021:心眼の精霊ネメシス

「お前は一体何者だ?」


リンは、現在この世界でも一握りしか存在しない、勇者と睨み合っていた。

と言っても一方的に睨まれているだけなのだが・・


「今は、訳あって魔族の方達と同行していますが、ただの人族の精霊術師です」


勇者から発せられる凄まじい威圧を顔色一つ変えず、質問に答える。

常人ならば、気絶していても可笑しくないレベルだった。


リンがピンピンしているのには理由がある。


リンはこの会議に招集される前に精霊達にありったけの防御魔法を掛けられていた。

自分からではなく、精霊達からの提案だった。


実力者が集まる場で何が起こるか分からない。

生身のリンは脆くて弱い。

そんな事は彼の使役している精霊達はよく分かっている。


今の状態のリンは、上級魔法を数発程度なら無傷で耐えれるだろう。

物理耐性にしても、そこらのナイフや槍程度ならば掠り傷一つ負わないだろう。


「それだけの魔力を有して、且つ私の本気の威圧をこの距離で感じて何とも思わない奴が、ただの人族な訳がないだろう」


ん、威圧?

ああ、そうか・・


精霊達の過剰バフの影響のせいですか、全く何も感じないのは。


返答に困っていると、部屋に一人の人物が駆け込む。


「もう!待ってても戻って来ないと思ったら、威圧なんか使って、一体何をしてるんですか!」


リンには見覚えのある人物だった。


「あぁ、すまない。こいつを見定めていたんだ」


彼女がリンへと振り返る。


「あれ、貴方はあの時の」

「あ、どうも」


勇者タムが訝しげな表情をする。


「知り合いか?ラクシャータ」


そう、彼女はバルアリーナに訪れた際、最初に話しかけられた女勇者だった。

彼女もまた、目の前の彼同様に選ばれし一握りの存在、勇者だった。


「ええ、1週間ほど前にね。それより見定めるってどう言う事?彼に何をしようとしていたの!」


ラクシャータの剣幕に勇者タムは、多少おされていた。


「ん、今回の作戦を指揮する者として、身内の実力は把握しておく必要がある」

「だからって強引すぎるわ。タムはいつもそうよ。何でも力で解決すればいいってものじゃないわ」


何だか僕のせいで二人がもめているようだ。

止めた方がいいのだろうけど・・


「ああ、悪かった。お前の言う通りだな」


勇者タムはリンの方へと向き直り、謝罪の言葉を口にした。


「あ、いえ、えっと、お互い頑張りましょう」


リンは右手をタムへと差し出す。

タムは一瞬躊躇したが、ラクシャータの鋭い眼光を感じたのか、リンの握手に応じた。


「期待しているぞ、リンとやら。では私は本部に戻って報告を待つ必要があるので失礼する」


タムが部屋から出て行き、暫しの沈黙が続いた。


「身内がごめんなさいね」


ラクシャータは頭を下げている。


「いえいえ、謝られる事は何一つされてませんよ」


そんなリンの動揺をラクシャータは、クスクスと笑う。


「あれだけの威圧をしかも至近距離で浴びて何ともないなんて、やはり貴方は只者じゃないわね」


苦笑いで誤魔化すリン。


そんな時だった。

蜂の精霊ビーから連絡が入った。


(リン、見つけたっすよ!)


リンはビーにある依頼を頼んでいた。


(早かったね、どの辺りだい?)

(南南東の方角、大体そこから621kmの地点っす)


作戦会議の最中、ノームが大凡の位置を掴んでくれていたので、より詳細な位置を掴むべくビーを召喚していた。

勿論、これは独断専行だった。


リンは魔族の彼等と一時的にコスメルの契約を結んでいる。

スイは自分達だけで厄災の暴魔を倒すつもりでいる。

つまりは他の討伐メンバーを出し抜く気でいるのだ。

当初それを聞かされた際は、リンは猛反発していたのだが、理由を明かされると、共感せざるを得なかった。


「すみません、急ぎの用が出来てしまいましたのでこれで失礼しますね」


ラクシャータの元を後にしたリンは、スイ達のいるレミリアの酒場へと移動していた。


(何よあいつ!あからさまに喧嘩売って来てたわよ!)


御機嫌斜めなのは、風の精霊シルフだ。


(勇者は昔からプライドが高い人が多いからね)

(だからって許せないわよ!生身のリンだったら、きっと気を失ってたわ!)

(まぁ、この通りピンピンしてるから)

(むぅ・・・・リンがそう言うなら今回は多目に見てあげるけど、次もし同じことしてきたら斬り刻んでやるんだから!)


そうならないように、なるべくあの勇者には会わないようにしようと思うリンだった。


(ありがとう。シルフは優しいね)

(か、感謝されても何も出ませんよーだ!)


シルフの機嫌も直しておくことをリンは忘れない。


レミリアの酒場に到着したリンは、すぐにスイへ報告する。

その後、全員集合の会議が始まった。


「ではリン。偵察して知り得た情報を話してくれるか?」

「はい、実は今も精霊に見張ってもらってます」


蜂の精霊、ビーから得ているリアルタイムの偵察情報はこうだ。


厄災の暴魔は、現在3人で移動している。

一人は2mを越える筋骨隆々の大柄の男。

上半身裸で、身体中に黒い刺青を施している。

その形は、身体全身に巻き付く龍を模した様な形だった。

もう一人は、10代後半くらいの少女だった。

茶色のボロ服を着ている。

どうみても村娘にしか見えない。


「奴の姿は?」

「子供です。容姿で判断すると10歳前後ですね。何と言うか、隙だらけでとてもあの厄災の暴魔には似ても似つかないですね」


リンは、以前の彼と対峙した事があった。

その時の容姿は、20代前半くらいの青年だった。

頭からはツノが生えており、常に黒いマントを羽織っており、その手には紫色に輝く杖を持っていた。


蜂の精霊ビーのスキル《視覚共有》を通してリンはビーと視界を共有している。


「彼から溢れ出る力は、何処と無く面影はありますが、容姿はまるで別人ですね」

「その力とやらは、以前と比べてどうだ?」

「何とも言えないですね、戦闘状態にでもなれば測れるでしょうけど。現状だと、一階の魔術師程度ですね」

「分かった。取り敢えず、見失わないように偵察を続けてくれ。よし、近場に拠点を作る必要がある。ジュール、周辺の地図と拠点に適している場所を探してくれ。ユリシス、飛竜の準備をしてくれ」


スイが次々と指示を飛ばしていく。


飛竜というのは、その名の通り竜種なのだが、調教され手懐けられた竜種で、その背にまたがり空を飛ぶ事が出来る。

魔族の間では、主に移動手段として用いられていた。

ちなみにそのスピードは、リンの精霊であるグリフォン程ではないにしても、その最高時速は優に200kmは超える。


改めて、リンは考えていた。


本当に自分達だけでの少人数で討ち取ることが可能なのかどうか。

確かに魔族達は強い。

しかし、以前討伐に成功した時は、北大陸の最高戦力と呼ばれていたバンデットの力があって、初めて倒せたのだ。

バンデットとは、8人からなる各職業を極めた者が名乗ることが出来る称号で、勇者以上に英雄扱いされていた。


彼等と比べると、やはり戦力差は否めない。

敵が当時と同等レベルの力を有しているならば、僕達に勝ち目はないだろう。

それに…今の僕自身、あの時ほど強くはない。


さて、どうしたものか・・・


その後の作戦会議で、出発は明日の朝一という事になった。

今夜も毎夜の如く、大宴会は開催された。

彼等にとってそれが日課であり、戦闘前夜でもそれは変わらないようだ。


「眠れないの?」


夜風に晒されながら、外で酔いを冷ましているとユリシスがリンに声を掛ける。


「ええ、明日は大変な一日になりそうですからね」


リンは、酒場内に酔い潰れている仲間達に視線をくべる。


「羨ましいですね、毎晩気持ち良さそうに眠れるというのは」

「まるで、貴方はそうじゃないみたいな言い方ね」

「過去に色々ありましたからね、それ以来グッスリと眠れた事はありません」


ユリシスが口を紡ぐ。

暫しの気まずい沈黙が訪れた後、


「まぁ、明日は大変な大一番、睡眠はちゃんと取っておいた方がいいわ」


リンが優しい微笑みと共に頷く。


ユリシスが去った後、意外な人物がリンの前に現れた。


妖艶さを醸し出している絶世の美女だった。

露出の多い黒を基調としたドレスで着飾っており、何故だか目を瞑っている。

しかし、それが彼女の妖艶さをより一層際立たせていた。


「久し振りねえ、リン」


その姿を見てリンは、少しだけ意外な顔をしている。

勿論彼女も精霊の一人だ。

しかし、ただの精霊ではない。

ノーム達、5大精霊と呼ばれる上位精霊のそのまた上の存在。


彼女の名前は、ネメシス。

5大精霊を総括する心眼の精霊。

彼女に嘘はつけない。

それは全てを見透かす眼を持っているからだ。


「お久し振りです、ネメシス様」

「うふふ、何故私がここに来たのか分かってるわねえ?」


ネメシスは、リンの顎をクイッと掴み上げ自身の顔を見させた。


「私に嘘が通じぬ事は分かっておるな?」


ネメシスの口調が鋭いものへと様変わりしていた。


眼は開かれていないってのに、まるで蛇に睨まれた蛙みたいな気分だな・・


「これからやろうとしている事に釘を刺しに来たのでしょう?」

「そうじゃ!まさか忘れた訳じゃあるまいな!彼奴の恐ろしさを!」


ネメシスは怒号を放つ。


それに対して、リンは無言のままだった。


「私は別にお前の心配をしている訳じゃない。私はお前の保護者でもましてや家族でもないからの」

「はい、分かってます。私の身勝手な行為に精霊達を巻き込んでしまって申し訳ありません」


リンは再び、酒場内で寝ている仲間達に視線をくべる。


「放って置けなかったんです、彼等を」


ネメシスは眉間を抑えて呆れた表情を見せる。


「精霊を通して見ていたからな、事情は全て知っておる。しかし自分でも無謀だと分かっているはずじゃ」

「確かにその通りです。だけど、それでも、彼等に力を貸したいんです」

「それで、自分の罪が晴れるとでも思っておるのか?」


終始、表情を変えずに穏やかだったリンの空気が変わった。


「もー!ネメシス様!リンを虐めないで!」


風の精霊シルフがリンとネメシスの間に立って入る。


「僕もリンさんに手を貸すよ」


そのシルフの横には、雷の精霊ラムがいつの間にか現れていた。


「厄災の暴魔だかなんだか知らないけど、リンはあたし達が護ってやんよ」

「えっとぉ、私もリンさんと一緒で困ってる人がいたらぁ、助けてあげたいですぅ」

「ネメシス様、リンには私達がついています。無謀かどうかはやって見ないと分かりません」


火の精霊フィアに水の精霊アクア、地の精霊ノームがリンの元へと集まっていた。


またしても五大精霊がここに集結した。


「みんな・・・」

「主の身は我が守る」


最後に登場したのは、4足獣の精霊グリンだった。


ネメシスが髪をボサッと掻き毟る。


「全く、お前達は馬鹿ばっかしじゃな」


全員が真っ直ぐにネメシスに眼を向ける。


「はぁ・・・・・お前達の意思は、その眼から痛いほど伝わってきておるわ」

「ては・・・」

「覚悟が出来てると言うなら私はもう止めん」

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