第8話 熱き戦い

 四天王ギトニャンは、先程アッツに土をつけたのと同じ場所で、堂々とあぐらをかき、オイルツリーの油をすすっていた。


「はン、今度は3匹か」


 武装してやってきたアッツたちの姿をみとめると、ギトニャンは立ち上がり、構えた。


「その様子を見ると、おとなしくいけにえを連れてきた……ってェわけでも、なさそうだな」


 ギトニャンは肉球についた油を舐めとり、爪を伸ばした。アッツを引き裂いた爪の輝きが、変わらずそこにあった。


「だが、やることは変わらねェ。アジフライ、唐揚げ、海老天の順で……喰うだけだ」


 爪を掲げるギトニャンに対して、アッツたちも負けじと、臨戦態勢をとる。


「違うな。お前は――海老天に虚仮コケにされ、唐揚げに殴られ、アジフライに揚げられるんだぜ」


 ジュウシの挑発とともに、戦いの火蓋が、切って落とされた。

 鋭く踏み込んできたギトニャンの爪を、ジュウシが前に出て、その籠手ガントレットで受け止め、捌き、時には反撃する。


「アッツ君、ASAPなんだぜ!」


「分かってる! ――『熱は油をそそのかし』『油は熱をこいねがう』――」


「はッ! 詠唱の時間稼ぎかよ! やれるもんならやってみやがれ!」


 ギトニャンの巨体に似合わぬ高速の爪捌きを防ぎきれず、ジュウシの身体に、傷がついていく。


「ぐっ、ぎっ、いてぇ――プリムさん!」


「――『天の油にての者を癒したまえ』、『オイルヒール』!」


 プリムの詠唱がベストタイミングで完成し、回復魔法が発動。星に似た光と油がジュウシに降りかかり、傷を癒していく。


「ちっ、回復魔法たァ、随分バランスのいい団体さんパーティだこと!」


 ギトニャンはさらに爪の勢いを強める。ジュウシは押され、じりじりと後退していく。


「――『熱と油の狂宴は』『戦士の身を焼き胸を焼き』『やがては世界をくだろう』――」


 アッツの詠唱が完成に近づく、が、


「ぐっ……げぁッ!」


 ギトニャンの攻撃がついにジュウシの防御を貫き、弾き飛ばす。

 ギトニャンは倒れこんだジュウシには目もくれず、アッツとプリムのいる場所めがけて、一直線に走り出す。


魔法使いメイジ回復役ヒーラー……まとめて潰してやるぜ!」


 攻撃の要となるアッツと、継戦能力に直結してくるプリムを失うことは、すなわちアッツたちの敗北を意味する。

 しかし、


「――『熱狂油界オーバーフライ』」


 アッツの詠唱が、魔法が、完成し、


 世界が――


――加速する。


 弾丸のごとく飛び出したアッツは、ギトニャンの進撃を止めるばかりか、勢いそのまま、押し返す。


「なッ――!?」


 ギトニャンは驚き、たたらを踏む。その隙に、アッツは素早く魔力を練り上げる。


「――『熱狂オーバー・イラフジア』」


 詠唱を端折った急ごしらえの魔法はしかし、普段のイラフジアよりも威力を増した熱と油でもって、ギトニャンを吞み込み、その身を焼いた。


「なんだ――!?」


 速さが違う。腕力が違う。魔法の威力が違う。アッツの変貌に異常を感じたギトニャンは、素早く辺りを観察する。


「――暑い、いや、熱い――!?」


 ギトニャンとアッツたちが戦っているこの空間の温度だけが、火傷するほどに高まっている。イラフジアを受けていないジュウシまでもが、身を焼く熱さに顔をしかめている。唯一、プリムだけが、熱い世界の外にいて、絶やさず回復魔法の詠唱を続けている。


領域エリア魔法か……! 小僧、大層なモン使いやがって……!」


 領域エリア魔法。特定の領域にだけ特殊な効果をもたらす、大魔法である。

 領域エリア魔法たる熱狂油界オーバーフライの効果は、範囲内のものを熱で焼くこと、使用者の身体能力を高めること、そして――


「――範囲内のアジフライ属性魔法の強化だッ!!」


 今度は無詠唱の熱狂オーバー・イラフジアが炸裂し、ギトニャンを襲う。


「ちっ――生意気な!」


 決して小さくない火傷を負ってなお、ギトニャンは油を振り払い、アッツに向けて爪を振るう。その腕力は健在。万全の体勢なら、能力の向上したアッツとも互角だ。


「殴り合いなら、負けねェぜ――!」


 しかし、経験の差か、ギトニャンに分がある。アッツの大振りの剣の隙間から、爪で傷を与えていく。


「――『オイルヒール』!」


「助太刀だぜ!」


「――ぐぉろにゃあ゛あ゛あ゛!!」


 回復魔法を受けて立ち上がったジュウシが援護に向かうが、ギトニャンが筋肉に覆われた両腕を振るい、2人まとめて弾き飛ばす。


「ははは、いい、いいぜェ! 若者らしい元気な魔法だァ! だが、足りねェなァ! 殺気が! 狂気が! 嗜虐心が! 戦場に見合う暴力精神が、てめェら食料アゲモノどもには、決定的に足りてねェんだよおおオオォォ!!」


 ギトニャンは赤く、紅く爛々と輝く眼を見開いて、叫ぶ。


「そんなモノ、要らない――」


 対してアッツは、冷静。


「なくても、もっと大事なモノを、熱狂油界オーバーフライが与えてくれる――」


 否、あふれるほどの激情を、抑えつけているだけだ。


「ほう? それはなんだ、小僧! 言ってやがれ!」


「それは――」


 ギトニャンの質問に、アッツは答える。


「――情熱だッ!!」


 そしてアッツは、抑えつけた感情を、爆発させる。


食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え!!」


 胸の奥から湧き出る叫びが、興奮という名のフィルターを通り、慣れ親しんだアジフライ語に変換されて喉から飛び出す。


「えっなにそれ怖い!!」


 その、外の世界の者から見れば狂気以外の何物でもない謎言語は、歴戦のギトニャンさえも戦慄させた。


食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え!!」


「ごめん無理! 食えない! そんなに食えない! もうゆるして!」


 ギトニャンはおびえ、借りてきた猫のように大人しくなり、そして――


食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え!!」


「ギニャー!!」


 尻尾を巻いて逃げ出した。

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