2.

 霊安室に横たわる愛娘の変わり果てた姿。

 訃報を聞いた時、狂ったように泣いたのだろう。

 焦燥しきった母親の表情に刑事は何も言えなかった。

 虚ろな目で亡くなった少女の名を呼びながら、何度も頬を撫でている。

「少しの間……家族だけにさせていただけませんか?」

 父親の申し出に頷くと廊下で待つと残し、刑事は出ていった。


 三人だけになった。

 妻の手に自らの手を重ねる。

 夢から醒めたように顧みると、くしゃりと妻は顔を歪めた。

 悲しみを懸命に堪えながら妻を、そして娘を見つめる。

「見てごらん」

 促され、視線を向ければ安らかな死顔。

「眠っているみたい」

 呟き、再び妻は嗚咽を洩らす。

 その細い背を支えながら、少女の父親は呟いた。

「やっと解放されたんだ」

 十代の未熟な魂を震わせ、怯えていた。死の恐怖に狂いそうになっていた。

 でも、それは少女が自ら蒔いてしまった種だった。

 そこに、ほんのひとかけらの好意などなかったとしても。


 行き場のない怒りに、刑事は唇を噛みしめる。

 少女を殺めたのは少年だった。

 だが二人には接点がまるでなく、何故執拗に少年が少女を付け回したのかは未だ謎だった。

 これから解明していくしかないが、それでも失われた尊い命は戻らない。

 刑事になって十年。最近こんな事件ばかりが起こるのはどうしてなのだろう?

 ネット社会の発展により誰もが個人情報を垂れ流し、自らを危険に晒している。

 厄介なのは本人にその自覚がない事だ。

 そして自身がどんなに注意していたとしても、他の誰かが情報を提供してしまっている事もあるのだ。

「昔はこうじゃなかったな」

 不便でも節度があった。今は快適でも無防備だ。


 ネットに夢中になり、我が子が風呂で溺れている事にも気付けない母親。

 SNSで警戒もなく自身を語る学生。

 すぐに写メをし、ブログにアップする社会人。

 それが犯罪に繋がるかもしれないというのに。

「全く、どうしてこんな国になっちまったのか」

 国家公務員らしからぬ発言。それでも気を引きしめる。

 刑事に出来る事は少女の無念を晴らす事。それしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る