第25話 新たな英雄は拾い尊ぶ
ふもとの村にソウルブレイカー馬車を放置した一行は、テンドン山の登頂を開始した。
とはいえ、修行を経て体力と戦力が増強され、ダイヤの加入によって氷雪を味方につけられるようになった一行にとって、もはやテンドン山の登山は散歩のようなものであった。
吹雪を抜けた先には、剣聖がいた。一行の訪問を予期していたらしく、仁王立ちしていた。
「久しぶりだな……アッツ、プリム、ジュウシ、そして……ダイヤ。気配で分かったぞ。そうか……ついに、このときが来たんだな」
「ええ。あなたの手のひらの上で転がされたみたいで、気に入らないけどね」
言葉とは裏腹に、ダイヤは、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「あなたの望みどおり……英雄となる男と、その仲間たちを、連れてきてあげたわ。さあ、新たなる英雄アッツに、あれを」
「ああ。用意している」
剣聖アルバートは、全身を覆う外套の中から、一振りの剣を取り出し、アッツたちによく見えるように、目の前で、鞘から抜いた。
あらわになった刀身は、武器に疎いプリムから見ても、美しい、と思えるほどのものであった。
雄大な大海原に泳ぐたくましいアジのごとく、優美な曲線を描く刀身は、青く、蒼く、そして銀色に輝き、見る者を魅了する。
「……すげぇ。すげぇしか言えないのが申し訳ないくらい、この剣はすげぇ」
「この剣の力は、これだけじゃないぜ」
剣聖アルバートは、剣に、魔力を込める。暖かく、優しくありながら、熱く激しい魔力を。
「えっ……? この魔力……!」
剣聖の身から発せられた魔力に驚くアッツをよそに、刀身は、変化を始める。
蒼銀の輝きを放っていた刀身は、新たに、黄金色の暖かな
その様はまるで、銀色のアジが、衣をまとい、金色のアジフライに変わるかのよう。鮮やかな魂の鳴動を想起させる現象が、そこにあった。
「剣聖さん……! この魔力って、その属性って……! あなたの、種族って……!」
「ああ、少年。きみの思っている通りだ。だが、そんなことは、この場では重要ではない。この事実は、きみがこれから紡ぎ出す、新たなる英雄の物語を語る上で、ちょっとしたエッセンスとなれば良い。その程度のことなのだ」
剣聖は、魔力を霧散させ、刀身を元に戻したあと、剣を鞘に収めた。
「この剣は、アジフライ属性の魔力に呼応して、姿を変える。切れ味が増し、ただの一振りが魔法剣並みの威力になる。まさに、『
剣聖アルバートは、鞘に収めた聖剣を、アッツに差し出した。
「さあ、受け取れ、少年! いや、新たなる英雄の物語をこの世に刻む、アジフライの勇者、アッツ・アジフライよ! この聖なる剣とともに、魔を斬り、悪を絶ち、そして、アゲモノ大陸に、平和と繁栄を取り戻すのだ!」
アッツは、聖剣を、受け取った。
「ああ、剣聖さん! 受け取ったぜ、この聖剣を、その熱い想いを! 必ず、俺が、俺たちが、にゃん黒大魔王を倒し、英雄になってみせるぜ!」
「うむ……!」
心底満足した、という表情で、力強く頷いた剣聖アルバートは、ダイヤの方を向いた。
「さて、わが盟友にして、過去の英雄の物語にその名を刻んだ、偉大なる氷精霊、ダイヤよ。見ただろう。古き英雄から、新しき英雄へと、魔を斬る聖剣が受け継がれた、この瞬間を」
「ええ。見たわ。この目でしっかりと」
「ならば、分かっているな。きみの下すべき、決断を」
「……ええ。分かっているわ。この子たちをここに連れてこようと決めたときから、そのつもりだったのだわ」
そして、ダイヤは。
「ああ……それでいい……ありがとう、ダイヤ……。」
そして、魔法で維持されていた
「剣聖さんッ!!」
アッツが剣聖につかみかかるが、その手は、剣聖のまとっていた、大きな外套しかつかめなかった。
やがて剣聖は実体を失い、幻影だけの存在となる。アッツが引っ張った外套は、すりぬける。そして、剣聖アルバートの真の姿が、あらわになる。
それは、強く、たくましく、美しく、実用的な、筋肉に覆われた……アジフライの肉体であった。
「剣聖さん……! あんたやっぱり……!」
「アッツ……そのことは、重要ではないと言っただろう。まったく、きみは、そういうところを気にし過ぎるのも、弱点のひとつだな。プリム、ジュウシ、ダイヤ……アッツを、支えてやってくれよ」
頷く3人を見た剣聖アルバートは、大きく息を吸い込み、最後の言葉を、吐き出し始める。
「聖剣
「おおぅ! わがっだぁ!!」
アッツは涙を散らしながら、返事を叫んだ。
「……それから、もし、きみがよければ」
消えかけの剣聖は、声を落として、アッツに、優しく語りかける。
「名を問われたら、自分の名前の、前か、後。一文を付け加えてほしい」
ほとんど力の残っていない体から、声を、絞り出す。
「『剣聖アルバート・アジフライの弟子』……と。」
「……もちろんだっ!」
アッツの答えに、アルバートは。
満足したように、にやりと笑い。
光となって、晴れ渡ったテンドン山の空に、消えていった。
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