第12話 ムキムキ剣聖
サックの言葉どおり、吹雪は晴れた。いや、晴れたという言葉は適切ではない。なぜなら、山頂の一角だけを避けるように吹雪が吹いていたからだ。なぜか吹雪の吹いていない空間の中に入ったというのが事実だ。
「台風の目の中に入ったら、こんな感じなのかなぁ」
「台風の目でもこんなにメリハリついてないと思うんだぜ」
「すごいですね、吹雪と晴れの境界線が、くっきり分かれてます」
一行は、吹雪でできた壁を背に、雪を払い落とし、荷物を整える。
「そんで、あそこの小屋が……」
「剣聖さんのお住まい、でしょうね」
「吹雪のない空間に、剣聖の小屋。なんというか、都合が良すぎるんだぜ」
「たぶん、
「ああ、そういうことですか!」
特定の領域だけに、非自然的な現象を発生させる。
「その通りだ、少年! これは氷属性の
突然の大声に振り返ると、ひとりの巨漢が仁王立ちしていた。
幅の広い外套に全身を包んでいるため、いかなる揚げ物の姿をとっているのかはうかがい知れない。
ちなみに揚げ物であることはその身から漂う油の香りですぐに分かる。
「うおっ、いつの間に……」
「全く気配がしなかったんだぜ」
「あなたが……剣聖さん、でよろしいですか?」
「いかにも! 私は剣聖アルバート! 姓は訳あって明かせない、許せ!」
勢いよく名乗りをあげたあと、アルバートは、剣聖であることを証明するためか、外套の内から取り出した剣をふるう。いまだ耳に残っていた吹雪の轟音が、たちどころに吹き飛んでしまうほどの風切り音が響いた。
「おおおおお! すげぇ! ホンモノの剣聖さんだ! 稽古を、いや、弟子にしてください!」
「ハハハ、いきなりそれとは、威勢がいいな! 若い頃の私にそっくりだ! 心配しなくても、全員に修行させてやるぞ!」
「あ、俺は修行希望じゃないんだぜ」
「少年! 君のお悩みは、魔法剣士でありながら、剣の腕が伸び悩んでいることだな!」
「おお! その通りです! 一発で見抜いちまうなんて、さすがは剣聖!」
「ハハハ、それほどでもある! さて、そんな私の鋭い観察眼で見たところ、君に必要なのは……」
剣聖は、大きく息を吸い、さらなる大声で次の言葉を放つ。
「筋肉だ! 筋肉があれば、剣は力強く、速くなる! 筋肉があれば、なんでもできるのだ!」
「おおお! 筋肉! 大事なのは筋肉なんですね! わかりました!」
剣聖は次に、プリムのほうを向く。
「お嬢さん! 君のお悩みは、身を守るだけの戦闘能力がなく、仲間の重荷になってしまっていることだな!」
「は、はい! 先程も私がいるばかりに、
「そうか、ならば君の強化は、みんなにとって急務だな! さて、そんな君を強くするのに必要なのは……」
深く息を吸い、一気に吐き出す。
「筋肉だ! 筋肉があれば、拳や武器をふるって戦うことができる! 筋肉があれば、なんでもできるのだ!」
「そうなのですか! 筋肉! 大切なのは筋肉なのですね! 心得ました!」
最後に剣聖は、ジュウシのほうを向く。
「そして
「あ、いや、俺は案内役で来ただけで、修行希望じゃないんだぜ」
「――特にない、か。しかし弱点がないということは、往々にして、突出した強みがないということ」
「いや、だから」
「そんな君の強みになるのは――」
「話を聞くんだぜ」
「筋肉だ! 筋肉は身体から離れることがなく、最高に頼れる武器となる! 筋肉があれば、なんでもできるのだ!」
「そうか、筋肉か。確かに筋肉は、落としたら終わりの剣や槍と違って、いつでも身体に――って、違うんだぜ。そういうことじゃないんだぜ。俺は修行しないんだぜ」
剣聖は、改めて一行全員に向けて、言葉を発する。
「山を越え吹雪を抜け、険しき霊峰の頂に登りつめたる、勇敢なる若者たちよ! 私は君達を歓迎する! 我らの切磋琢磨する気勢と汗で、吹雪吹き荒れる山、頂に、情熱の嵐を巻き起こそうではないか!!」
「うおー! 剣聖ー!」
「すてきー! 剣聖ー!」
「け・ん・せい! ボンバイエ!」
「け・ん・せい! ボンバイエ!」
ジュウシは、サック・サバフライがため息まじりで剣聖のことを語っていた理由を、今ここで理解した。
「お前ら色々待ってくれ。話の展開が速すぎるんだぜ。ボンバイエは『殺せ』っていう意味――いやいやいや、問題はそこじゃ無いんだぜ。俺は修行なんてしな――」
「ボンバイエーッ!!」
かくして、剣聖アルバートの下で、一行は修行を開始した。
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