十人十色
深喜
1.
目覚めた時にはココにいた。
自分で自分に触れてみる。
あの焼けつくような痛みも生温かい感触もない。
視線を落としても制服は赤く染まっていなかった。
ああ、そうか……。
ふっと笑みが零れた。そんな気がした。
「気付いたんだね?」
問われ、少女は頷く。
気付いたというのは、決して目が覚めたという意味じゃない。
「私……」
口にするのは躊躇われた。声に出したら真実になってしまいそうで。
そんな少女を待ってくれている存在。
そう位置づけてもいいのかすらわからない存在。
でも不思議とこの状況を受け入れている事を少女は自覚していた。
それはきっと、いつかこの日が来るかもしれないと思っていたから。
それなりの覚悟をしていたから。
それなり、の……?
「私……」
もう一度、呟く。はらはらと涙が溢れた。
そんな覚悟、したくなかった。
どうして私なの? どうして?
「話してごらん」
しかし少女の震えは治まらず、涙も止まらなかった。
「ストーカー被害に遭っていたんだよね?」
包まれるように促され、しゃくりあげていた少女は何度も頷く。
「も……ど、したら、いいか……わからな、くて……」
だから、助けを求めた。両親に打ち明け、学校にも相談した。
明日には警察にも行く予定だった。戸惑いながらも従うしかなかった。
「それなのに……」
痛みを知らない子供達は、容易く人を傷付ける怪物になる。
彼らを諌める立場の親や教師達ですら気付けぬ内に。
情報社会の収拾がつけられなくなっているのだ。
連日信じられないようなニュースが流れる。
でも、あまりにも日常的になりすぎて誰も気に止めてなどいない。
安全な国という神話は崩れ、治安は悪化していた。
『昔はこうじゃなかった』
父の言葉に母が悲しそうに頷く。
思い出して、また涙が溢れた。
そして、背筋が凍る。
『いつも見てるよ』
自宅のポストに届いた手紙。その日から毎日、毎日。遂には……!
ぎゅっと少女は目を閉じる。
明らかに盗撮された写真。
持ち去られたゴミの中から選ばれた、彼にとっての宝物。
その内、自分の髪や爪、体液を送って来て……!
吐き気が込み上げ、思わず少女は口元を覆う。
「我慢しないで」
「……どうして私なの?」
何度も何度も繰り返し思った。
どこで見初められたのか、何がきっかけかもわからない。
ただ、いつも……見られている……!
「怖かったね」
そっと背中を擦られ、もう止められない。
「こわかっ……こわかっ、た……」
昼間だから大丈夫だと強がってみせた。心配する両親に無理に笑ってみせた。
仕事が忙しいのに必ず送り迎えしてくれるようになったパパ。
怯えながらもいつも励まし、側にいてくれたママ。
私のせいだ。私がいなくなれば……!
「だから抵抗しなかったの?」
あの時、突然現れた少年にナイフで刺された。何度も、何度も。
鮮明に蘇る記憶に少女は自身を抱きしめる。
「ああ、私はやっぱり……」
「痛かった?」
問われ、少女は首を左右に振る。
「それよりも、それよりも……やっと楽になれる。そう、思ったの」
「そう」
不思議な存在は微笑むと、少女の手を取る。
見上げれば、その背からは純白の翼が現れた。
「いこうか」
涙を拭い、少女は立ち上がる。
視線の先には長い長い階段。空色に包まれ、神々しく輝く。
導かれ、歩き出す。その表情は清々しく、晴れやかだった。
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