第14話 ガンガン戦闘

 溶岩龍ラーヴァ・ドラゴン。かつてテンドン山の頂に暴れ、剣聖に打ち倒されたとされる存在。

 剣聖いわく、かの龍はまだ存命で、領域エリア魔法「虹を遠ざけるかまくらドリーム・ドーム」に囲まれた吹雪のない空間の地下に、居を構えているという。


「私は確かに彼に勝ったが、殺したわけではない。友となり、テンドン山に過剰な火山活動を起こすのをやめてもらったのだ」


 剣聖の小屋の床下に隠されていた通路を降りていくにつれ、気温が上昇していく。熱とともに、濃密な火属性の魔力も漂ってくる。なるほど確かに、この先に溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンがいるようだ。


「最後のメニューは、彼と戦うことだ。なに、案ずるな。勝てとも倒せとも言わんし、彼とは話がついているから、むこうも本気じゃない」


「稽古をつけてもらうということですか?」


「いや、そうではない。ためだ」


「私たちに……私たち自身の実力を、ですか?」


「そうだ。比較対象がマッスルどりしかいなかったから実感がないと思うが、此度の修行を通して、諸君は大きく成長している。溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンとの戦いの中で、現在の己の力を、正確に把握してもらいたいのだ」


「成長、しているんでしょうか……。」


「なに、すぐに分かるさ」


 開けた空間に出た。瞬間、熱風が吹き、光が満ちた。

 光は白熱する溶岩の輝き。そして熱風は、この空間の主の吐息であった。

 《油よりなお熱きもの》の二つ名を冠する巨龍、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンがそこにいた。


「ジュワー」


 溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンは、来訪者を歓迎するように、声を発した。


「え、いまの鳴き声? ジュワーって鳴き声の生き物、初めて見たんだぜ」


「ああ、そうさ。一応共通語も喋れるんだが、鳴き声の方が楽なのだそうだ。ちなみに、ジュワジュワ山脈の名前はこの鳴き声から来ている」


「ジュワワー」


 溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンは自慢げに鳴いた。

 プリムは思った。アジフライ語、だぜ、筋肉、ジュワー。自分の周りにはまともな言語を扱う者がいない、と。


「さあ、戦うのだ、アッツ、プリム、ジュウシ! 修行でつちかった力を十二分に発揮し、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンに見せつけてやれ!」


 アッツは剣を、ジュウシとプリムは拳を構える。それを合図に、最後のメニューが開始された。

 小手調べとばかりに、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンは、その大きな口から、拳大の火山弾を複数吐き出した。

 アッツたちは、軽やかな身のこなしで、火のついた岩を避けていく。運動が苦手であったはずのプリムも、鍛えられた筋肉を活かし、素早い動きを見せている。


「『渦巻く油は力の象徴あかし』『虚空に散りゆく戦士は死なず』――」


 避けながらも、アッツは呪文を築き上げていく。壮絶な筋力トレーニングは、アッツに、激しい運動の中でも息を切らさずに詠唱をする体力の余裕と、集中力をもたらしていたのだ。


「――『ただ敵を斬り消え行くのみ』、『コボネストーム』!」


 詠唱が完成し、修行の合間に研究開発した新魔法が発動する。大量のアジフライの小骨を含んだ嵐が、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンを呑み込む。


「すごい魔法なんだぜ! 大魔法級なんだぜ!」


「いや、範囲が広くて風圧が強いだけのハリボテだ。時間稼ぎにしかならない」


「アジフライの小骨って、そのまま食べられますもんね!」


 肝心の小骨に殺傷力があまりないのだ。しかしそれでも地味に痛いらしく、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンは顔をしかめている。


「ジュワ……!」


 溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンは小骨の嵐に巻き込まれたまま叫び、その身から漏れ出る炎の勢いを強める。本気を出し始めたようだ。


「一気に決めるんだぜ!」


 その一言だけで、四天王をともに倒した戦友には、何をすべきか、伝わる。


「『熱は油をそそのかし』『油は熱をこいねがう』『熱と油の狂宴は』『戦士の身を焼き胸を焼き』『やがては世界をくだろう』――『熱狂油界オーバーフライ』」


 世界が――


――加速する。


 熱狂油界オーバーフライの身体能力強化が効き、アッツの全身に力が満ちる。しかしその力が以前とは段違いだ。強化前の元々の筋肉が強靭になったため、最終出力が大幅に上がったのだ。ひと蹴りで景色は置き去りにされ、小骨の嵐から解放されたばかりの溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンに肉薄する。


「『はしれアジの血潮』、『熱狂オーバー味占剣アジシメブレード』!」


 振り上げた剣に、魔法で生み出されしアジの幻影がとりつき、刃に蒼銀の輝きをともす。剣に魔法を付与する技術、魔法剣。アッツ・アジフライは、真の意味での魔法剣士となったのだ。

 魔法で切れ味を増した剣を、修行で筋力の増したアッツが振るう。その鋭い太刀筋は、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンの強固な鱗にも、刃傷をつけるに至った。


「ジュワアア!」


 痛みに叫ぶ溶岩龍ラーヴァ・ドラゴン。巨大な頭を振ってアッツを弾き飛ばす。

 筋肉の鎧に守られているとはいえ、熱狂油界オーバーフライの熱による火傷も加わって、軽くないダメージを負ったアッツだが――


「『オイルヒール』!」


 堅実に詠唱を続けていたプリムによる回復魔法で、持ち直す。

 さらに、アッツが抜けた隙を、ジュウシが埋める。


「ふぬりゃあ!」


 強制された修行生活のストレスを発散すべく、ジュウシは渾身の力で籠手ガントレットに覆われた拳をたたきつける。拳闘士であるジュウシにとって、鍛え上げられた腕力はそのまま力となる。溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンでさえもその衝撃に怯むほどの力だ。


「ジュッ……ジュワアアアアア!!」


 傷を負ったもののまだまだ生命力にあふれている溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンが、咆哮をあげ、その巨体で立ち上がったそのとき、


「それまで!」


 剣聖の制止の声が響き、最後のメニューは終了した。




「いやあ諸君、たいしたものだ! 溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンに、あそこまで早く本気を出させるとは! 最後のあれなんか、本気で殺そうとしてたぞ!」


「え、そんなに怒ってたのか。ジュワーしか言わないから感情が分かりづらいんだぜ」


「てか、あれで本気じゃなかったんだな」


「当たり前だ、本気だったら、瞬殺されてたぞ」


「本気って、具体的には、どんな感じなんだぜ?」


「彼の筋力なら普通に力押しで瞬殺することもできただろうし、一番手っ取り早い方法としては、熱狂油界オーバーフライを発動した瞬間溶岩やら炎やらで気温を急上昇させて、焼き殺すという方法もとれただろう。彼には君の魔法の特徴も、だいたい伝えてあるからな」


「うわ、熱狂油界オーバーフライの熱上昇効果で自滅させられちまうのか。えげつねぇ」


「そうだ。――強くなったことを確認しろと言ったのに、弱点を突きつけてしまう形になったな。自信をつけさせてやりたかったんだが、すまん」


「いえ、十分、成長を実感できました。剣聖さん、溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンさん、ありがとうございました」


「ハハ、気にするな!」


「ジュンジュワー!」


 そして一行は溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンの住処を出て、小屋に戻り、荷造りをし、山を下りることになった。

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