最終話 それが彼の英雄譚
なにが
家族から離れ、人ごみを避けて、やっとのことで人気のない安住の地を見つけた彼は、一息つき、心の中で悪態をついた。
彼は行楽地や観光地といったものが嫌いだった。正確には行楽地自体は好きだが、人だらけで息苦しいのが嫌いだった。
だから家族旅行のときは、いつもこうして、静かに安らげる場所を探し回るのだ。
ああ、こうして静寂の中、ゆったりとひなたぼっこをしてみれば、この行楽地も悪くない。
自然が豊かで、空気もおいしくて、なにより、おひさまが気持ちいい……。
「おい、坊主。そこは乗っちゃいけねえトコだぜ」
「ニャ?」
彼は自分の寝転がっていた場所をもう一度見直した。
つるっとしていて、あったかくて、ひなたぼっこにうってつけの、黒い石……。
「ニャニャッ、これお墓か!」
彼は慌てて飛び退いた。開けた場所にぽつんと佇んでいた、平べったい正方形の石には、分かりづらいが、文字が刻んであった。
《太陽に魅せられた大魔王、ここに眠る。》
「ぜんぜん気づかなかったニャ。ごめんなさいニャ」
「ははは。まあいいだろ、そんな細かいこと気にする
彼に忠告した若い男は、からからと笑いながら、たくましい腕で肩を叩いてきた。ちょっと痛かった。
若い、鶏唐揚げの男性だ。が、唐揚げにしては妙にきらきらとした皮をしているところを見るに、ハーフかクォーターか、なにかしらの別種族との混血なのだろう。背中には、何かしらの楽器を担いでいる。
「
「おう。坊主も猫族なら、聞いたことぐらいはあるはずだぜ。にゃん黒大魔王っていう
「え、あのにゃん黒大魔王? こんなとこにお墓があるのかニャ」
「そうだ。あのにゃん黒大魔王だぜ。墓といっても骨が入ってるわけじゃないが、この場所で討たれたんだよ」
「英雄、ナントカ・アジフライに?」
「アッツ・アジフライな。剣聖アルバート・アジフライの弟子、アッツ・アジフライ」
「そうそう、アッツ・アジフライ。おじさん詳しいニャ」
「当たり前だ。なんせ関係者だからな」
「ニャア? おじさんが、英雄の関係者? どういう?」
「んあー、言っても信じてもらえねぇだろうからなぁ……。」
「言ってみてニャ」
「アッツ・アジフライの、友達の孫」
「友達、孫、へー……。」
「そういう反応されるから嫌なんだよ」
若者は、ふうぅ、とため息をついた。
「ところでよ。俺は唐揚げ、揚げ物族だからわかんねえんだが、猫族の間では、アッツ・アジフライの話ってのは、どれくらい広まってんだ?」
「どれくらいって、説明しづらいけど……学校で習うくらいには、有名かニャ」
「ふむ。アッツ・アジフライについてどう思う?」
「どう思うって……おじさんホント難しい質問するニャ。まあ、強い、かっこいい、魔法剣士だと思うニャ?」
「ははあ、揚げ物族と猫族は、すっかり仲良くなってるんだなあ……。」
若者は、空を見上げ、しみじみと、何かに思いを馳せているようだった。
「昔は戦争してたらしいニャ」
「そうなんだよ。揚げ物族の勇者たちと、猫族のにゃん黒軍団との、血で血を洗う仁義なき戦い。そこには数々のドラマがあったんだ……。」
若者は、芝居がかった口調になり、背負っていた楽器を、体の前に回してきた。
「なあ、坊主……英雄譚に興味はないか?」
「えいゆう、たん?」
「英雄の、物語だ。俺は吟遊詩人の真似事をしていてな、
若者は、ぺんぺろりん、と、リュートを爪弾いた。その綺麗な音色と落ち着いた声音を聴くに、たしかに吟遊詩人としての実力はあるようだ。
「坊主、学校では、魔法剣士アッツ・アジフライがにゃん黒大魔王を倒してアゲモノ大陸は平和になりました、としか習わないだろ。情緒のない話だぜ。これじゃまるでアッツ・アジフライが最初から強くて、にゃん黒大魔王が弱かったみたいに聞こえる……」
リュートの奏でる旋律の、テンポが速くなっていく。
「アッツ・アジフライは、決して無敵の英雄なんかじゃなかった。俺たちと同じように、弱いところがあって、バカなところがあって、セコいところもある、ひとりの若い男だった……」
草原を駆けるように弾んで、彼の知らないどこかへ向かっていくそのメロディーに、彼はいつしか引き込まれていた。
この先が、知りたい――。
「これより歌うは、英雄の物語。太陽に魅せられ、広大な大陸を支配せんとした、百戦錬磨の大魔王を、苦難の末に討ち滅ぼした、熱き英雄の物語……」
歌が、始まる。
「――古き英雄が落としたものを、
新たな英雄は拾い尊ぶ。
それから彼は歩き出す、
悪逆非道を討つために。
山越え、谷越え、魔を踏み越えて、
友の背中を飛び越えて、
駆け抜け越えた死線の先で、
彼はすべての答えを見出だす。
それが彼の英雄譚――」
【最終章 アッツ・アジフライの英雄譚】
完
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