第4話
恵利とバーに繰り出した夜から一週間後に恵利から「また飲みたいです」というメッセージが届いたが、「気が向いたら」とそっけない返事をしたら、その後メッセージは来なくなった。かくして俺はまたぞろ出会い系バーやディスコに繰り出すようになった。梅雨が終わり、夏になってから、二回出撃した成果は、二人に連絡先を渡しただけという非常に厳しいものだった。その内に、帰省のシーズンになった。
例年のごとく、乗車率一五〇%超の新幹線に乗った。地元のS島まで、東京駅から新潟駅まで新幹線、新潟港からカーフェリーという経路を辿るが、フェリーに乗るために港へと向かうバスの中で博の姿を発見した。バスから降りたところで博に声をかけた。
乗船客として改札前に並んでいるときから、俺は結婚相談所で知り合った彼女のことを話題に出した。
「彼女と帰省するかと思ったよ」
俺は冷やかすつもりで言った。
「……彼女とはもう別れたよ」
博は俺から視線を外して言った。
「えっ……ほんとに? 理由は?」
「う~ん、何だろう。信頼できなかった。相手を。それと、交際自体が楽しくなかった」
「それは相手が好きでないからじゃないの?」
「そうかもしれないけど、なんだろう。女性自体が俺は好きではないのかもしれない。カラダは別として。たとえば、一般的に女の人って、すごくコミュニケーションとりたがるでしょ。俺はそういうの面倒って思うし。それに何よりも俺のことを本当に好きなのか、わからないんだよな。条件で俺を選んだのではないっていう確証が得られないから」
「同じくらいの条件ならいいだろ。まあ、女性と男性の条件というのは違うだろうが」
「たいてい女性は俺の半分の年収もない。そういう
「なるほど。年収高くても難しいもんなんだね」
「俺、今までほとんど女の子と付き合ったことないんだ。それでも生きてこれたし、女がいなくてもまあ、何とかやっていけるんじゃないかって思うんだ」
「どうかな? 女のカラダが好きなら、結婚する動機はあるんじゃないか」
「いやあ、セックスなんて、やればやるほど飽きるものだし」
「しかし……、性風俗も虚しいだけじゃないかな?」
「……うん。それは言えてる」
「だから結局は、結婚へと落ち着くべきなのかな」
「そうかもな。ただ、俺にはなかなか難しそうだ。もう相談所も退会したよ」
「そうか。まあ、相談所についてはいい話を聞かないし、それでいいと思うけど、とりあえずは、合コンとかで出会いの機会をつくったら?」
「いやあ、それもなあ……。あんまり好きじゃないんだよな」
博は、合コンで気を遣うのが嫌だと話した。博の消極的態度は、俺の理解を超えていた。確かに合コンでは気を遣うが、それは出会いを求める行動に必然的に伴うものだ。結局、出会いを求める行動自体をしたくないということなのだ。何がそこまで女性との交際に消極的にさせたのか、俺は確かめたくなった。
「つまりは、女との交際が好きでないということ?」
「まあ、そうかな」
「過去に手痛い失恋とかあったの?」
「いや、そんなんじゃない。本質的に女が好きでない。ミーハーなところとか。感情的なところか」
「なるほど。……確かにそういう傾向はあるよな。だけど、そうじゃない
「うん。いるとは思うが、出会うのは至難の業だ」
「それはそうだが……」
俺たちはしばらく無言だった。
乗船すると、俺たちは混み合っている二等船室内に座るだけのスペースを確保した。乗船客がめいめいの居場所を確保し、落ち着いた後、博が言った。「そうそう、何かニュースがあったと思って今思い出したけど、
「マジか! 相手は?」
「詳しくは知らない。特養に勤めてるという話だけど」
俺は虚を突かれた思いがした。これでよく会う七、八人の地元の仲間で結婚していないのは、俺と博を含めて三人になった。三十後半ならそれでも未婚者が多い方なのかもしれないが、どことなく皆結婚しないような気がしていたのだ。
特に孝宏は結婚から遠いように思っていた。今まで孝宏が誰かと交際しているという話は聞いたことがなかった。といっても、ここ何年も会うとしてもお盆に年に一度しか会っておらず、そのときも恋愛の話が話題に上ることはほとんどなかった。孝宏が誰かと愛を育んでいたとしてもおかしくはなかった。
「それは驚きだよ。じゃあ、スーツ買わないとな」
俺は今、スーツがないことを思い出して言った。二〇代の頃に買ったスーツはもう入らなかった。
「スーツがないのか……」
博は呆れたように言った。
「うん。だから結婚できないのかも」
「まあ、これで俺たちも完全に『結婚できない組』になったな」
「そうだな。だけど、博と俺とでは問題がまったく違う。俺は女のミーハーなところも嫌いじゃない。むしろ女を好きになりすぎることが問題なのかも。まあ、結局、俺はそれだけ暇というのもあるんだけど。……暇というか、人生が仕事に組み込まれてないから、女にエネルギーを注いでしまうというのはあるような気がする」
「う~ん、それは女にとって嬉しいことだと思うが」
「それは女次第だ。だけど、かりに女が嬉しくても、そういう恋愛至上主義は、あまりに脆弱だと思うんだ。恋愛でうまく行ったとしても、それがすべてではないと、最近、思うようになった。それに恋愛して、結婚したからといって、幸せになれるとは限らない。結婚ゆえの不幸はあまりにありふれている。だから、そういうものに期待しすぎるのは誤りなんだ」
「同意だな。で、仕事でもないとしたら、何を指針にして生きるわけ?」
「それだよ。問題は。趣味と言ってもな。そこまで没頭できるものはないし。何か夢中になれることがあればいいんだけど……」
「それをこれから探すといいかも。中年と言っても、まだまだ人生は続くわけだし」
「そうだな」
船の出港後しばらくすると、俺たちは、周りを確認しながら、少しずつ横になった。俺は孝宏の結婚という思いがけないニュースで頭がいっぱいだった。客観的に見て結婚を幸せの源泉とするには脆弱であると納得させようとしても、そこにはやはり一抹の憧れがあった。結局、結婚はまだある種のステータスであるのかもしれなかった。
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