第5話 蛮勇

 その姿は、巨大な二足歩行の猫であった。ごわごわした紫の体毛。武骨だが大きく鋭い爪。赤く鈍く輝く眼。片目には刃物でえぐり取られたような傷があり、歴戦の気配を感じさせる。


「お前が……にゃん黒軍団の親玉だな」


 アッツは巨大な化け猫を前にしても、臆さず声をかける。


「あァ? 親玉ァ? 世間知らずの小僧が、無礼なことを言うんじゃねェ。にゃん黒軍団の親玉は、にゃん黒大魔王様ただひとり。俺様はにゃん黒四天王が一柱ひとはしら、ギトニャン様だ」


「ふぅん。四天王だかなんだか知らないけど、とりあえずフライ森を乗っ取ってる一味のボスではあるわけだな」


「あァ、そういう意味か。そうだぜ」


 ギトニャンは口の端を吊り上げ、鋭い牙をのぞかせる。


「まったく、ふぬけどもが。魔法剣士とはいえ、こんな小僧から尻尾巻いて逃げ出すたァな」


「子分の悪口言うなんて、ひどい親分だな。すぐにお前も尻尾巻いて逃げ出すことになるのにさ」


「はッ、言うじゃねェか……」


 ギトニャンは、ぎろりと、赤い瞳でにらみつける。


「てめェこそ、尻尾ごとバリバリ喰われちまうのによ」


「それはどうかな!」


 アッツの力強い踏み込みとともに、戦いは始まる。

 袈裟斬りにふるった剣を、ギトニャンは左腕の大きな爪でたやすく受け止める。すかさず右腕の爪が飛んでくるが、ギトニャンの体を蹴って後ろに跳ぶことで逃れる。全力で蹴ったが、効いたような感触はない。硬い体毛と鍛え上げられた筋肉の感触だけが返ってきた。


「ちっ。『爆ぜよアジの――」


「させるかよ!」


 先ほどの黒猫たちとは比べものにならない速度で、ギトニャンが踏み込んでくる。詠唱は中断され、練った魔力は霧散した。


「くそ――!」


 凄まじい速度と力で襲いかかるギトニャンの爪を、剣と体捌きでなんとかしのぎ、アッツはギトニャンの間合いの外に転がり出た。


「喰らえ!」


 空中に魔法のアジフライが出現し、弾けて油の華を咲かせる。ギトニャンは灼熱の油のシャワーに飲み込まれる。イラフジアが発動したのだ。


「ハハハ、どうだ! 無詠唱でもいけるんだぞ!」


「たいしたもんだ――小僧にしてはな」


 しかし、さして痛手を負った風でもなく、ギトニャンは油のシャワーから歩み出てくる。


「急ごしらえの無詠唱魔法にやられるほど、ヤワな鍛え方してねェよ」


「な、なに――」


 ギトニャンが爪をふるう。アッツは剣で応じるが、爪と爪の間に刃を引っ掛けられ、てこの要領で弾きとばされてしまう。

 剣を失った無防備なアッツを、ギトニャンの爪が引き裂く。衣とアジの身が宙を舞う。


「ぎゃああっ……!」


 アッツはその場に崩れ落ちる。早く間合いをとらなければと、なんとか足を動かそうとするが、その足取りはフライフライとおぼつかない。


「まだ動けるか。このまま喰うのもいいが……ちょうどいい。メッセンジャーにしてやるよ」


「ぐっ、何を……。」


「フライタウンのやつらに伝えろ。皆殺しにされたくなけりゃ、いけにえを寄越せ。そうだな……今日は天ぷらの気分だ。プリプリの身が詰まった、若い女の海老天がいい」


「誰が、そんな――」


「ふん、嫌ならいい。アジフライの気分じゃねェが、お前はここで喰い殺し、逃げた部下どもを連れ戻して伝えさせる」


 ギトニャンが、舌なめずりしながら歩み寄ってくる。

 剣はない。魔法も効かない。絶体絶命。


「ちくしょう……ちくしょう……!」


 アッツは、くやし涙で衣をべちゃべちゃにしながらも、逃げることを選んだ。

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