6.
「こんな事は我が校始まって以来ですよっ!」
ヒステリックな女の声。
担任教師は決して見咎められぬよう、細心の注意を払いながら僅かに顔をしかめた。
こんな時、何て言えばいいのだろうか?
申し訳ありません? 私の監督不行き届け?
何もかもがしっくりしない。というよりも、まだ教え子の死を悼めていない。
対応に追われ、泣く事すら自分に許せないでいる。
早く一人になりたかった。
「聞いているんですかっ!」
うるせぇ……メス豚が……っ!
「校長、落ち着いて下さい。先生もお疲れでしょう? 今日はもう、ね?」
気弱な親父が媚びるように交互に顔を見た。
「すみません。教頭先生」
虫唾が走ったが、ここは大人らしい対応をと頭を下げる。
まだ興奮している校長を任せ、担任教師は場を辞した。
引戸をくぐり、振り返ると一旦会釈し、静かに閉める。
気を付けねば、危うく力任せに大きな音を立ててしまう所だった。
完全なる隔たりを手に入れた瞬間、男の口角がゆっくりと上がった。
痛ましい事件があった為、朝のホームルームの後、生徒達は帰宅させていた。
しかし警察が話を聞きたいという事で、亡くなった少女と親しかった何人かには残ってもらっていた。
勿論、学校関係者への聞き込みもあった。
それらも終わり、担任教師も諸々の支度の為、自宅に帰らせてもらおうと思っていた。
喪服で行くべきだろうか? いや、このままで行こう。
悩みながらも重い足取りで校内を後にする。
彼の住まいは、ここから電車で二駅先だった。
門外からは人々の気配がする。マスコミと野次馬だろう。
吐息と共に踵を返し、遠回りになるが裏門へと向かった。
しんと静まり返った学校。
『先生』
不意に少女の声が聞こえた気がした。
口元を押さえ、目を閉じる。
泣いている……いや、違う。
「ふふふ……」
湧き上がる歓喜にくぐもった笑いが起こる。
塞いでいなければ、高らかな声を上げてしまいそうだった。
人目を避けるよう到着した電車に乗る。
この高揚感。どうしたらいいのだろう?
彼女の死を知った時から、早く一人になりたかった。
一刻も早く帰宅したかった。
両開きの扉の窓に映る自分と目が合う。
誰にも見られていなければいいが、担任教師は笑顔だった。
やがて自宅のある駅に着く。
ホームに降り立ち、階段を上り、改札を抜ける。
南口から約10分、閑静な住宅街の中に単身者用のマンションが見えてきた。
五階建ての二階、一番奥が彼の部屋。
エレベーターは使わずに、コンクリート製の階段を軽やかに踏む。
開放的な廊下を進み、ドアの前に立つと鍵を開けた。
靴を脱ぎ、リビングへ。そしてソファに鞄を放り投げ、ネクタイを緩める。
「やはり喪服で行こう」
独り言を言いながら、最奥のベッドルームへと進む。
「ただいま」
まだ夕暮れ前の明るさに包まれた部屋。
壁の全面には亡くなった少女の様々な姿を映した写真が、これでもかと貼り巡らされていた。
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