第18話 せかいはせまい

「いやあサック、全く気づかなかったぜ! すっかり都会に溶け込んでるなあ! さすが血も涙もない冷血漢! 冷たい都会によくなじむ!」


「いや、きみは前に雪山で助けてあげたこと、完全に忘れてるだろ……まあ、もう半年近くもここにいるからね。慣れてるといえば慣れてるね」


「半年? 半年も何してんの?」


「住み込みで魔法の研究をしてるんだ」


「魔法の研究!? じゃ、じゃあさ、ダイ――じゃない、カチヤ・リコリスって人のこと、知ってる!?」


「知ってるというか、もろ、その人の下で働いてるね」


「うおお、ビンゴ! じゃあ、会わせてもらえたり……!?」


「うーん、僕が個人的にリコリス教授に頼んであげることはできるけど、そこから実際に時間をとってもらえるかは、リコリス教授しだいだね」


「頼んでくれるのか! ありがとーう! 心の友よー! いよっ、友達想いの人情派ー!」


「いっそすがすがしいくらいの手のひら返しだね。まだ確実に頼んであげるとは言ってないのに、まったく。そういうところ、変わんないよね」


 ため息をついて苦笑いしながらも、サックはカチヤ・リコリスの研究所まで案内してくれる。なんだかんだで彼も、都会の人ごみの中で知り合いに出会えたことが、うれしいようだ。


「ところで、なんで魔法の研究なんか始めたんだ? 知的好奇心ってやつ?」


「そんな上等なものじゃなくて、うーん。すごく、個人的な目標があって、そこに向かうために魔法が必要だから、研究してる感じかな。あまりにも荒唐無稽な目標だから、あんまり言いたくないんだけど。まあ、適当に察しておいてよ」


「ふうん」


 サックに対して容赦のないアッツだが、無理に「目標」を聞き出すことはなかった。自分も、にゃん黒軍団を打ち倒すことを目標としている、などと人に話せば、馬鹿にされるかもしれない。そう思ったのだ。

 歩くこと数分。アッツたちは、研究所にたどり着いた。

 広大な敷地に、立派な建物。建物には「リコリス研究所」の看板。ダイヤは、チルドシティにおいて、魔法研究者カチヤ・リコリスとして、相当の地位を得ているようであった。


「素敵な研究所ですね」


「そうだな。でも、なんだろう。なんか変な感じがする。なんというか、こう、見た目が……」


「あっ、分かったんだぜ。この研究所には、塀がないんだぜ」


「おお、ホントだ! しかも結界のはしっこギリギリだ! 意外と金ねぇのかな」


「違うよ。これはリコリス教授の意向でね。野外調査フィールドワークに出かける際に邪魔だから、余計な壁はつけていないんだ。だから眺めもいいよ」


 サックの言葉どおり、研究所の敷地内からでも、結界の外の雄大な自然を望むことができる。


「おお……すげえ、テンドン山までバッチリ見える」


「テンドン山……そうか。きみたちは剣聖さんのところで修行してきたんだね」


「おう。よく分かったな」


「いや、分かるというか、その、うん、筋肉が、ね。プリムさんとか特に」


 元々ある程度戦いに向いた体つきをしていた男性陣はともかく、スレンダー美人だったプリムは、細マッチョ美人に劇的ビフォーアフターしていた。衣の上からでもくっきり見えるシックスパックが美しい。


「あら、ありがとうございます。うふふ」


「え、あ、うん。褒め言葉、うん、そうだね、褒め言葉だね。うん。……うん……。」


 別にけなしていたわけではないが、こうも誇らしげに胸(これまたたくましい)を張られると、釈然としない気持ちになるサックであった。


「さ、リコリスさんとこに案内してくれよ、サック」


「行くんだぜ」


「うん……。」


 3人のマッチョに囲まれて、サックは、必要最低限の筋肉しかつけていない自分が悪者にされているかのような、理不尽な疎外感と圧迫感を感じるのだった。

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