第31話 駆け抜け越えた死線の先で

 階段も、壁も、天井も、黒、黒、黒。唯一壁から生えたランプだけが、黒でない輝きを放っているが、その光さえも、壁の黒に吸われる運命から逃れられていない。階段の先は、闇に覆われて見えない。ただ、階段の向こうから、階段を滑り降りるように這い寄ってくる、絡みつくような邪なる気配だけが、先の見えない闇の向こうで、確かに、強大なる魔王が待ち構えていることを、勇者たちに教えていた。

 にゃん黒大魔王の待つ最後の階層への階段を上っているアッツとダイヤは、恐怖をかきたてる不吉な気配に、全身を締め付けられていた。


「ふうぅ、不気味な階段……見渡す限り真っ黒なのだわ」


「マジで黒いな……あ、手すりも黒だ」


「あら、ほんと。というかちゃんと手すりがついているのね」


「木目がある……木製の手すりを黒く塗ったんだな」


「そこまでして手すりをつけるなんて、思いやりがあるわね」


 猫万魔殿ニャンデモニウムが意外とバリアフリー設計だったことを知り、二人の恐怖心は幾分和らいだ。

 猫又仙人をはじめ、ご高齢の軍団員も能力に応じて積極的に採用しているにゃん黒軍団は、お年寄りに優しいのだ。その分ひよっ子の子猫兵ミャーセナリーの扱いは雑だが。




 黒づくめの階段を上ることしばらく、アッツとダイヤは、ついに最終階層にたどり着いた。

 最終階層は、四天王の階層とは異なり、広間ではなかった。広間どころか、ですらなかった。

 壁も天井もなく、風が吹き抜け、日差しが差し込む空間。

 そこは、猫万魔殿ニャンデモニウムの屋上であった。

 猫万魔殿ニャンデモニウムを構成する数十のねじくれた悪趣味な尖塔の中にあって、この屋上だけが、平坦に、ただ平坦に、広がっていた。

 突然明るくなった視界に、アッツとダイヤは目を細める。


「ここが、この土地が、大陸中で、一番日当たりがいいんだぞい」


 声の主は、広い屋上の真ん中で、丸くなって、日を浴びていた。


「いや、大陸中どころか、世界中。この星の中で、アゲモノ大陸の最北端の地、『アジフライの尾』。ここが一番、心地よい太陽の光を、浴びることができる場所なんだぞい」


 丸くなっていた彼は、立ち上がった。

 その姿は、黒き獅子。

 黒く、それでいて、光を喰らわず受け入れ、つやつやと輝く毛並み。毛の黒よりもなお黒い瞳。


「スカルの奴も、この屋上が大好きだったぞい……。」


 スカル――アッツとダイヤは、それが、今は亡き四天王、スカル・ザ・ドラの名だと気付いた。

 死を悼みつつも、嘆き悲しむことも、怒り狂うこともない、いたって穏やかな、悠然たる態度。二人は確信した。


「お前が……にゃん黒大魔王だな」


「にゃん黒大魔王……わしはそんな名前より、もっとかっこいい名前を考えたんだぞい。でもスカルに却下されたんだぞい。しかし、今考えれば……スカルが考えた単純な名前も、悪くないぞい」


 王者たる獅子は、静かに魔力を巡らせながら、自らの漆黒の身体を見下ろす。


「にゃん黒大魔王……深き暗黒をその身にたたえ、にゃんこの軍団を総べる王。黒き身体は希望を喰らい、全ての光を我が物とする……」


 大魔王の全身を巡っていた魔力はやがてひとつに収束し、ひと振りの剣と成った。


「猫属性魔法――『魔剣・雲裂く魔王の猫爪クラウンド・キャッツ・クロー』」


 軽さと鋭さを保ったまま異常に長く伸びた猫の爪のような、黒光りする刀身。間合いの外にいようがお構いなしに、獲物を狙う猫のごとき張り詰めた殺気で威圧してくる。何よりも恐ろしいのはその魔力。剣を構成する濃密な猫属性魔力は、魔法の権威たる氷精霊ダイヤでさえ言葉を失うほどの、圧倒的密度を誇っていた。


「若きアジフライの勇者アッツ・アジフライ、伝説に名を刻みし偉大なる氷精霊ダイヤ。お前達の勇名はこの最果ての地にも届いておるぞい。揚げ物達の希望の光だぞい」


 魔王は、創り出した剣を、静かに構える。


「対してわしはにゃん黒大魔王。希望の光を踏みにじり喰らう、悪の大魔王……その評価は半分正しく、しかし半分間違っておるぞい」


 黒き獅子は再び魔力を循環させる。今度は静かに巡る魔力ではなく、唸りを上げる荒々しい魔力。

 臨戦態勢だ。


「わしは確かに光を喰らう! しかし決して踏みにじったりはしないぞい! わしはこの世の他の何よりも、光を愛しているのだ! 黒は一切の光を放たぬ色であると同時に、! 光を踏みにじるというのなら、すべての光を跳ね除ける、白のほうがよっぽど、光というものを軽視しているぞい!」


 大魔王の全身の毛が逆立ち、燃えるように揺らめく。


「勇者たちよ! お前達が、白き希望の光だというのなら!」


 一度火のついた激情は止まらない。


「わしは黒き絶望の闇として、お前達を塗りつぶすぞい!」


 戦場を血で染め上げるまで。


「さあ――」


 勇者たちも、聖剣を構え、魔力を練り、臨戦態勢をとる。

 それを合図に――


「白黒つけるぞい!!」


 最後の戦いが始まった。

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