。
本当に俺達だけでやれるのか?
しかし、何より俺自身が弱音を吐いては仲間達に示しがつかない。
やれるのかではなく、やるしかないんだ。
決意を新たにしてスイは前を見る。
ただ真っ直ぐに前だけを見つめた。
「敵はそう遠くない。気を引き締めるぞ」
スイの掛け声と共にリン達は厄災の暴魔一行を追う。
道中でガレス隊とも合流し、残された痕跡を頼りに進んで行く。
「足跡がここで途切れているな」
ここまでは、ビーの尾行と足跡を頼りに進んで来たが、ここへ来てその痕跡もなくなってしまった。
「その場から一瞬で消えちゃったっす」
ビーの情報が正しければ、転移系の魔法を使った事になる。
「厄災の暴魔がそんな事出来るなんて情報はないわね」
「恐らく同行者の男だろう。くそっ、厄介だな」
下唇を噛みながら舌打ちするスイ。
ビーに再度探して貰っても奴等にバレたら奇襲の意味をなさなくなってしまう。
「ノーム頼めるかい?」
リンは地の精霊ノームを召喚する。
茶色の長い髪をなびかせながら、リンに向かってニッコリと微笑みペコリとお辞儀する。
「彼等の正確な位置を割り出して欲しいんだ」
「ご主人様の仰せのままに」
ノームは目を瞑り、周りの精霊たち、はたまた何処までも続く大地へと語り掛ける。
待つ事数分の後、目を開けたノームは、リンに再びペコリとお辞儀をした。
「お待たせして申し訳ありません。その者たちの居場所が分かりました」
待ってましたと、辺りを散策していたスイたちも集まって来る。
「大樹ミラの眼下の都市ポートラームと言う場所にいますね。申し訳ありませんが、私が調べれるのはここまでです。もう少し正確な場所がお伝え出来れば良かったのですが」
「ノーム、十分だよ。ありがとう」
ノームが探索に時間を要したのは、街中など人がたくさんいる場所にいた為だった。
数が多いと、見分けるのがより困難となってしまう。
スイが深刻そうな顔をする。
「大樹ミラと言えば、このシア大陸でも一番の都市だな。一体奴等はどうやって一瞬でその場所に移動したんだ?」
スイが疑問に思うのも無理はない。
この場所から大樹ミラまでは直線距離でも500km離れており、飛龍を使っても2時間は必要だ。
「転移は相当高位の魔法よ。私たち魔族でも極々限られた者しか使えないもの。でも困ったわね、街中じゃ手が出せないわ」
「いえ、そもそもが周りに危害を及ぼす恐れがあります。すぐに僕たちも向かうべきです」
時間のロスを覚悟し、一度陣営まで戻り飛龍で目的地まで移動する。
眼前に巨大な大樹が聳え立つ。
その威風堂々たるやまるで、全てを見下ろす母なる大樹のように。
まだかなり距離はあったが、手を伸ばせば届きそうな程だった。
リンたちは飛龍の背に跨り、来たる戦いに向けて各々が思考を巡らせていた。
「あんなとこで戦いになれば、あっという間に何千、何万という命が犠牲になるわ」
「そんな事はさせません。それに関しては僕に考えがあります」
リンは過去の忌まわしい光景を思い出していた。
たくさんの命が奪われる。それだけは絶対に阻止しなければならない。この命に変えても・・。
それから30分程かけて、リンたちが大樹ミラへと到着した。
到着早々にビーに命じて厄災の暴魔捜索に向かわせていた。
「一先ずは、騒ぎになっていないのは安心したわ。まだ何も表立って行動していないと言うことね」
「取り敢えず、しらみつぶしに探すのは得策じゃない。捜索はリンに任せて俺たちは奴等を迎え撃つ場所を探すぞ」
ここからは別行動だった。
飛龍での移動中にこれからの作戦について話し合っていた。
ガレス班とユリシス、スイは、厄災の暴魔を迎え撃つ準備を整える。
(見つけたっすよ。でも様子が変っすね)
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