第19話 氷精霊ダイヤ
研究所のロビーで待つこと数分。カチヤ・リコリスのもとへ向かったサックが戻ってきた。
「朗報だよ。すぐに会ってくれるんだってさ」
「マジか!」
「マジ。僕も驚いたよ。ただ……きみたちの要望に応えてくれたというよりは、リコリス教授の興味っぽいけどね」
「どういうことなんだぜ?」
カチヤ・リコリスのいる研究室に向かう道すがら、サックは事情を話す。
「もともと研究対象として、アジフライ属性魔法に興味を持ってらっしゃったんだ。アジフライ属性というよりは、フライ系統属性全般だから、僕にもお声がかかったりしたんだけど……残念ながら、僕の研究とは方向性が違ったからね」
「アジフライ属性……! ここに来るまでに開発した新魔法が火を吹くかもしれないな……!」
「へえ、どんなの?」
「七色に光り輝くアジフライが人々の心を照らす魔法、『
「アッツは人の心を壊してしまったことがあるからな。その罪滅ぼしも兼ねて、この魔法を作ったんだぜ」
「誰もが傷つかず幸せになれる、尊い世界平和の魔法です」
「プリムの回復魔法を参考にして作ったんだ! まあ別に回復効果はないけどな!」
「そ、それはすごいね」
サックは正直、それって威力ゼロで無駄にピカピカ光るだけのクズ魔法じゃないのか、と思ったが、声には出さずにおいた。彼は空気の読めるサバフライなのだ。決してマッチョ3人に囲まれて萎縮したのではない。
やがて4人は、カチヤ・リコリスの研究室にたどり着いた。
「失礼します」
サックがノックし、扉を開ける。
「ンだぜッ!?」
瞬間、ジュウシが斬新な叫び声をあげてのけぞった。
「うわっ、どうしたんだよ、ジュウシ」
ジュウシは、目を見開いて口をぱくぱくさせながら、しぼりだすように、アッツだけに聞こえるような小声でささやいた。
「う……美しいんだぜ……。」
「え? ダイヤさんが?」
「ああ……さすが氷の精霊なんだぜ……美しすぎるんだぜ……。」
「美しい……っていうか」
アッツは、先頭に立っているサックの肩越しに、氷の精霊の姿を観察する。
透き通るような輝く美しい肌、といえば聞こえはいいが、ぶっちゃけアッツにはただの氷の塊にしか見えなかった。カチワリ氷であった。
「まあ、綺麗ではあるな」
主に氷がキラキラしているという意味で。
「ああ……綺麗なんだぜ……やばい……」
ジュウシは、顔を赤らめて、呟く。
「……ひとめぼれなんだぜ」
「お、おおう」
鶏唐が、氷に恋をするとは、これいかに。とアッツは思ったが、目の前のカチワリ氷をよくよく観察すると、そのごつごつした形状が、微妙に唐揚げに見えなくもない。むしろ「氷のように透き通った珍しい形の唐揚げ」として見れば、美しくも感じる。
「さっきから、じろじろ見て、ひそひそ話して、一体なにをしていらっしゃるのよ」
「んダぜっ?!」
美しき氷精霊に話しかけられ、ジュウシの声は裏返った。
「ふうぅ、まったく、これだから、若い男の子というのは、しようがないのだわ。この歳で落ち着いているサバフライ君を見習うのだわ」
「恐縮です」
「ふうぅ、サバフライ君はサバフライ君で、堅苦しすぎるのだわ。そんなことだとあの子にも……」
「り、リコリス教授、客人の前です」
目の前で行われている意味深な会話も、ジュウシの耳には入っておらず、「んだぜ、んだぜ、ふうぅって、ため息かわいすぎるんだぜ」と夢中で呟き、悶えていた。アッツはイラッとしてジュウシの脇腹に拳を入れる。
「さて、海老天のおじょうさん。落ち着きのない男性陣に代わって、お名前とご用件をお聞かせ願えませんこと」
「はい。私はプリム・エヴィテン、こちらはアッツ・アジフライ、こちらはジュウシ・トリカラ。このたびは、私たちにお力を貸していただけないかと、お願いに参りました」
「頼むよ、カチヤさん、いや、ダイヤさん!」
ダイヤの名を口にしたとたん、場の空気が凍った。
比喩ではない。氷精霊ダイヤの身から怒涛のごとく溢れ出した、濃密で強靭な氷属性の魔力が、瞬く間に研究室を満たしたのだ。魔法という形をとっていない単なる魔力であるはずのそれはしかし、絶対的な圧力でもって場を支配している。動けば、一生動けなくなる。氷の棺を幻視させるその冷たい魔力は、心臓をわしづかみにされるような恐怖を、アッツたちにもたらしていた。
「……サバフライ君。席を外して頂戴」
「は、はい」
サックは、文字通りの冷や汗を流しながら、研究室を去った。
サックが外から扉を閉めた瞬間、扉付近の魔力が、パシィッ、という暴力的な音とともに氷に姿を変え、扉を固く閉ざした。
「……あなたたち、どこでその名を知ったの」
いつ氷に変わって身を襲うとも知れない魔力に全身を握られたまま、質問をぶつけられる。尋問のようであると全員が感じた。
「え、あ、け、剣聖さんに」
「ああ、あれに会ったの。どうりで」
ダイヤは一同の体つきを観察しながら言う。
「まずひとつ忠告……いえ、忠告というよりお願い。テンドン山には二度と登らないで頂戴」
「な、なぜですか」
「なんでもよ。あと、ダイヤという名前を人前で口にするのもやめてちょうだいね」
ダイヤは手のひらの上に小さな氷を生み出し、もてあそぶ。
「それで、力を貸して欲しいという話だけれど、具体的にどう力を貸して欲しいのかしら」
「俺たち……にゃん黒軍団を倒そうと思ってるんだ。剣聖さんにも頼まれた。でも俺たちだけじゃ力不足なんだ。だから――」
「ああ! もう! 嫌、嫌、嫌、嫌なのだわ。腕っ節の強い男というのはどうしてこう、やたら正義感が強くて、戦いだの倒すだのと、危険に首を突っ込みたがるの。その気が知れない。奇人だわ。変人だわ。頭がおかしいのだわ」
ダイヤは激しく首を振り、悪態をつく。
「剣聖、あの駄々っ子のせいで、あたくしがどれだけ怖い思いをしたか、あなたたちには分からないのでしょうねぇ。なによ、
ダイヤは、戦いというものを、強く拒絶する言葉を吐く。
「あなたたちも、にゃん黒軍団を潰すなんて、物騒なことは考えずに、普通に暮らしなさい。普通、それが一番幸せよ。力がありあまったら、
ダイヤは、生み出した氷を、握り砕く。白く輝く氷の粒が宙を舞う。
「ああ、あなたたちに怒っているのではないのよ、ごめんあそばせ。すべてはあなたたちを
ダイヤはそう言って立ち上がると、研究室を満たしていた氷属性の魔力を散らし、眉間のしわも取り去った。扉を封じていた氷も消し去る。
「ふうぅ、疲れちゃったわ。さあ、もう帰りなさい。宿がないのなら、今日のところはうちの寮を貸してあげるから。ゆっくり休んで故郷に帰って、鍛えた筋肉を使って親孝行するのよ。ああ、アジフライ君は、ここで働くというのもいいわね。熱意ある魔法使いは歓迎よ。ただし、戦うなんて言い出さないことが条件だけれど、ね。戦うなら、さっきも言ったように、弱いものいじめ限定よ」
ダイヤに背中を押されるままに、一行は研究室をあとにした。
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