ジャスティス・フイニッシュ

Osada Tomato

1話完結

 深夜四時半。

 誰もが深い睡眠の中にあり、そんな時間帯でも働いている人間は居る。

 二十四時間営業が当たり前となったコンビニエンスストア。

 利用客は昼や夜の比ではないが。

 コンビニ店員Aは自分で持参した小説を置くの部屋で読みながら時間を潰していた。

「ふぁぁぁ、ねむ」

 昼間寝ていたはずなのだが、やはりこの時間に働いていると、妙に眠くなる。周囲が静かな事もあって余計に。

 そんな時、来客を知らせるチャイムが鳴った。

「えっと、四時半か……少し眠かったから丁度良いかな」

 読みかけの小説にしおりを挟んで、店員Aは事務所を出た。

「いらっしゃ……」

 そう言った瞬間、目の前に光るものを突きつけられた。

「金をだせ!」

 店員Aは即座に理解した。これは強盗なのだと。

 店で何度か対強盗用の訓練を警察直々にレクチャーしてもらったのだが、実際にその現場に居合わせると怖い。

 目の前の凶器は男の気分一つで自分に向かってくるかも知れない、目の前に凶器を突きつけられてコイツを逮捕しようとか、そういう気持ちにはならない。

 早く、早く身の危険を回避しなければと、それだけを考えていた。

「早くしろっ!」

 フルフェイス、メットカバーはミラーレンズを使用してあり、ミラーレンズには何故か手を上げている店員A、自分自身の姿しか見えない。そして強盗の声を聞くに多分マスクをしていて、強盗の声はどこか鼻声のような声に聞こえた。

 キラリと店の照明で光る包丁。

 もう店の利益とかそんなのどうでも良いから、自分の身を守らなければと思っていた店員Aは男がレジカウンターに置いた鞄にお金を入れることを決意した。

『人は誰しもきついと思いながら働いている! それを脅し、奪い取るとは不届き千万!』

 うぃーんと入り口の自動ドアが開き、フルフェイスをした男がもう一人入ってきた。

 同じ店に同じ時間に二人も強盗が入ってくるなど考えてもいなかった店員Aはパニックに陥った。

「きゃぁぁぁぁっ!!強盗が二人!」

『待て、お嬢さん! 俺は強盗ではない! 正義の味方、ジャスティスマンだ!』

「待て、お嬢さん! あんなキチ男がいと一緒にされちゃ困る!」

 フルフェイスを被った男二人は同じように手を突き出し『ちょっと、待った』のポーズをとる。

 店員Aは交互に二人を見渡し、がしりと一人のフルフェイス男の手を取った。

「ごめんなさい、強盗さん! 確かにあんなキチ男と一緒にされちゃ困りますわね!」

「謝る必要なんか無いさ、解ってくれただけで十分さ!」

 二人は叫びながら手をしっかりと握っていた。

 この状況に一番困惑したのは、ジャスティスマン、彼自身だったろう。

『待て、何故か知らんが私を無視して勝手に話を進めるな!』

 ジャスティスマンがこう叫ぶのも無理は無い。

 正義の味方として強盗をやっつけに来て、店員さんを助けるつもりが、いつの間にか自分が悪役になっていると言う事実に。

「うらぁぁ!!」

 包丁を振りかざし、ジャスティスマンへと襲い掛かる強盗。

『フン、ジャスティススカイキックッ!!』

 ジャスティスマンはそう叫ぶと一歩後ろへバックステップし、蹴り上げて男の身体を浮かす。

『ジャスティスマシンガンキックッ!!』

 浮かした男の身体を空中で何度も蹴るジャスティスマン。某世紀末救世主伝説である蹴り技のようだ。

『ジャスティスフィニッシュキィィィックぅ!!』

 ダダダと蹴っていた足を一度引き、回し蹴りを放つジャスティスマン。

「おぐぱぁ!」

 その蹴りを喰らい、強盗は空中を飛び、商品棚に身体を突っ込んで沈黙した。

『さぁ、もう大丈夫だ、お嬢さん』

 フルフェイスマスクでジャスティスマンの表情はわからないが、声のトーンやこの場面からして、さぞにこやかに微笑んでいるだろう。

「いやぁぁぁ、強盗さぁぁぁんッ!!」

 頭を抱え、大粒の涙を流しながら店員Aは叫んだ。

『ちょ、おま……』

 ジャスティスマンが口を開いた時、サイレンの音がコンビニエンスストアに近づいてきた。

『ち、時間か! 正義の味方はいつも君の傍に!』

 そう言い残してジャスティスマンは自動ドアの前に立った。

『む、しまった! 冷やかしだけでは帰れんな!』

 ジャスティスマンは買い物かごを手に取り、テレビ情報誌をかごの中に入れ、ジュースの冷蔵庫の前で、スポーツ飲料水か、炭酸飲料水のどちらを買うか悩み、結局炭酸飲料水をかごの中に入れ、ポテトチップスのうす塩味をかごに入れ、レジに差し出した。

「え、えっと、三百八十円が一点、百五十円が一点、百四十七円が一点…合計六百七十七円になります」

『千円から……おっと、七円あります』

 ジャスティスマンは財布を取り出し、千とんで七円をレジにおいて、お釣りの三百三十円とレシートを見比べて、財布にお金を仕舞い込み、買い物袋を手に提げて店を出た。

「ご、強盗ッ!!」

 ひゅっと店員Aはカラーボールをジャスティスマンに投げた。

「貴様、とまれぇ!!」

 外では警官らしき人の声が聞こえている。

『待て、私は怪しいものではない!』

「その荷物はなんだ!」

『さっきコンビニで買いました!これがレシートです!』

 どうやら、ジャスティスマンは警官と何かを話しているようだ。

 こうして都会の夜は更けてゆく。


 場所は変わって、某賃貸ビルの一室。

「ついにこのときが来ました、Dr,デス(どくたーです)計画は滞りなく」

『ふむ、頼もしいぞ、ヘルレディー!(へるれでぃー)』

 その一室、明らかに基準蛍光量とかを無視した部屋で、薄暗く部屋の中央奥に設置された特撮番組とかでよくある、大ボスのシルエットだけが移しだされていた。

 そんな時、チャイムが鳴り響いた。

『来たな、ふははは、ふははは!!』

 Dr,デスは高笑いを上げながら、ヘルレディーに指示を出す。

「徳田さん、新聞です」

「あ、いつもご苦労さまです」

 ぺこりと会釈し、ヘルレディーは新聞配達屋から新聞を受け取った。

『ふははは、明日はこの新聞の一面に我等の計画がッ!!』

「Dr,デス! これをご覧ください!」

 ヘルレディーは新聞の一面をDr,デスに見せた。

『む、これはいかんな、早く計画を実行に移せ!』

「ははぁ!!」


 場所は変わって、県立高校の一年一組

「あーそういやあのコンビニ、今朝方強盗が入ったんだってよ?」

「知ってる! 今朝ニュースで見た! ほんとビックリしたよ! 急に知ってる場所がTVに写るんだもん!」

 県立高校の学校内では、今朝方にコンビニ強盗が入ったという噂で話題は持ちきりだった。

「おはよーう」

 大きく欠伸をしながら寝ぼけ気味の男が教室に入ってきた。

「オーウ、おはよう、一途いちず」

 オッスとクラスメイトと会話をしながら、一途は眠そうに席に座った。

「なぁなぁ、一途、ニュース見た?」

「いんにゃ。今日はギリギリまで寝ていたからね」

「お前はいっつもそれだろ! 深夜のエロイ番組ばっか見るなって!」

 クラスメイトはそう言って笑った。

 しばらくすると担任が出席簿を持って教室に入ってきた。

「えっと、皆も知ってると思うが、今朝方コンビニに強盗が入った。そういうわけで、夜中出歩か無いように」

 そう言って授業を開始する。

「ねぇ、一途君…」

 名前を呼ばれて一途は隣の席に目を向けた。

「ん、どうしたの? 長須深ながすみさん?」

「ねぇねぇ、こういう非常時の時ってドキドキしない? ねぇ、留美?」

 長須深は後ろの席の留美と呼ばれた女の子に話を振った。

「そ、そんな…ドキドキなんかしないよ…寧ろ怖いし」

「まぁ、そうだろうね、坂上坂さかがみざかさんバイトしてるから夜とか怖いでしょ?」

「バイト帰り、襲われ無いようにしなきゃね、留美」

 一途と長須深の話を聞いた坂上坂は不安そうな表情になった。

「もう、ヘンな事言わないでよ!」

 怖がる坂上坂の姿を見て、長須深は満足そうに笑った。

 どうやら、長須深の目的は坂上坂を怖がらせることにあったようだ。


「もう、長須深さんがヘンなこと言うから、帰りが怖くなっちゃった」

 坂上坂はバイトを終え、家への帰路を急いでいた。

 辺りは言うまでも無く真っ暗で、街灯の光が所々あるものの、それも一時の気休めでしかなく、その不気味に周囲を照らす街灯が帰って恐怖心を煽る。

 早く家に帰らなければと思っている時に、それは急に坂上坂の目に入った。

 路上の街灯下で苦しそうに呻く老人が居た。

 大方飲みすぎなのだろうけど、万一その老人が危ない状態だったりしたなら……と考えると無視は出来ない。

 坂上坂は意を決して老人に声を掛けた。

「あ、あの…大丈夫ですか?」

「す、すまんね……」

 老人は苦しそうに声を上げた。

 老人の周囲からは酒の匂いはせず、どうやら本当に具合が悪かったようだ。

「あ、あの…びょ、病院呼びましょうか?」

「いや、心配には及ばんよ……」

 そう言うと、メキメキと音を立てて、老人の身体が歪んだ。

 口は避け、頭部からはとがった耳が出て、背中は丸くなり、身体は黒い毛で覆われた。腰の辺りからは尻尾がズボンを破り飛び出た。

「き、きゃぁぁぁぁぁぁッ!!」

 大声をあげ、一目散に逃げ出す坂上坂。

 そんな彼女を追うように、老人……いや、黒猫のような化け物は駆け出した。

「はぁ、はぁ!!」

 全速力でずっと走ってる、振り返らないで。いや、振り返れないのだ。

 気配が近くなっているのはわかる。

 それこそ次にあの化け物の姿を見たら身体の自由が聞かなくなるのを坂上坂は解っているからだ。

 恐怖で身体がこわばり、腰が抜けてしまう。生きたいと望むなら振り返らずにただ走るしかない。

「あっ!!」

 靴紐を踏んでしまい、バランスを崩して坂上坂は空中へ踊り出る。

 どたっと派手に地面とキスをした。

 とっさに付いた手に鋭い痛みが走る。膝にも痛みが走る。

 駄目だ、もう立ち上がれない。

 一度止まってしまった足は、もう何があっても動きそうに無い。

「おやおや、大丈夫ですか? お嬢さん」

 スッと坂上坂の目の前に手を差し出される。

 良かった、助かったと安堵のため息をついた坂上坂はその手の主を見る。

 ロングコートに身を包み、映画とかでヨーロッパの紳士が被ってるような帽子を被ったモノが其処に立っていた。

 一つ、違うとこを上げるのであれば二足歩行の猫だということだ。

「き、きゃぁぁぁぁっ!!」

 咄嗟に坂上坂はその二足歩行の猫から離れようとするが、腰が抜け、尻を引きずる様にして下がるしか出来なかった。

『其処までにしておけ!』

 暗闇に、何処からか声が響き渡る。

 きょろきょろと周囲を見渡す二足歩行猫と坂上坂。

 声のした方向には、街灯の上で腕を組んでこちらを見下ろしている人物が居た。

 夜風に長いマフラーがはためいている。

「き、貴様一体!?」

 二足歩行猫が街灯上の人影に声を掛ける。

『強きを挫き、弱きを助け、正義を示す!』

 人影はそう叫ぶと、人間とは思えないジャンプ力で街灯からジャンプし、錐揉み上に二足歩行猫へと狙いを定めた。

『ジャスティス、ローリングキィィィックッ!!』

 高いところからの錐揉みでの蹴りを喰らった二足歩行猫は大きく吹き飛んだ。

「き、貴様、一体何者!?」

『悪に名乗る名前はない!!』

 フラフラと立ち上がる二足歩行猫。そんな猫をほおって置いて、男は坂上坂に手を差し伸べた。

『怪我はないかい、お嬢さん』

 暗闇ではっきりとその姿は捉えられないが、手を差し伸べている男は、全身をフィットするようなボディスーツに身を包み、頭部をバイクのヘルメットとは違う、特撮ヒーローが被っていそうなヘルメットを被っていた。

 まるで、まるでこれは特撮番組のようではないかと坂上坂は口を開けて考えていた。

「ゆ、油断して一撃を喰らったが、次は喰らわないニャ!」

 そう言うと、二足歩行猫は両手を地面に付いた。

 四足歩行になると語尾に『ニャ』が付くんだなぁっと坂上坂は冷静に分析していた。

『ふ、来なさい、ニャンコ君!』

 ビシッと四足歩行猫に拳を突きつけ、特撮ヒーローはそう言った。

「私は『紳士キャット』だニャ!」

『む、名を名乗ったか! 私はジャスティスマン! 正義の化身だ!』

 微妙に礼儀正しいジャスティスマンを見ながら、坂上坂は紳士キャットを見て『どの辺りが紳士だろう?』と紳士の由来を探した。

「しゃぁぁぁぁぁッ!!」

 紳士キャットは雄たけびを上げながらジャスティスマンに向かって駆け出した。

 紳士キャットは四足歩行で走り始めたのだが、数歩走ったところで二足歩行にチェンジした。

 坂上坂はそんな紳士キャットの動きを見て、人類の進化を思い浮かべた。それと当時に、四足歩行で駆け出す必要はあるのだろうか? と密かな疑問を抱いた。

『ジャスティスミラァァァ!!』

 そう叫ぶと、ジャスティスマンは両手を突き出した。

 突き出した両手の前に何語かわからない文字が浮かび、それが紋章のようになってグルグルと回り始める。

 次の瞬間、紳士キャットと、ジャスティスミラーがぶつかり合い、激しい光を浮かべる。

「にゃんと!!」

『あっはっは、ジャスティスミラーは正義の盾さ!』

 二足歩行でも猫っぽい喋り方をする紳士キャットに、坂上坂は『ワザとやってるんじゃないだろうか』と密かな疑問を浮かべたのは言うまでも無い。

「其処までにしなさい、紳士キャット!」

「へ、ヘルレディー様!」

 ヘルレディーと姿をみたとたん、紳士キャットは平伏した。

「ふん、アンタ、人間にしては良くやるわね! 名を聞こう」

 ヘルレディーは怪しく笑い、ジャスティスマンへ名前を聞く。

『ジャスティスマン』

 くるりとヘルレディーに背を向けて答えた。

 坂上坂はそんなジャスティスマンを見て『多分シーンを間違えてる』と思った。

 現状のシーンとしては好敵手として認めようという話の流れなのだが、ジャスティスマンの取った行動は、助けられた人がジャスティスマンの名前を聞いた流れなのだ。

「その名前、覚えたわ」

 そういい残して、ヘルレディーと紳士キャットは虚空に消えた。

『さて、お嬢さん。怪我は無いかい?』

 ジャスティスマンは坂上坂に手を差し伸べながら言った。無駄に長いマフラーがなびいている。

「へ、あ、はい…大丈夫です……」

『うぉ、怪我をしているではないか! 少し待っていろ!』

 坂上坂の膝を見てジャスティスマンは叫ぶ。

 そして全速力でその場所を離れる。

 数分後、数台のパトカーに追われて、ジャスティスマンは坂上坂の元に帰ってきた。

『お嬢さん、かすり傷一つでも大事に至るんだぜ?』

 そう言ってジャスティスマンは背中を向けて駆け出した。

 緑色のカラーボールをぶつけられ、警察のパトカーに追われながらも、尋常ではないスピードで駆け抜けてゆくジャスティスマンの姿はどこか、遊園地で悪餓鬼に虐められるマスコットのようだった。

「ジャス…ティスマン……」

 ボソリと坂上坂はその名前を復唱した。


 翌日、膝小僧にガーゼを貼り付けた坂上坂の姿を見て、長須深は驚きの声をあげた。

「留美ッ! あんたどうしたのよ! その怪我ッ!」

「昨日し……」

 紳士キャットに追いかけられて……と危うく言いそうになった坂上坂は慌てて、夜道でこけたと言う事にした。

 そんな坂上坂を長須深は笑った。

 笑われながらも坂上坂は、昨日の出来事は夢ではなかったと、自分の身体に刻み込まれた傷を見て改めて再認識した。

「でも凄く痛そうだよね、足大丈夫かい? 坂上坂さん」

 一途とその友人も坂上坂の怪我を心配して、坂上坂の机をぐるりと囲んだ。

 注目される事が苦手な坂上坂は顔を赤らめて、俯いた。

「あーぁ、でも勿体無いわねぇ、体育が出来ないなんてさ」

「長須深さんは筋肉馬鹿だもんね」

「おら、一途いっぺん死なすぞこら?」

「しいません……」

 そんなやり取りを微笑みながら見ていた坂上坂だが、確か今週は女子体育教師の出張で、体育の授業は男子と合同だったような記憶があった。

 記憶の糸を辿ってみると、やはりそうで、男子と何かスポーツするのはかなり苦手というか怖い坂上坂は、少しだけ紳士キャットに感謝した。

 実際に見学をしてみると案外面白いものではなく、坂上坂は男女対抗のスパイク無しのバレーを見学していた。

 スパイクが無いバレーというのは、砂浜とかで楽しむビーチボールみたいで、坂上坂はこれならば参加したかったなぁと改めて思った。

 そんな坂上坂はグラウンドの一角に学生とは思えない姿を捉えた。

 その姿の主は、一直線にこちらに向かってきている。

 よく見ると、明らかに学生とは思えない格好と外見をしていた。

「くんかくんか…こいつです」

 くんくんと坂上坂の匂いをかいで男は口を開いた。

 露骨に嫌そうな顔をしながら、坂上坂はバレーに集中して、かなり危機的状況にある自分を助けてくれないクラスメイトを怨みながら、坂上坂は勇気を出してその男に話しかける。

「此処は関係者以外立ち入り禁止ですよ」

 男は坂上坂の話を聞いて、ニヤリと微笑を浮かべた。

「お嬢さん、私をもうお忘れかい」

 そう言うと男はメキメキと音を立てて、坂上坂の目の前で変身した。

「ふ、紳士キャットは狙った獲物は逃さないのさ、まさに名前の通りだね」

 後から来た女、その女の格好はこれまた場所…会場を間違えたレイヤーのような気がしてならない坂上坂だったが、それよりも猫は結構あきらめやすい性格だし、紳士はしつこくないんだけどと、考え、名前の由来は一体何処から来たんだろうと考えていた。

「そっちボールがいったぞぉ!」

 クラスメイトの声が聞こえたが、その時には既に遅く、誰かがトスかレシーブをミスったのか、物凄い速度で坂上坂の元へと向かってきていた。

「にゃん!」

 本能がそうさせたのか、いや、そうとしか思えない動きで、紳士キャットは向かってくるボールに掛け出した。

 そして、見事に顔面でレシーブし、赤い噴水を噴出しながら倒れていった。

「うぉ、おっさんが倒れた! というかこのおっさんかなり毛深いぞ!?」

 ざわざわと坂上坂の周囲に人が集まる。

 ぴくぴくと痙攣している紳士キャット。そんな姿を見て、これは本当に怪人なんだろうかと坂上坂は思った。 

「くそ、油断したニャ!」

 怪人、紳士キャットの回復力は凄まじく、先ほどまで痙攣していた事など無かったかのように立ち上がった。

「おわ、おっさんじゃないぞ? 喋る猫だ! すっげーッ!!」

 クラスメイト達は日本語を喋る紳士キャットにあれこれと質問をしている。

 そんな呑気なクラスメイト達を見て、坂上坂は色々な疑問が頭に浮かぶ自分は、難しく考えて生きすぎているんだろうかと自分の生活を振り返ってみた。

 クラスメイト達にちやほやされて、当初の目的を忘れていた紳士キャットだが、急に思い出した用に声をあげた。

「私はお前達を改造し、紳士キャットジュニアにし、全世界の人間達を紳士キャットジュニアにし、巨大な紳士キャットファミリーを作るのニャ!!」

 本当に壮大な計画だなぁっと坂上坂は感心した。

「まずは手始めに貴様らから改造してやるニャ!」

 そう言うと紳士キャットはグルグルと回り始め、両手……いや前足を横に広げ、その鋭利なツメで周囲に居た生徒達を斬りつけはじめた。

 急な展開に、生徒達はパニックに陥った。

 グラウンドは数分で怪我人の山となった。

 幸いな事に、皆軽傷というのが唯一の救いか。

「にゃはははは、このツメに切り裂かれた者達は私のような身体になるのニャ!」

 どうやら本当に変身してしまうようで、切り裂かれた生徒達は、紳士キャットの話は耳に届いてなく、ゆらりと立ち上がり、金属バットなどの凶器を手にした。

「いってぇ…テメェ、何すんだよ!」

 数人の凶器を持った学生が紳士キャットを取り囲む。

『あっはっは、悪の居る所に正義あり!』

 唐突に周囲にこだまする声。周囲の人間達はその声の主を探そうと周囲を見渡す。

「あっ!!」

 一人の生徒が、校舎の時計台の避雷針の上ではためくマフラーの姿を見つけた。

『とぉう!!』

 避雷針上のマフラー男は優雅にジャンプし、人間とは思えないジャンプ力で、しゅたっとグラウンドに降り立った。

『さぁ、君たち、後は私の仕事だ、君たちは下がってなさい!』

 ばばーんと手を突き出し、腰を落とし、登場シーンを決めるジャスティスマン。

 煙と何とかは高いところが好きと言うことわざがあったような気がする……とジャスティスマンを見て坂上坂は思った。

「あぁ? 何ふざけてやがる、このコスプレ野郎がぁッ!!」

『う、うわ、何をする! 君たち!』

 生徒達に囲まれてたこ殴りにされる正義の味方。

『く、くそう、わかたぞ! 紳士キャット! お前生徒達を操っているな! 許せん!』

「いや、まだ洗脳ウイルスが全身に行き渡るまで後数分は必要ニャ。それはそいつらの意思だニャ」

『そんな……』

 囲んでぼこぼこにしていた生徒達の巻き上げる砂塵が風に流されて消える時、その砂塵の中心に横たわっていた正義の味方の姿があった。

 その勇姿を僕らは忘れない、ありがとう、ジャスティスマン! 地球の平和は僕らが守るよ! と生徒達は真昼の空に誓うのであった。

『正義の味方 完』


『ちょっとまてぇー! まだ私は死んでない!』

 ジャスティスマンは絶叫し、よろよろと立ち上がった。

 そんなジャスティスマンの姿を見てヘルレディーは満足そうに手を叩いた。

「流石だな! ジャスミンマン!」

『ジャスティスマンだ!』

 それを合図としたのか、ジャスティスマンと紳士キャットはお互いに駆け出した。

『はっ』

 ジャスティスマンの短い掛け声の後、マフラーがなびき、ジャスティスマンから線が延びる。

「ニャッ!」

 紳士キャットはギリギリのところで態勢をかがめ、その蹴りを避ける。

 蹴りを避けられたところでジャスティスマンは大きくバランスを崩す。そのチャンスを紳士キャットが見逃すはずもなかった。

「にゃぁ!!」

 紳士キャットは鋭い爪をジャスティスマンに走らせる。

『むん!』

 ジャスティスマンは手首いや、足首を捕まえ、その攻撃を受け止める。

 攻撃を受け止めたところでジャスティスマンは足を一度引き、思いっきり突き出した。足が身体に触れる瞬間、掴んでいた腕を放す。

「にゃぁっ!!」

 ごろごろと吹き飛ぶ紳士キャット。

 そんな紳士キャットの姿を見ながら、ジャスティスマンは腰を落とし、戦闘態勢を取る。

 自らの怪人の危機でもありながら、何も手を出さないヘルレディを危険視したジャスティスマンだった。

「流石ね、ジャスティスマン! でも、これからその勢いは何処まで持つかしら?」

『何だと!?』

 ゆらりと数人の生徒がジャスティスマンを取り囲んだ。

 先ほどぼこぼこにされたことが怖いのか、ジャスティスマンはビクリとした。

「ふふ、何を言っても無駄ね、そいつ等は紳士キャットの洗脳ウイルスにやられたわ、見なさい、頭を!」

『なんと! 耳が!!』

 ジャスティスマンは生徒達の頭に生えた猫耳を見ている。

 一人しゃがんでいた坂上坂は紳士キャットの爪で引っかかれなかったので、洗脳されてない状態でこの戦闘を見守っていた。

「いきなさい! ジャスティスマンを倒せ!」

 しゃぁぁぁと生徒達は一斉にジャスティスマンに飛び掛る。

『クソ、卑怯な手を!』

 ジャスティスマンは生徒達の攻撃を避けながら叫ぶ。

 生徒Aは大きく金属バットを振りかぶってジャスティスマンに駆けて来た。

『クソ、これではいかん! 手が出せん!』

 ジャスティスマンは大きく手を引き、前に突き出した。

 そして足を振り、振り上げた足が地面に付くと、それをばねに空中に飛び、片足を振る。それと同時に身体を捻りながら空中で回転し、逆立ちをする状態で着地、足を広げ、腕を曲げてコマのように回る。

 勿論、この全ての行動は生徒に被害をもたらしているのだが。

 ヘルレディーと紳士キャットの目の前を元気よく生徒が飛来してゆく。

「ちょ、ちょっと、アンタ! ほんとうに正義の味方なの!?」

「そうだニャ! お前は鬼だニャ!」

『俺はジャスティスマンだ!』

「なるほど!」

「にゃるほど!」

 この三人のやり取りを見ていた坂上坂は、あぁ、基本的にこの三人は頭がおかしいんだなっと思った。

『よし、邪魔者もいなくなったところでリターンマッチだ!』

 ジャスティスマンは男だろうが女だろうが関係無しに殴り、蹴り飛ばし、生徒達をグラウンドに横たわらせている。

「クソ、必殺技をお見舞いするニャ!」

 自ら必殺技を出すと宣言する紳士キャットを見て坂上坂は黙って出せば良いのにとため息をついた。

「必殺! 猫まっしぐら!!」

 二足歩行でぶんぶんと両手を…両前足を振り回しながらジャスティスマンに向かう紳士キャットだった。

 かなり客観的にこの戦闘を見ている坂上坂は紳士キャットの必殺技は必殺というよりただの錯乱者にしか見えなかった。

『なんと! クソ!』

 必殺技という響きだけでなにやらかなり焦ってるジャスティスマンだった。

「じゃ、ジャスティスマンさん!何か攻撃をしなきゃ!」

 坂上坂はおろおろとするジャスティスマンに指示を出した。

『そ、そうか、攻撃をして奴の攻撃を抑えなくては!』

 ジャスティスマンは自分のやるべき事を気が付いたのか、なにやらぶつぶつと呟きだした。

『行くぞ! ハンドガン!』

 腕のカバーみたいなのが上に上がり、右手から銃口のようなものが顔を出す。

 ウィーンという銃口の回転音と共に、無数の弾丸が発射される。

『うぉ、いけね! 右手はガトリングガンだった!』

 ジャスティスマンに駆け寄ろうとしている紳士キャット。それをガトリングガンで迎え撃つジャスティスマン。

 本気でこれは紳士キャットが錯乱者としか思えない。

「ま、まだまだ私は負けないのニャ!」

 何発も弾を喰らいながらも前へと進む紳士キャット。

 その姿はどこか、男らしいものに見える。

『その意気や良し! エネルギーチャージ、オールグリーン……スタンバイオッケェ!』

 ジャスティスマンがそう言うと肩や足の無意味な装飾のバインダーのようなものが開く。

 背中についているわっかの様な飾りもグルグルと拘束回転をする。

 ガバっと胸のカバーが左右にズレてその隙間になにか光が集まっている。

 背中と肩と足から物凄い熱量が放出される。

 熱による視界の歪みがまるで、ジャスティスマンが気を出しているように見える。

『喰らえ、ジャスティスフラァァァァァァァッシュッ!!』

 轟音をたててジャスティスマンの胸から物凄い光が放出される。

「ふぁ、ファミリーは不滅だニャァァァァァッ!!」

 光に飲み込まれた紳士キャットの断末魔が周囲にこだました。

 ジャスティスフラッシュを打ち終わったジャスティスマンは黄昏るように肩と足と背中の輪のようなものから煙を出している。

 どうやらスーツ内に篭った熱を放出しているようだ。

「クソ、紳士キャットが! 覚えていろ! ジャスティスマン!」

 ヘルレディはお決まりとも言える捨て台詞を履き捨てて虚空に消える。

『ふ、正義は必ず勝つのさ!』

 ジャスティスマンもそう言うと、軽快なフットワークで走り去った。

 ぽつんと取り残される形となった坂上坂はこれからどうすれば良いのだろう? とため息をついた。


「あーもう最悪! 何でこんな目にあわなきゃいけないのよ!」

 事件が解決の方向に向かったのは良いことだが、生徒達は怪我をしていた。

 この事件は謎の突風によるカマイタチとして扱われ、各々がその目で見た紳士キャットやジャスティスマンはこの事件とは全く関係ないという事になった。

「あんまり騒ぐと傷が痛むよ?」

 坂上坂は騒ぎ立てる長須深をなだめる。

「そうだよ、安静にしなきゃ」

 一途も坂上坂と一緒になって長須深をなだめる。

「大体なんで一途は無傷なのよ?」

 長須深は納得が行かない様子で一途に詰め寄る。

「いや、なんか危なそうだったから隠れてた」

「うーわ、男のクセに情けないわねー」

「でも凄かったなぁ……」

「何が? 留美?」

「何が凄いの? 坂上坂さん」

 一斉に疑問の眼差しを向ける長須深と一途。

 こうしてジャスティスマンと紳士キャットとの死闘の目撃者は坂上坂だけで、その死闘が語られることはない。


 夜九時半。

 人気のない路地裏で事件は起こった。

「おら、ちゃんと金を持ってきたんだろうなぁ?」

「う、うん」

 柄の悪そうな学生が、気弱そうな学生を取り囲む。

 気弱そうな学生は鞄から財布を出すと、それを柄の悪そうな学生が取り上げた。

『人のお金を巻き上げ、自分らは楽をして遊び呆ける警察は許しても俺が許さん!』

「だ、誰だ!?」

 柄の悪そうな学生は周囲を見渡す。

 街灯の上にマフラーをはためかせ、その人影はとんだ。

『ジャスティススカイダイブ!』

『ジャスティスアッパー!』

『ジャスティスブロー!』

 ジャスティスマンは一瞬のうちに学生を打ち倒し、リーダー格の学生から財布を取り返した。

『ほら、これで大丈夫。時には立ち向かう勇気を!』

「おまわりさん、アイツです! 怪しい奴は!」

「うぉ、アイツ学生のしてカツアゲしている! 許せん! 逮捕だ!」

『ちょ、おまっ……クソ、そういうわけで少年! 勇気を!』

 そう言うと男は財布を少年に投げ渡し、颯爽と駆け出した。

「ちょっとまたんかぁぁぁ!!」

 警官に怒号を浴びながらも影は深夜の街に消えていった。


 ジャスティスマンは今日も正義の味方とは思えない扱いを受けながら、正義の心を見失わず頑張っているのだ!

 夜道で何か声が聞こえたら、周囲を見渡して見ましょう。

 もしかしたら、街灯の上とかに彼がいるかもしれません。

 頑張れジャスティスマン! 悪を討ち滅ぼすその日まで!

 

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ジャスティス・フイニッシュ Osada Tomato @tomato_o

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