第26話 それから彼は歩き出す

 聖剣「鯵風雷アジフウライ」を手に入れ、剣聖の最期を見送ったアッツ一行であるが、剣聖から得たものは、剣だけではなかった。

 遺品整理をしようと入った小屋で、プリムやジュウシ、ダイヤに向けての贈り物と、それを簡単に説明した手紙が見つかったのだ。

 プリムには、マッスルどりの羽毛で編まれた、純白のマント。剣聖のお手製である。剣聖は縫製も得意であったのだ。白く濁りのない光沢を宿した羽毛は、神官が着ても違和感のない気品をかもしだしている。マッスルどりの羽毛は強靭なため、下手な刃物では傷もつけられない。プリムは筋肉以外の防御力も手にしたのだ。

 ジュウシには、希少な魔法鉱石から作られた、籠手ガントレット。これも剣聖のお手製である。剣聖は鍛冶も得意であったのだ。テンドン山で採掘された鉱石を、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンの溶岩の熱で鍛え上げたそれは、鋼をも砕く硬度を誇っていた。ジュウシは筋肉以外の攻撃力も手にしたのだ。

 そして、ダイヤには、ダンベル。これも剣聖自らテンドン山の重金属を加工した、重く、それでいて持ち運びのしやすい絶妙なバランスをわきまえた逸品である。


「って、なぜなのよっ!?」


「ダイヤさんは魔法で攻撃力も防御力も十分だから、あとは筋肉をつけてくれってことだと思うんだぜ」


「あたくしは氷精霊、つまり、氷よ! いくら鍛えたところで筋肉なんてつくはずがないのだわ!」


「何をおっしゃっているんですか、ダイヤさん。私のような天ぷらでも、筋肉をつけることができたのですよ」


「ええ……? そ、そうね、死んでるはずの揚げ物に筋肉がついたのだから、生き物ですらない氷だって……え? いやいや、あたくし達生きて、いや、死んで……? わ、わからないのだわ。あたくし達って、一体、どういう存ざ――」


「『花の鯵曜日ハッピー・アジ・フライデー収束フォーカス』」


「あっ……あうあうあ……キマシタワー」


 ダイヤは幸せの星へ旅立った。

 ダイヤはアッツ一行のアドバイザーとして役割を全うしていればそれでよい。虚構フィクションの裏に隠された宇宙的恐怖に首を突っ込む必要は全く無いのだ。




 その後、数羽残っていたマッスルどりをおいしくいただいて骨を埋めたり、マッスルどりの墓の横に剣聖の墓を作ったり、剣聖の墓に亡骸のかわりにマッスル豆を埋めたり、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンに墓守を頼んだりと、細かい作業はしたものの、半日ほどで、一行はテンドン山を後にした。

 ダイヤは、馬車の中でアームカール(ダンベルを手に持ち肘を曲げ伸ばしすることで上腕の筋肉を鍛えるトレーニング)を行いながら、今後の計画についての話をする。


「寄り道せずに、まっすぐにゃん黒軍団の本拠地に向かい、にゃん黒大魔王を倒すわよ」


「いきなり、大丈夫なのか?」


「むしろいきなり、電撃的に行かないといけないわ。猫魔獣王モンスターミャスタースカル・ザ・ドラを失い、ついでに殺猫巨人ゴロニャンタイタン計画の失敗により膨大な数の魔物モンスターまで失った今がチャンスなの。下手に準備に時間をかけても戦力が補充されるだけなのだわ。ギトニャンとスカル・ザ・ドラの2人の四天王が脱落したことで空いた、ふた席の四天王の枠も、まだ埋まっていないようだし」


「分かった。でも、にゃん黒軍団の本拠地って、一体、どこなんだ?」


「テンドン山の北東のチルドシティより、さらに北……アゲモノ大陸の最北端、『アジフライの尾』と呼ばれる土地にある、『猫万魔殿ニャンデモニウム』と呼ばれる城よ」


「その城には、直接、行けるものなのですか……?」


「……厳しいわね。道中には、魔境と呼ばれる領域があって、にゃん黒軍団はもちろんのこと、魔物モンスターもごろごろいるらしいわ。中には、猫魔獣王モンスターミャスタースカル・ザ・ドラでさえも制御できないほど、凶暴で凶悪な魔物モンスターもいるっていう話よ」


「そんなにヤバい魔物モンスターがいるのに、にゃん黒軍団は、よくそんなところを本拠地にできるな」


「さあ、あたくしも猫万魔殿ニャンデモニウムのことについては、にゃん黒軍団のことを徹底的に調べていたサバフライ君に聞いた話でしかないから、分からないけれど……たしか、にゃん黒軍団しか知らない安全な道がある、っていう話だったかしら」


「じゃあ、その辺のにゃん黒軍団員をとっつかまえて、聞き出せばいいんだな!」


「とっつかまえるって、そう上手くいかないんだぜ。にゃん黒軍団は基本的に一箇所にとどまらないし、向こうから攻めてこないことには、まず見つけるのが難しいんだぜ」


「そうか、一箇所にとどまらないのか……ん? でも……」


「どうしたのよ?」


「なあダイヤ、サックなら知ってるかな」


「何を?」


 アッツは、意地の悪そうな笑みを浮かべて、言った。


「四天王ギトニャンの実家の住所」

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