第21話 はたらくエビ天、たくらむ何か
プリム・エヴィテンは神官として人々の幸せに貢献するため、チルドシティの神殿や教会を訪ねた。しかし、そこで目にしたのは世知辛い現実であった。
なにも難しい話ではない。ここは大都会チルドシティ、たくさんの人々が、様々な立場で暮らす街。神に仕える者とてその全てに救いの手を差し伸べることはかなわない。当然、優先順位というものをつけなければならない。ただ、その優先順位をつける基準に、少なからず、清廉潔白でない者たちのよからぬ考えが混じっている。それだけのことであった。
プリムも巡礼神官としての旅の経験から、そのようなことには慣れている。お
裏にいかなる思惑が隠れているにしろ、神官が行うのは、少なくとも表向きには善行に見えることである。それで救われる人も当然いる。だから、目の前で困っている人を、地道に助けていこう。そういう風に割り切って、プリムはチルドシティでも仕事を続けていた。
そんなある日のこと。世間擦れしたプリムでも、思わず上司に「え?」と聞き返してしまうような仕事が舞い込んできた。
――街の片隅に身寄りもなくひとり暮らす病弱な少女。彼女の病状が悪化した。行って魔法で癒してこい。
回復魔法の使い手が常駐している神殿や教会のもとには、怪我や病気をした人が、治療を求めて日々やってくる。その中にはしばしば、やんごとなき立場の人も含まれ、連日満員。それこそ優先順位をつけなければならない。
その中にあって、「街の片隅にひとり暮らす」ような、どう考えてもやんごとなき立場とは思えない者を、なぜ、優先して治療するのか。しかも、こちらから出向いてまで。
疑問には思ったが、同時に少女の身の上が心配にも思ったプリムは、快く引き受け、早速少女の暮らす家に向かった。
実際、少女――ふきのとうの天ぷらミスミ・フキノートは、ごく平凡な少女であった。
「『天に麗しき天婦羅天女よ』『天の歌にて
プリムは、傷をふさぐ魔法ではなく、活力を与え病を和らげる魔法を紡ぎ、少女に癒しをもたらす。
「ふわぁ、ありがとうございます。胸が楽になりましたぁ」
ミスミの澄んだ声には、一切の濁りも感じ取れない。ミスミ・フキノートの訪問治療にどんな裏があるにせよ、彼女自身は単なる純真な少女なのだろうと、プリムは思った。
「それはよかったです。でも、ほんとうに一回で十分ですか? まだ苦しいところがあったら、遠慮なく言ってくださいね。時間にも魔力にも余裕はありますし、すっきり治してしまいましょう」
「いえいえ、大丈夫ですっ。……もともと、すっきり治るようなものでもないですし」
「あら、もしかして、難病……ああごめんなさい。詮索するようなことではありませんね」
「いいんですよ。難病とかじゃなくて……ほんのちょびっとの、たいしたことない、呪いですから」
「呪い!?」
プリムは驚き、手で口を覆った。
このアゲモノ大陸で「呪い」、「呪術」といえば、それはにゃん黒軍団が扱う、極悪非道の邪法を指す。病に似て身にとりつくそれは、しかし通り一遍の病とは違い、とりつかれた者が死ぬまで、あるいは、術者の方が解除または死亡するまで、その身を掴んで離さない。ミスミは、終わりなき苦痛に、若き身体を蝕まれているのだ。
「家族みんなで街の外に出かけたときに、にゃん黒軍団と、たくさんの
「ああ、なんてこと。そんな辛い過去を、私は、掘り返してしまって。なんとおわびしたら」
「おわびなんて、そんな。こんな私に、プリムさん、やさしいなぁ。……でも、せっかくだし、おわびってことで、自慢話でも聞いてもらっちゃおっかな」
ミスミは、悲しみの色などない、みずみずしく輝く瞳で、語り始める。
「私、呪いはあるけど、幸せ者なんですよ。パパとママは、大結界関係の仕事でぷろじぇくとリーダー? をしてたくらいの結界魔法の専門家で、にゃん黒軍団に襲われたときも結界で私を守ってくれたんです。パパとママがたまたま結界の専門家だったおかげで、私は死なずにすんだんです! それに最近ではひとりじゃなくて、すっごく優しいサバフライの男の子と友達になって、よくお家に遊びに来てくれるんですよ。プリムさんだって、今日会ったばかりで、こんなによくしてくれて」
もうやめてくれ。プリムは思った。聞いていて、胸の奥から、熱く痛々しいものが、こみあげてくる。ミスミ自身は、不幸自慢をしているつもりではなく、ただ楽しく幸せ自慢をしているつもりらしいのだが、いや、幸せ自慢をしているつもりらしいからこそ、ミスミの実際置かれている状況を考えると、悲しく虚しい気持ちが、抑えきれなくなる。
「プリムさん、もし良かったらこれからも、仲良くしてくれますか?」
「……もちろん!」
涙だけは辛うじてこらえた。
プリムはありったけの魔力でミスミに回復魔法を連発した後、涙のこぼれないうちに、足早にミスミの家を去る。
ミスミの家を出たあとは、もうこらえきれなかった。涙で、チルドシティの空に輝く大結界が、歪んで見える。プリムは、涙を拭い――
「――え?」
そして気付く。
大結界が歪んでいる。
涙滴の見せる視界の歪みではない。
ほんとうに、大結界が、歪んでいる!
「そ、そ、そ、そんな」
歪みの向こうには、巨大な、チルドシティの高層建築物よりもなお巨大な、
――街全体に響き渡る轟音とともに、大結界を貫いた。
そして、
「ゲースゲスゲスゲス! 我こそはにゃん黒四天王が
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