025:兎人族のルー

リン視点

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翌朝、陽がまだ昇る前にリン達は偵察情報から程近い開けた荒野まで移動していた。


ここまでは、飛竜に跨り約1日程費やし到着した。


ここを拠点とするべく、仲間達が簡素な陣営を展開していく。


「リン、それで奴らの動向は?」

「ええ、飛行中に少しだけ話しましたが、半日程前に偵察しているのが彼等にバレてしまったみたいで…」

「厄災の暴魔にか?」

「いえ、僕もそう思ったんですけど、どうやら彼と一緒に供をしている男の何らかの魔法のようです。偵察してもらっていた精霊は、不可視の魔法を使って遠距離から監視していました。にも関わらずそれを察知されたところを見ると、やはり供をしている者もかなりの実力を持っているのかもしれませんね。どちらにしても不確定要素が多過ぎます。一旦作戦を練り直すために退却した方がいいかもしれません」

「いや、ダメだ。これ以上遅らせればバルアリーナの連中に勘づかれる恐れがある。そうなったら、お目当ての物は手に入らなくなる」

「事情を説明すれば、何とかならないですかね?」

「それこそ不確定要素じゃだめなんだ。俺達にはあれを絶対に手に入れる必要がある。その為だったら多少は危ない橋を渡る覚悟くらいあるさ」

「…分かりました」


スイはどうあっても作戦を遂行する気でいる。


ユリシスが腕を組み何やら考え込んでいた。


「リン。その男は何者なの?厄災の暴魔が眷属召喚するなんて話、聞いた事ないけど」

「ええ、そうですね。前回戦った時も一人でしたからね。どちらにしてもハッキリした事が分かるまでは、同等程度の力を持っているとみて対処した方がいいと思います」

「戦力分散は痛いが、致し方あるまい。ガレス班がそいつを担当してくれ」

「いいぜえ、俺達の班って事は、倒すのが目的じゃなく、足止めからの・・・ああ、分断か?」

「そうだ。2人に組まれると厄介になるとの判断だ。出来るだけ遠くに引き離して欲しい」

「分かった。おい、お前ら集合だ。あっちで、作戦会議するぞ」


ガレスが自らの班員を連れて、陣営内に設営されたテントの中へと入っていく。


「リン、ユリシス、俺達は当初の予定通り、3人で厄災の暴魔を叩く」


黒夜蝶のツートップの2人とリンを入れた3人でターゲットと対峙する。


前衛のスイと遠距離のユリシス。

その2人をカバーし、援護するのが多彩な精霊達を連れたリンの役割だった。


「ソルトは恐らく人質となっている少女を救出してくれ。お前の奪取は、1日1回の限定だ。使い所を見誤るなよ」

「はい、分かりました」


奪取とは、シーフの覚える事が出来るスキルで、離れている場所の物体を瞬時の内に自身の元へ手繰り寄す事が出来る。

距離は、達人級にもなると50m程先の物体まで手繰りよせたという報告もある。

ソルトに関しては、平静状態で何とその倍以上の距離である120mまで可能だった。

しかし、1日1回という限定スキルだ。


「もうすぐ偵察に行ってるジェイドから何らかの報告があるはずだ。それまでは各々、鋭気を養っておいてくれ」


スイは、そのままガレス班のいるテントへと向かった。

リンはユリシスと2人、近場の大岩に腰掛け、その時を待っていた。


「いよいよね・・・」

「震えていますね、やっぱり怖いですよね」

「そうかもしれない・・・でもこの震えは、武者震いよ。私達は、勝つわ。そして・・・・」


ユリシスは口籠ってしまう。

込み上げて来るものがあるのだろう。


「僕も精霊達も出来る限りのことはしますよ」

「ええ、本当に貴方には感謝してるの。こんな無茶を聞いてくれて。命の危険だってあるのにね・・」


リンは明後日の方角を向く。


「僕自身・・・罪滅ぼしがしたいのかもしれません」

「え?罪滅ぼしってどう言う・・・」


「全員集合してくれ!ジェイドから一報が入った!」


スイからの招集命令だ。


リンとユリシスは話の途中で切り上げ、スイの待つテントへと向かう。

ユリシスは先程のリンの話が気になってはいたが、今すぐに聞かなければいけない程ではないと思い留まり、この作戦が終わった暁に改めて聞こうと思った。


「つい今し方、バルアリーナ国内にいるマルクから連絡が入った」


スイの表情は暗い。

表情から察するに良い話ではないのだろう。


「はぁ、、問題が起きた。バルアリーナの偵察隊に、どうやら厄災の暴魔の居所がバレたようだ」


バルアリーナ国内も動きが慌ただしくなっているとの事。


皆の表情も曇る。


「それは計画中止という事?」

「いや、計画はこのまま続行する」

「でも人族側が黙っていないと思うけど」

「ああ。隠れて行動を起こすつもりだったが、仕方ない。バルアリーナの迎撃部隊が到着するにはまだ時間が掛かる。そいつらが到着する前に倒すだけだ。無事に倒す事が出来れば、奴らも文句は言うまい」

「じゃあ、すぐに行動開始?」

「そうだ。すぐに移動する。ドルエムとギーラは拠点に残って、いつでも撤収出来るように準備しておいてくれ」

「了解です」


各々が身支度を整え、すぐに拠点を発つ。


目的地は、最後に目撃された場所だ。

この場所からは数km程だった。


そう遠くへは行っていないと睨み、しらみつぶしに探すつもりだ。


この場所で、ジェイドとも合流する。


「最後に見たのはこの場所ですね」


ビーの視界を通してリンが見ていた場所へと辿り着いた。

周りには、無残に朽ち果てた野盗の残骸が見える。


「これが風矢ウインドアローの威力か?」


野盗達と厄災の暴魔一行が殺りあっていたのは、ビーを通してリンも見ており、それによって知り得た情報は皆に報告していた。


「すまねえなボス。奴の動向どころかバルアリーナ偵察隊の居場所すら掴めなかった」

「いや、問題ないさ。半日ほど前までこの場所にいた事は間違い無いんだ。そう遠くへは行っていないだろう。同行者も居るわけだしな」


スイが一人の小柄な女性へと目をやる。


「ルー、行けるか?」


ルーと呼ばれた女性は、魔族ではなく兎人族ラビだった。

リンを除けばスイ達魔族のスラメルに入っている唯一の他種族でもある。

訳あって、彼等と行動を共にしている。


そして、彼女達兎人族ラビの能力の一つに、遠くの音を聞き分ける能力がある。


大きな耳に手をあて、クリクリと左右に揺らしながら

周囲の音を探る。

全方位で計4回同じ動作を繰り返していく。

大方の目星をつけると、次は自然界の音や他の生物とを区分けする。

前方に特殊な音波を飛ばし、対象の姿形を正確に把握する。


「現在この辺り周辺で動きがあるのは、1箇所だけのようです。しかし、リン様の報告にあった3人ではなく、6人の集団の足音を感じます。それに全員が成人した男性です」

「くそっ、えらく早いな。恐らくバルアリーナ偵察隊だろう。6人チームを組んでいたはずだ。ルー、索敵範囲は?」

「はい。私が正確に把握出来る範囲として、直進約20kmです」

「それなら、恐らく範囲内にいるはずだ。奴等は人質を連れているうえに、この辺りは足場も悪い」

「だったら考えられるのは、何らかの探知に引っかからない手段を取っているのでしょうか?」

「恐らくな。ルー、ちなみに気配探知で何か違和感を感じた場所は無かったか?」


ルーは目を閉じ、再び耳をピクピクと動かしている。


「再確認しました。直径およそ500m程の範囲に全く何も感じ取れない空間があります。最初は、深い穴でも空いているのかと思いましたが、その周りから戻って来る反応を確認するに、もしかしたらその範囲内だけ、何らかの方法で外部から遮断されているのかもしれません」

「場所は?」


ルーは、真っ直ぐに指を指す。


「この方向に大体7km程行った辺りです。ですが、あくまでも推測です。それに件の集団もそちらの方向に向かって進んでいるようです」

「他に手掛かりがない以上、それに掛けて見る他ないな」


既に辺りは闇に包まれている。

生い茂る木々も相まって、一層暗がりさを増していた。


「奴らが罠を貼っている場合、全員で動くと全滅する可能性がある。ジェイド、偵察を頼めるか?」

「ああ、任せてくれ」

「いつも危険な役回りを頼んですまない」

「この中じゃ、俺が一番偵察経験があるからな。罠があった場合は、一番切り抜けられる可能性が高いだろうさ」

「ああ、信じてるよ。30分置きに定時連絡を入れるよう心掛けてくれ」

「了解だ」


頷くと、ジェイドはすぐに移動を開始する。

リンは、こっそりとジェイドと一緒に精霊を向かわせた。


(ビー何度も悪いけど、ジェイドさんに危険が及ぶようなら助けてあげてくれないか)

(任せてくれっす!)


「時間が惜しい。ターゲットだと断定された場合、すぐに行動を開始するからそのつもりでいてくれ。勿論、あちら側からの先制攻撃にも警戒しておいてくれ」

「そうね、周りは私が警戒しておくわ」


ユリシスが杖を持ち、その場から離れる。


気付けば、遠くの空が光を帯び始め、夜が明けようとしていた。

ジェイドが出発してから既に3時間近くが経過しようとしていた。

定時報告があったのは最初の1時間で、以降は何の連絡も来ていない。

リンも同様に、ビーからの連絡がジェイド同様に1時間を過ぎた境からパッタリと途絶えていた。


「流石にもう待てん。移動を開始するぞ」

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