最終章 アッツ・アジフライの英雄譚

第24話 古き英雄が落としたものを

「ええと、剣と、リュックに、お金もあるし、水と食料。砂糖、塩、酢、醤油せうゆ、ソウルブレイカー。うん、全部そろってる! オッケー、出発進行!」


 研究所を後任の研究者に任せたダイヤを仲間に加え、4人となったアッツ一行は、チルドシティを後にし、旅を再開することにした。


「さて、ダイヤも仲間になったことだし、早速にゃん黒軍団をぶっつぶしに行くか!」


「待ちなさい。まず、テンドン山に向かうのだわ」


「ええ? また修行すんのか?」


「違うわ。あなたたちの実力は、すでににゃん黒四天王に匹敵するほどになっている。あとは私が弱点をフォローすれば、にゃん黒大魔王だって打ち倒せるはずだわ。……けれど、その戦力を、より強くしたいとは思わない?」


「おっ? もしかして、剣聖さんも仲間にすんのか!?」


「違うわ。あそこに置いてある、とある武器を取りに行くだけよ。剣聖あいつはあそこから離れられない……そういう風になってるんだもの」


 ダイヤの含みのある発言に対して、プリムは疑問をぶつける。


「あの……前、剣聖さんにお話をうかがったときから、疑問に思っていたのですが。剣聖さんは、どうして、テンドン山の山頂を離れられないのですか?」


「うぅん、それはね……ふうぅ、あまり話したくないのだけれど……正直に言わなければならないわね。今から非常にショッキングな話をするけれど、最後まで黙って聞いて頂戴。その後で、あたくしを軽蔑するなり罵倒するなり、好きにしてくれればいいから」


「軽蔑なんて、とんでもないんだぜ!」


 ジュウシの返答を聞いたダイヤは、真剣な表情で、話し始める。


「まず、剣聖は、すでにこの世にいないの」


「は?」


 アッツは驚きのあまり、黙って聞くというルールを、いきなり破ってしまった。


「え、じゃあ、俺たちが会った、あの剣聖さんは、一体」


「あれは亡霊。……あたくしが魔法で創り出した、偽りの剣聖よ」


「げえぇっ、オバケ!? ニセモノ!?」


「ニセモノ……ニセモノといえばニセモノだけど……彼の記憶や実力、容姿は本物と変わりないわ。あたくしが永続型の領域エリア魔法まで使って、寸分の狂いもなく仕上げたから」


領域エリア魔法……たしか『虹を遠ざけるかまくらドリーム・ドーム』とかいう、吹雪を防いでた魔法か」


「あれの本質は吹雪避けではなく、。もともと吹雪なんて吹かない場所に、のだわ」


「ええっ!? すげぇっ! 大大大魔法じゃん! でも何のために?」


 アッツの無遠慮な質問に、ダイヤは、沈痛な面持ちで、答える。


「亡霊を形作る魔力を維持するため……そして、隠すためよ。見られたくなかったの。あの失敗作を……いえ、ほぼ再現に成功したからこそ、そこに魂がないというだけのことで、ひどく醜く見える、あの亡霊さくひんを……あたくし以外、誰にも見られたくなかったの。あれは、あたくしの、いつまでも死者から離れられない、みっともない執着心の産物だから……。」


 ダイヤの目には、氷が溶けたものではない、雫が溜まっている。


「やはりあたくしは……あのひとに、恋をしていたのね。あのひとと一緒に戦っていて、いつも、怖い、と思っていたけれど。それは戦い自体が怖いではなくて、戦いの中で、あのひとが、危険にさらされて、傷つき倒れてしまうのが、どうしようもなく怖かったのだわ……。」


 うつむいたダイヤの目から、ついに雫が滴り落ちる。


「結局、あのひとは、戦いではなく、陰謀に巻き込まれて、命を落としてしまった。戦いでは完璧にサポートして、安全を確保してあげていたのに。脇が甘かったのね、あたくしは。努力もむなしく、愛しいひとは、帰らぬひととなってしまった……自分で言うのもなんだけれど、まさしく、『悲しい恋』というわけだわ」


 沈黙。


「でも……」


 ダイヤが、顔をあげる。


「今、あたくしには、新しい、守るべき仲間がいる。そして何よりも……」


 ジュウシの方を向く。


「素敵なプロポーズをしてくださった、殿方がいるのだわ」


「そうなんだぜっ!!」


 ジュウシは、鼻息を荒くして、威勢良く返事をする。


「うふふ。あたくしの伴侶になろうというのなら、もう二度と、あたくしには、『悲しい恋』をさせないで頂戴ね」


「もちのロンなんだぜっ!!」


 そう言って、ダイヤとジュウシは、くっついてベタベタし始めた。片方は揚げ物なので物理的にもベタベタしている。アッツはイラッとしたので無詠唱のイラフジアを収束フォーカスして放ったが、ダイヤが魔法で簡単に撃墜してしまった。


「『熱は油をそそのかし』――」


「ふふふ、いいわ、かかってきなさい。熱狂油界オーバーフライだろうがなんだろうが、氷の領域エリア魔法で相殺してあげるわ」


 その後アッツが剣を抜きかけたので、流石にプリムが止めに入った。




「しかしその剣、なかなか良い剣のようだけれど、ボロボロね」


「ああ、酷使しちまってるからな……」


 四天王ギトニャン、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンなど、強者との戦いを乗り越えてきた上に、しばしば熱狂油界オーバーフライの熱にさらされている、アッツ愛用の剣。フライ森産の良質な万能植物油で手入れしたりもしているが、流石に消耗がごまかしきれなくなってきている。


「テンドン山にちょうどいいものが置いてあるから、それに替えればいいわ」


「テンドン山……剣……まさか、それって!?」


「ふふふ、察しがついたようね。そうよ。今から取りに行くのは、在りし日に剣聖が愛用していた名剣。その刃は砕けることを知らず、その力は衰えることを知らない。魔を切り裂く聖なる剣。その名も――」


 ダイヤは、もったいぶって、剣の名を、言い放つ。


「――聖剣、『鯵風雷アジフウライ』」

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