第7話 勇気

 にゃん黒軍団に占拠されたフライ森はしかし、静寂に包まれていた。プリムが草を踏み、茂みをかき分ける乾いた音だけが響く。この静けさも、かの勇敢なアジフライ少年が、子猫兵ミャーセナリーを追い払ってくれたおかげだろう。


「プリムさん」


 声をかけられたプリムが振り向くと、そこには例の少年がいた。


「アッツさん……! どうして……!」


「それはこっちのセリフだ」


 肩を怒らせながら、アッツはプリムに近づいて来る。


「プリムさん……きみ、いけにえになろうとしてるだろ」


「……!」


 見破られていた。しかし、もともと隠しごとは苦手だから、仕方ない。そんなことを考えつつ、プリムは正直に返答した。


「はい、そうです。……これが、最善の選択肢だと思って」


「なにが最善だよ……!」


 アッツはプリムの肩をつかんで、言葉をぶつける。


「きみが食べられる選択肢の、なにが最善なんだ……! それに、きみを食べたとして、あいつが満足するとは限らないんだぞ……!」


「それでも、次の要求までの時間は稼げます」


「ああ、もう!」


 アッツはプリムから手を離し、頭をかきむしる。


「俺には分からないよ! 倒すとか、勝つとかじゃなく、時間を稼ぐとか、マシな負け方をするとか考える人たちの気持ちが!」


 だんだん、と、足を踏み鳴らす。


「あいつを倒して、みんな生きる! フライ森も元どおり! それが最善に決まってるじゃないか!」


 そのまま、アッツは森の奥へと向かう。


「まさか……戦いに行かれるのですか!」


「ああ!」


「いけません! 一人で……剣もないのに!」


「魔法で戦うよ! 今度はちゃんと詠唱して、大魔法をぶつけてやる!」


「一人ではまともに詠唱もできません!」


「だったら、一人で戦わなければいいんだぜ」


 声の先には、ジュウシ・トリカラがいた。


「ほら、剣だぜ。武器屋に無理言って借りてきたんだぜ」


 ジュウシは、鞘のついた立派な剣を、アッツに投げ渡す。

 見ればジュウシ自身も、丈夫そうな革の鎧と、無骨な籠手ガントレットで武装していた。

 完全に戦闘態勢に入っているジュウシの姿に、アッツは驚いた。


「まさか、このために準備を……」


「フライタウンはここんとこ平和だったからな。俺たち以外にまともに戦えるやつがいないんだぜ。時間稼ぎもなにもあったもんじゃない。だったら、玉砕覚悟で四天王を倒しに行くんだぜ。アッツ君はもちろん、行くよな?」


「ああ!」


 アッツは威勢良く返事した。


「……で、プリムさんよ。俺は、君にも来て欲しいと思ってるんだぜ」


「え? 私が、戦いに……?」


「女の子を戦いに駆り出すなんて、俺の信条に反するが、そうも言ってられないんだぜ。相手は四天王。アッツ君が詠唱する時間を稼ぐ間にも、俺たちはあっという間にズタボロにされると思うんだぜ。その傷を、プリムさんの回復魔法で治して欲しいんだぜ」


「でも……それで、四天王に通用するんでしょうか……」


「厳しい。が、俺は、そう勝ち目の薄い話でもないと思ってるんだぜ。これは勘だが、アッツ君は並のアジフライ属性魔法使いじゃない。十分な詠唱時間があれば、四天王に通用する魔法だって放てるはず……できるよな、アッツ君?」


「できるッ!」


「いい返事なんだぜ。あとは……プリムさんの気持ち次第なんだぜ。無理に来てもらわなくても、俺たちだけで戦うが……どうなんだぜ?」


 プリムの中で、もう答えは決まっていた。この人たちは、フライタウンのために、こうも真剣になってくれている――


「私も、行きます!」


 こうして、にゃん黒四天王ギトニャン打倒を目的とする、即席の決死隊が結成された。

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