第13話 ギリギリ修行

 剣聖考案の修行メニューはハードであったが、同時に楽しくもあった。

 朝、マッスルどりの鳴き声とともに起き出し、準備運動。全身の筋を念入りに伸ばす。準備運動の延長でエクササイズやランニングも行い、さわやかな汗を流す。この時点ですでにみな笑顔。ジュウシだけは微妙な顔をする。

 朝の運動のシメには、マッスルどりと戦う。剣聖ブランドのマッスルどりは、食用ながら闘鶏と見紛うほどの肉体美を誇り、本当に飛べないのか疑わしいほどにアクロバティックな動きでアッツたちを翻弄する。白熱の戦いにみな没頭するが、ジュウシだけは顔をしかめる。

 朝の運動が終わった後は、朝食。栄養を欲しがる身体に、たっぷりのたんぱく質をぶち込む。剣聖が育てたマッスル豆を中心に、炭水化物やビタミンもバランスよくとる。栄養の偏りもなく、たんぱく質の過剰摂取もない。剣聖は考え無しにプロテインを流し込むような、半端筋肉坊やチキンマッスルボーイではない。究極筋肉兄貴トゥルーマッスルガイなのだ。これにはジュウシも感心していた。

 昼は筋トレ。ひたすら筋トレだ。生かさず殺さずの絶妙なラインを見定めて、とことん筋肉をいじめぬく。全身の筋肉をまんべんなく鍛える日もあるが、基本的には日替わりで、部位ごとに集中して鍛える。今日は腕、明日は腹、明後日は衣。ひとつの部位に集中することで、普段は意識の外にある筋肉まで、効率的に運用するのだ。ジュウシは「これ修行とかじゃなく筋トレ合宿じゃないかな」とぼやく。

 筋トレの合間に、昼食をかきこむ。たんぱく質が豊富なことは変わらないが、メニューは違う。しかも毎日メニューが変わり、バリエーション豊かな食事が楽しめるのだ。剣聖は料理上手であった。料理のできるマッチョであった。こと料理に関してはジュウシでさえ文句のひとつもつけられない。

 日が沈むころには筋トレから、実践的メニューにシフトしていく。剣術指導、体術講義、戦闘理論。剣聖は教え方もうまかった。クレバーなマッチョなのだ。脳みそまで筋肉でできた過剰筋肉野郎オーバーマッスルフールとも違うのだ。ジュウシは登場する単語の5割が「筋肉」なのに不思議と頭に馴染む謎体験に困惑する。

 夕食は、朝シメて下処理をしておいた、マッスルどりだ。昨日の敵は今日の友、朝の強敵ともは夜の食べもの。尊い命に感謝の祈りを捧げ、残さずおいしくいただくのであった。ジュウシ・トリカラはマジ泣きした。泣くつもりはなかったし、マッスルどりに対して何の感慨も抱いていなかったのだが、積み上げられたマッスルどりの唐揚げを前に、なぜか魂の奥底からどうしようもないほどの哀しみが湧き上がってきて、揚げ損ねたコロッケのごとく爆発してしまったのだ。魂の慟哭どうこくを響かせながらも、ジュウシは完食した。おいしかった。




 そうして百を優に超える数のマッスルどりの屍を踏み越えた先の朝、剣聖は、珍しく落ち着いた声で、つぶやいた。


「……きょうの修行は、なしだ」


 アッツたちの顔に、驚愕の色が浮かぶ。はじめは拒絶していたが今では修行をすることが当たり前になってしまっていたジュウシも、驚いた。


「きょうはゆっくり休んで、筋肉を休めるんだ。明日、最後のメニューを行い、それをもってこの修行を終えるものとする。最後のメニューは……」


 最後のメニューとは、何なのか。アッツたちは、剣聖の次なる言葉を、息を止めて、待つ。


溶岩龍ラーヴァ・ドラゴンと、戦ってもらう」

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