4.

「単純に嫌だったんです」

 亡くなった少女のクラスメイトだという少年は、ぶっきらぼうに呟いた。

「彼女が好きでした。だから、他の男と関わりを持ってほしくなくて……」

 急に言葉を詰まらせると、少年は両手で顔を覆う。

「だから……そんなのいらない、もう声をかけるなって……」

 戸惑う少女の手を引き、その場を後にした。

 加害者の少年がどんな思いだったかなんて考えもしなかった。

 そして亡くなった少女が、どれほど怖い思いをしていたかも知らなかった。

 だって、いつも笑っていたから……!

「あのコンビニにも、もう行かない方がいいって……僕が言ったんです」

 喪失感に咽び泣く。

「受験が終わったら……正式に交際を申し込むつもりでした」

 刑事は言葉を失う。

 好きになった子を独占したいと思うのは当たり前の感情だ。

 それが何故か誤った方向に進んでしまった。

 互いを思いやれない未熟さが怪物を生み出したのだ。


 沈黙に包まれてしまった二人が動けずにいると、少年を呼ぶ声が届いた。

 亡くなった少女と同じ制服を着た少女が、驚いたように立ち止まる。

 刑事が頭を下げると、弾かれたみたいに頭を下げた。

 涙を見られたくないのだろう。

 彼女に背を向けたまま、少年は「何?」と尋ねる。

「先生が……」

 そのただならぬ雰囲気に、少女はおずおずと告げる。

「すみません。失礼してもいいですか?」

 問うてはいるが、少年は既に次の段階に入っていた。

「ええ」

 刑事の短い返答に頷くと頭を下げ、足早に去って行く。

 残された少女は、どうしたものかとその場に佇んでいた。

 刑事は無言のまま、少女に会釈をすると踵を返す。

 チャイムが鳴り、懐かしさが去来する。そして、同時に思うのだ。

 数日前までこの学校に通っていた少女は、自分がもうここに足を踏み入れる事が出来なくなるなど思いもしなかっただろう。

 クラスメイト達も大事な仲間を失ってしまうなど、夢にも思わなかっただろう。


「結局さ」

 備蓄してあるカップラーメンに湯を注ぎながら、先輩刑事は呟く。

 茶を淹れる準備していた刑事は手を止めた。

「コミュニケーションの過不足が巻き起こした事件、なんだよ」

 膨らみだした羨望。純粋な恋心。

 醜さを孕んでいく嫉妬。手に余る独占欲。抑えきれない衝動。

 容易く入手可能な個人情報。お気に入りを辿れば、居場所もわかってしまう。

「何だか……」

「あ?」

 箸を割る音が室内に響き渡る。

「せちがらい、ですね」

 ぽつりと放つと、刑事は持参した弁当を鞄の中から取り出した。

「出た。ママの愛情弁当」

「少し食べますか? 先輩」

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