第32話 彼はすべての答えを見出だす
アッツが聖剣・
アッツと魔王の剣がぶつかる。激しい金属音とともに、金と黒の魔力の火花が散る。
「くっ、重い――」
聖剣を通して響いてくる衝撃。魔王の凄まじい
「――けどッ!」
――アッツの筋力と拮抗する。
ふた振りの剣はともに弾かれ合う。二人は一旦距離をとる。
「ちっ、馬鹿力め! ふつう勇者というのは単純なパワーでは魔王に負けていて、それをスピードや工夫で補うものなんだぞい!」
「そこらへんの主人公とは鍛え方が違うからな!」
「――『アイスストーム・
二人が無駄口を叩いている間にもダイヤは詠唱を完成させ、氷の嵐を魔王に叩き込む。
嵐は縮小され、人の背丈ほどの大きさとなっているが、魔王ひとりを拘束するには必要十分。凝縮され密度を増した
しかし残念ながら、魔王の強靭な肉体と膨大な魔力の前に、氷の嵐の殺傷力そのものは期待できない。
魔王の動きが封じられている間に、アッツは距離をとり、詠唱を急ぐ。
「『熱は油を
世界が――
――加速する。
「『
聖剣にアジの幻影が憑依し、鋭さを増す。
「アイスストームはまだギリギリ
「オッケー!」
「『油の街に希望の光』『灼熱の血は正義の為に』『
黄金色の暖かな風が渦巻き、アッツを包み込む。アッツ・アジフライの衣の上に、さらに、光り輝く衣がまとわりついていく。
やがて旋風が晴れ、その中から、鮮やかな金の輝きを放つ衣の鎧を身にまとった、アジフライの勇者が姿を現した。
アジフライ属性魔法・
さらには着用することでアジ並みの遊泳力を得られるが、水に弱くすぐ衣がべちゃべちゃになって使い物にならなくなるので特に意味は無い。
ともかく、アッツは、鎧によって、強固な防御力を身につけた。
「こっからが、本番だ――!」
アッツが魔法の鎧を装備した直後、氷の嵐が晴れ、大魔王が姿を現した。
「ああ、本番だぞい」
盛り上がった筋肉、長く伸びた凶悪な牙と爪、激しく循環する濃密な魔力、全身から湯気のように沸き立つオーラ。
「え、なにそれ第二形態? ちょ、そういうのって普通本気になった勇者がある程度魔王を圧倒して『おっ、意外と簡単に魔王倒せるかも!』ってなった後に出てきてみんなに絶望を与える感じの存在だと思うんだけど? てか俺そこまで考えて『なん……だと……?』ってかすれた声で呟く練習とかしてきたんだけど」
「お前も『パワー負けする主人公』のお約束を破ったから、おあいこなんだぞい」
さらに力を増した大魔王が、弾丸のごとく踏み込んでくる――
「――『アイスストーム・
「無理、無駄、無益ぞい!」
凝縮された氷の嵐を、大魔王は剣をひと振りするだけでかき消し、霧散させる。
ダイヤが思わず息を飲むほどの魔力が込められたその剣の魔力密度は、
嵐の魔法で足止めするという常套手段は、もはや通じない。
「大魔王に小手先の技は通用しないのだぞい!」
高速で振るわれる魔剣。アッツは強化された身体能力と鍛え上げた筋肉でなんとか食らいつく。
「ぬはは! 剣技も大したことないぞい!」
「くっ――!」
それは修行を経ても根本的な改善には至らなかった、アッツの弱点であった。たぐいまれなる筋肉により、一人前の剣士レベルの実力は身につけたアッツだが、一人前のその先、達人の域にある剣士と斬り合うと、すぐに経験不足によるボロが出てくる。
にゃん黒大魔王は悪の軍団を統べる王。剣においても達人級の実力を誇っている。
アッツの荒削りな剣の隙を突き、魔王の魔剣が襲いかかる。衣の鎧が弾け飛び、ときにはアッツ自身の衣も傷つけられる。
「くそッ――!」
追い詰められたアッツは、自分にイラフジアをぶつける。
熱と油の爆発により、アッツの身体は吹き飛び宙を舞う。一時的に、アッツと魔王の距離が離れた。
「――『アイスバーグ・
ダイヤの生み出した魔法の氷山が、大魔王を氷漬けにする。が、恐るべき速度でヒビが入り、氷が砕けていく。
「仕方ないわ、詠唱短縮!」
「オーケー!」
二人は息を合わせて魔力を練る。
魔王が暴れ、氷山が砕け散る。
「――『アイスコボネストーム』!」
二人の声が重なり、冷凍アジフライ属性魔法が発動する。
嵐を泳ぐ氷のアジの群れが、大魔王を取り囲み、襲う。その勢いには流石の魔王も足を止めざるを得なくなるが、魔剣で、一尾、二尾と、着実に砕き落としていく。
「何もかも、その場しのぎにしかなりゃしない――!」
「……そうね。あたくしの魔法でも、時間稼ぎしかできない……」
ダイヤが、歩み出る。
「けれど、時間稼ぎだけならできるのだわ」
氷属性の魔力を、練る。
できる限り、速く、濃く、そして強く。
「まさか、ダイヤ……」
「冷凍アジフライ属性魔法が通用しない今、大魔王を倒せるとしたら、もう、あれしか無いわ。アッツは詠唱に集中しなさい」
「でも――」
「時間がないわ! つべこべ言わず、早く!」
「くっ、死ぬなよダイヤ!」
アッツが苦い顔で魔力を練り始めたその瞬間、氷のアジの最後の一尾が、抵抗虚しく、魔王の一撃を前に、物言わぬ氷塊となり果てた。
アッツの前に出たダイヤへと、大魔王は歩み寄る。
「聞いていたぞい。どうやらお前だけで時間稼ぎをするらしいな。偉大なる氷精霊ダイヤよ」
「その通りよ」
「愚かぞい。いま、他ならぬお前の魔法を、わしが叩き潰したのを見ておらんかったのか?」
「ふふ、まさか、あの程度の魔法があたくしの全てだと、思ってらっしゃるのかしら」
「ほう、わし相手に、今まで本気ではなかったと?」
「いいえ、本気だったわ。あたくしはいつだって本気。けれど、全力ではない――」
ダイヤは不敵な笑みを浮かべ、その身から、冷たくきらめく氷の魔力を放ち始める。
「人間、抱え込んでいる様々なものをそぎ落とせば、限界を超えて強くなれるものなのよ。余計なプライド、重い恋愛。そして――死に損ないの、生命力」
ダイヤの全身から、勢い良く、氷の霧が噴き出す。栓の壊れた蛇口のように、荒ぶる冷気が、とめどなく――
「お前――まさか、魔力のみならず、生命力を――!」
「『悲恋を嘆きて泣く娘』! 『夢を夢と知り
一節、一節、詠唱を、ぶつけるように、叫んで飛ばす!
一節ごとに、魔力が暴れ、術者の望みを、狂った希望を、叶えんとする――!
「――『
瞬間、吹雪が、戦場を白く染め上げる。ダイヤと魔王の二人だけを、雪と氷の壁で閉じ込める。アッツは、吹雪の外に取り残された。
自然の摂理に逆らうその穴の空いた吹雪は、テンドン山の山頂を覆っていたものと似ている。しかしながら、命を削って放たれた大魔法は、格段に威力を増し、魔王の魔剣であろうとも、容易く破ることはできない魔力密度を得ている。
吹雪の中で、ダイヤと魔王は、対峙する。
「無茶をする魔法使い様だぞい……」
「無茶ではないのだわ――!」
本来、命を削られる苦痛は、直接殴り合うことに慣れていない魔法使いに耐えられるような、生やさしいものではない。
しかしダイヤは、元より持っていたたぐいまれなる精神力と、馬車の中での筋トレによって得た強靭な肉体で、全身の筋肉を引き裂かれるような痛みに耐えることを可能としているのだ!
「あたくしが死んでも、この
苦痛に耐えながらも、凄絶な笑みを浮かべて、ダイヤは魔王を挑発する。
「――見事。偉大なる氷精霊が、命を削ってまで構築した氷属性
魔王は、魔剣の剣先を下げる。油断こそしていないが、その表情には余裕が表れていた。
その頃、吹雪の外で。
「くそっ、こうなったら、やるしかない――!」
アッツは、詠唱を開始する。その頭の中にあるのは、
「『熱は油を
世界が――
――超加速する。
強化の魔法が重ねがけされ、アッツの身にたぎる力は数倍にもなる。代償に、身を焼く熱も強くなる。しかし、命を削って魔法を放ったダイヤを思えば軽いことだと、全身を
「『
ここまでは、かつてサックが行ったことと同じ。
「まだ、足りない――!」
大魔王と直接刃を交え、その圧倒的実力を身にしみて感じたアッツは、
「『油の街に希望の光』『灼熱の血は正義の為に』『
より強い輝きを放つ黄金の衣を身にまとう。これで防御は強固になった。だが、アッツの胸中の不安は、頑固な油汚れのように、こびりついて離れない。
「まだ、まだ、まだまだ足りない。
焦る心が、
「サックの真似事じゃダメだ。何か、もっと特別な、なにかを――!!」
なにか手があるはずだ。仲間とともに旅をする中で、いろんなことを身につけてきたのだから――。
加速した世界の中で、アッツは、旅を始めた頃を思い出していた。希望を胸に里を出て、フライタウンで挫折を知り、テンドン山で修行して、チルドシティで仲間を増やし、剣聖の想いを受け継いで――旅の軌跡が、脳裏を流れていく。
刻一刻と、吹雪の消失が近づいていき――
――やがてアッツは、ひとつの答えを見出だした。
一方、吹雪の中。
「しかし、心意気は良いが、思慮は浅いと言うほかないぞい。お前が力尽きるまでに、あの小僧がわしを倒せるような必殺技を編み出せるとは、到底思えないぞい」
にゃん黒大魔王は百戦錬磨の戦士。ゆえに、剣を交えた勇者の実力の底を見抜くことなど、容易かった。
――あれに、自分を倒せるような技など、ない。少なくとも、現時点では。
「追い詰められた勇者が逆転の必殺技を生み出すのは、よくあることぞい。特に、あの小僧は筋が良い。才能に溢れている。時間を与えればいくらでも、強力な技を編み出せるだろう――しかし。折角編み出した技も、その威力が足りなければ、意味が無いぞい」
大魔王は、静かに、魔力を循環させる。目の前のダイヤを襲うことこそしないが、いつでも猫属性魔法を放てる体勢だ。
「あやつは限界を超えて強くなれるかもしれん。しかし、わしはまだ、自身の限界にすら至っておらんのだぞい。すでに限界を迎えた者の、最後に放つ苦し紛れの必殺技など」
――正面から迎えうち、叩き潰してみせる。
牙をむき出しにして笑う魔王の口が、声なき言葉をダイヤに投げかけていた。
ダイヤは、身を襲う苦痛に、心を締め付ける不安に、耐えるように、うつむく。吹雪で閉ざされた密室を、沈黙が支配する。
「――いいえ。アッツは絶対にやってくれるわ」
しかしダイヤは、すべてをはねのけるように、沈黙を破った。
「ほう、その心は?」
大魔王は、もてあそぶように、ダイヤの発言の理由を問う。
「根拠なんて無い。理屈なんて要らない。常識なんて、くだらない――」
ダイヤは、頭を横に振りながら、ため息でもつくように、言葉を吐き出す。
「彼らと旅をしていて、あたくしは、そういう考えに、染まってしまったの。いいえ、染め直されたのだわ。
ダイヤの瞳に、もはや迷いは無かった。
「さあッ、アッツ! ここまでお膳立てしてあげたわ! もう身体も限界! あなたの底力を、新たなる英雄の渾身の一撃を――この傲慢な猫さんに、ぶつけてあげなさいな!!」
限界を迎えたダイヤは、力が抜け、倒れこむ。魔法が解け、吹雪が晴れた。
その先には、尋常ではない量と質のアジフライ属性の魔力を全身に帯びた、アッツがいた。黄金色の鎧に身を固め、
しかし大魔王に言わせてみれば、それだけのことであった。確かに、彼は限界を超えた全力でもって、彼にできる最高の技を用意しているのだろう。だが、足りない。自分を倒すには、単純に、力が足りないのだ。
勇者の力を瞬時に見通した大魔王はしかし、同時に疑問も抱いた。その程度の力では自分を倒せないことなど、この才気あふれる勇者になら、分かっているはずだ。
だが目の前の、勇者の表情はなんだ。恐怖も不安も焦燥も、怒りさえも微塵もない。ただただ、穏やかな顔をしている。何かを悟りきったような表情だが、諦めているわけでもない。歴戦の将たるにゃん黒大魔王でさえ、見たことのない表情であった。
「――気づいたんだ」
倒れたダイヤを抱えて隅に避難させながら、アッツは、落ち着いた声音で、語り始めた。
にゃん黒大魔王は、疑問を解くカギを得るため、アッツの話に耳を傾けることにした。
「いままでのこと、思い出しててさ」
膨大な魔力、荒ぶる魔法を制御しながらも、アッツは静かに語る。
「俺が見てきた、感じてきたすべてのこと、無駄じゃないって。ボコボコにやられた嫌な経験も、キツい修行も、都会に染まったいけ好かねえサバフライのやり方も、全部、俺の力になってるんだって、気づいたんだ」
一旦、言葉を切り。
「でも、それだけじゃだめだとも思った」
ダイヤを置き、魔王の前に戻ってきて、構えながら、言う。
「確かに勉強してきたことは身についた、実際に役に立った、でもそれだけじゃだめなんだ。そこに『俺』がいない。俺自身が生み出したものが何もない。それで考えた。俺に足りない『俺』を補うために、何が必要なのかって」
聖剣の切っ先が、大魔王を指す。
「――その答えを。魔王との最後の戦いを迎えた今になってようやく気付いたその答えを、今からお前にぶつける。お前が、『お約束』を大事にする魔王だというのなら、この技を、俺という勇者のすべてが詰まったこの必殺技を、正面から受け止めてくれないか」
「――面白い!」
大魔王は、猫属性の魔力を、噴出させる。
「待っててやるからちゃんとお約束を守るのだぞい! かっこいい技名を叫ぶのだぞい! わしに『ぬおおっ……なんという力……!』と苦しげな声で言わせるのだぞい! 抵抗するわしを押し切って爆炎に包み込み『やったか?』と呟くのだぞい! そして最後には――必殺技を受けてもなお健在で、『今のは痛かったぞ……』と言いながら煙から歩み出てくるわしの姿を見て、『なん……だと……?』とかすれた声で呟いて、練習の成果を存分に発揮するのだぞい!!」
「ははっ! 最後のだけは守れねえなあ! ホントに倒しちまうんだからさ!」
アッツは剣を、強力無比なる魔法剣を、高く、高く、振り上げる。
「ここに、あとひとつだけ、魔法を追加する! それで準備は終わり、あとは技名を叫んで放つだけ! 最後に追加するこの魔法こそが『俺』! 旅の終着点、俺が体験してきたすべての集大成! 目ぇかっぽじってよく見とけ! これが――この広い世界で、俺にしかできない、ただ、ひとつだッ!!」
宣言し、アッツは、詠唱を始める。
「『アジの
詠唱は、そこで終わる。
たった三節。二節のイラフジアと大差ない。
そう、これは、大魔法ではない。
ほんの、さりげない……幸せの魔法。
「――『
アジフライ属性精神魔法「
アッツが最後に追加したのは、攻撃力でも、防御力でもなく、ただ、平和を願う心、そのものであった。
これこそが彼の集大成。
「――『
聖剣・
すべての光がひとつとなった、白く、白く、ただただ白い、純白の光。
白き光の刃が、黒き魔王に向けて振り下ろされる。
「ぬおおおおっ!? なんという、なんという力ッ――!?」
お約束を守るためだけに出したのではない、心の底からの驚愕の声が、魔王の口から漏れる。
防御の猫属性魔法を全力で展開するが、純白の剣は、魔剣の闇を溶かしながら、ゆっくり、しかし確実に、進んでくる。
「なぜだ――なぜ、あの程度の精神魔法を加えただけで、こんな――!?」
「相性の問題さ」
渾身の力で剣を振り下ろしつつも、アッツは、穏やかな口調で答える。
「『
「希望など――絶望で塗り潰せるぞい――!!」
そう言い、魔王は力を込めるが、白く輝く希望の象徴は、びくともしない。
「なぜ、どうして、なんでぞい――!!」
「魔王、ホントはお前だって知ってるはずだ。視界の外に、追い出されてただけなんだよ。塗り潰すなんて、できない。だって、この剣の力は――」
言い聞かせるように。
言葉にする。
「お前が世界で、一番尊敬し、愛しているものの力なんだから」
アッツの言葉の真意を測りかね、魔王は、目前に迫っている光の刃を、必死で観察する。
すべてを吞み込み焼き尽くすような、強い光。それでいて、すべてを包み込み温めてくれるような、優しい光。白く、凛然として、あたたかな光――
そこで気づいた。
魔王は気づいた。
ああ、たしかに、これには勝てない。
なぜなら、これは。
この光は。
自分が愛した。
部下も愛した。
なにに替えても手に入れたかった――
「――太陽……。」
にゃん黒大魔王は、抗うのをやめた。
ただ、大きく、広く、身体を広げて、
だいすきなおひさまのひかりに、身を委ねた。
光が収まった後の屋上には、気力が尽き、大の字に横たわった、アッツたちだけが残された。
主を失った
下からは、戦い、争う音が、わずかに響いてきていたが、次第に収まっていった。
やがて、アッツたちの耳に、慣れ親しんだ仲間たちの声が聞こえてくる。
――ああ、勝ったんだ。
ほっと息をついた勇者たちを、優しくねぎらうように、やわらかな陽射しが、降りそそいでいた。
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