023: 新たな決意

「それはそれは災難でしたな・・・ご冥福をお祈りします。こんな辺鄙な場所で宜しければ、ゆっくりと体を休めて行って下され」


口元に豊かなふさふさの毛を生やした優しそうな村長に事情を説明したユーリは、1軒の小屋を提供して貰い、そこでの滞在許可を村長より頂いた。


「食糧は、その小屋に運んでおきましょう。お連れの方は、既に小屋へと案内しております」

「何から何までありがとうございます。このご恩は必ず、お返しさせて頂きます」


ユーリは頭を下げてその場を後にする。


「ふふふ・・・・言われなくともすぐにお返しして頂きますよ」


出て行った後に村長から小声で発せられたその声はユーリには届かない。


「ユーリ殿、遅かったな」


小屋に入ると、ブラッドは藁でできた寝所でくつろいでおり、クゥは果実をムシャムシャと食べていた。


「んごんご、ひつにひみだぞ、ゆーひ」

「クゥちゃん、喋る時は口の中の物がなくなってからにして下さいね」


ブラッドは、頬をほんのり朱色に染め、一升瓶を鷲掴みにしている。

その背後には空になった一升瓶が3本転がっていた。


「うわ、お酒なんてあるんですね」

「おお、先程ここの村人が持って来てな、遠慮するなと言うもんだからな」


ユーリが驚くのも無理はない。

お酒自体は、都市部からすればさほど珍しい物ではない。

しかし、この場所は都市部からはかなり離れた辺境のそのまた辺境に位置する小さな集落だ。

ユーリ自身もお酒の存在自体は知ってはいたが、生まれてからこの方、見た事は2度程しかなかった。

つまり、この辺りではお酒は貴重品なのだ。


食糧自体もこの辺りでは見た事ない果実が並んでいる。

後は主食でもあるジュルという食べ物だ。


ジュルは、植物の根が肥大化したもので、育つと手の平大程度のサイズになる。栄養豊富で、世界中何処の土でも育つと言われるほど強く、痩せた土地でも耕作が可能な事から、好ましく食べられている。

食べ方は、焼いて皮を剥いてかぶりつくのが一般的だった。


ユーリ自身も歩きどうしで、かなり疲労していた事もあり、食事を摂るとすぐに眠りに落ちた。


誰もが寝静まった頃、ユーリ達の小屋の周辺から何やら話し声が聞こえて来る。


「3人の様子は?」

「はい、グッスリ眠ってるようですな」

「食糧と酒に大量に睡眠薬を仕込んだからな」

「それにしても貴重な酒まで与えちまって良かったのかよ村長!」


4人組の男達の最後尾にいたのは、この村の村長だった。


「馬鹿者。あまり大声を出すな。久し振りの若い娘さんだからね、それに中々に容姿も優れている。奴隷商に売りつけても十分に元が取れるでしょう」


物騒な会話だった。


この村は、時折来る旅人を騙して金品を略奪し、あろうことか奴隷商人に売り飛ばす卑劣な行いを何十年と行って来た。

それが、この村最大の収入源でもあった。


村人達が小屋のドアを開け、中へと入って来る。


「次に奴隷商人が訪れるのは、確か3日後でしたな」

「それまでは縄で縛って薬し漬けにして監禁しておきなさい」


下卑た笑みをこぼしながらユーリに手を伸ばす。


しかし、彼等の思い通りには事は運ばなかった。



「え?」


手を伸ばした村人Aの手が空を舞う。


慌てて悲痛な悲鳴を上げようとした村人Aを村人Bが口に手を当ててそれを阻止する。


暗がりで他の者は何が起こったのか理解が追いついていなかった。


「馬鹿野郎!大声出すとバレるだろうが!」


大声を出すなと注意した村人Bの声は十分に大きかった。


「痛えよぉぉ、腕がぁ!お、俺の腕がぁぁ」


その直後、突風が発生した。

脆い小屋の壁毎、夜分に進入してきた村人達は全員が吹き飛ばされた。


「怪しいとは思っていたが、そう簡単に思い通りになると思うなよ?」


ブラッドだった。

ユーリとクゥを背にブラッドが立っていた。


「一体何が・・・」


村人達が慌てふためく。


ユーリとクゥは、小屋の壁が吹き飛ぶ程の衝撃がありながらも未だにスヤスヤと寝息を立てていた。

時折いびきも聞こえる。


「むにゃむにゃ、、ユーリ腹が減ったぞ、むにゃむにゃ」


何とも寝顔だけなら年相応の姿をしている。


「ゴホンッ、それでお前ら、俺達を捉えると?」


村長が慌てて、指示を飛ばす。


「ええい、相手は一人じゃ!男共の生死は問わん!やってしまえ!」


騒ぎを聞きつけ、他の村人達が集まって来る。


「やはり、この村全員がグルか・・・ならば遠慮はいらんようだな」


それから何度か凄まじい音が鳴り響いた。

不自然な雷が集落内に落ちたかと思いきや、巨大な竜巻が発生したりと・・・・やがて何事もなかったかのように平穏が訪れていた。


数時間後、日がすっかりと昇り朝になった。

小屋の中で寝たはずなのに陽の光が直接顔にあたり、違和感を覚えながらユーリが目を覚ました。


「おはよ、って、えええええ!一体何があったんですか・・」


小屋の中は変われど、クゥは昨日寝る前に見たままの光景で、果実にかぶりついていた。


「おきはらほのあひはま・・・ッゴクリ。だったぞ」


ブラッドの姿が見えない。


「クゥちゃん、ブラッドは何処ですか?」

「見てないな」


良く見ると、自分達の小屋だけではなく、周りの建屋の全てが見る影もなく朽ち果てていた。


まるで大災害でも起こった後のような惨状だった。

もしかしたら、また山賊が攻めて来たのだろうか?


不自然なのは、壁は破壊されているが、ユーリ達が寝ていた場所は、かろうじて原形を留めているという事だ。

まるで、見えない何かに護られていたような違和感をユーリは覚えた。


暫くすると、ブラッドが戻って来た。


「よう、二人共起きたか」


その手には大きな袋を抱えていた。


「ブラッド、一体何が起こったのか説明して貰えますか?」

「ああ、それなんだがな・・」


ブラッドは昨夜からの出来事を、掻い摘んでユーリに説明する。


「まさかそんな・・・そ、それはそれで村人の姿が見えないようですが・・・」

「それを聞くのか?」


特に意識はしていないであろうブラッドの鋭い視線にユーリの身体はビクッと震える。


改めて、目の前にいるのは過去に大罪を犯して神々により封印され邪神と呼ばれた存在なのだと、ユーリは再認識する。


「一応使えそうな物は拾って集めておいた」


ブラッドは自身の隣にドサリと置いた背丈以上の大きな荷物をバシバシと叩いている。

置いた瞬間多少地面が揺れた事から相当に重量がありそうだった。


「ブラッド、食い物も頼むぞ」

「ああ、たんまり詰めといたよ」


クゥは満足げな笑顔を見せる。

それとは対照的に、ユーリは依然として下を向いていて元気がない。


この中では唯一の一般人とも言えるユーリは、平和で平穏なごく普通の生活を送って来た。

それが一変し、何度も自らが死の危険を体験し、家族や仲間達は全員が死亡した。

寿命や病気などで死と対面することはあっても、こんなに大勢の死と直面した事はないだろう。


「私、何やってるんだろ・・・」

「どうした、ユーリ?」


元気のないユーリをクゥが心配する。


「何処か痛いところでもあるのか?お前もこれ食べるか?」


こんなに無邪気そうな普通の子供にしか見えないのに、、、凄い力を持っている少年。

それに、遥か昔邪神として、神々から恐れられていたブラッド。


全てを失ってしまった私に出来る事・・・


そうだ。


2人が悪い方向に行かないように私が道を示してあげればいいんだ。

私なんかがそんな事出来るのか分からないけど、失うものが何もない私なら、恐れる物も何もないんじゃないかな?


半ば吹っ切れたような、それでいて何処か清々しい表情を見せるユーリ。


「ううん、自問自答していたの。でもおかげで気持ちの整理がつきました」

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