第16話
HARD BOILED SWING CLUB 第16話
ここはブルーム街の中心部。
ホワイトの会社「WHITE co.,LTD」は、ホワイトの住んでいる高級マンションから、少し離れたショッピングビルや商店街が連なっている一角の高層ビルの中にあった。
その高層ビルの最上階にある事務所は広く、壁一面が大きなガラス窓になっていてホワイトの住む部屋同様にブルーム街が見渡せる。
ホワイトの意向で事務所にはインテリアが一切無く、広々とした事務所の真ん中に大きな白い革張りのソファーとテーブル、そして壁にはピカソの「ゲルニカ」の大きな絵が飾ってあるだけになっている。
白い革張りのソファーにはホワイトと来客のみが座れることになっていて、仕事の打ち合わせ時にはホワイトのみがソファーに座り、部下達は事務所の壁側に一列になって直立する。
一時間前に打ち合わせが終わった事務所にはホワイトと体格の良いブラックスーツを着たホワイトの側近、ホークの2人だけが残っていた。
「WHITE co.,LTD」は表向きはベンチャー企業として登記されているがそれは「表向き」であって、その「裏」はあらゆる詐欺、薬物売買をメインに法律を掻い潜り、利益を稼ぎ出す「頭脳派」暴力団である。
ホワイトは用心深く、神経質な男で「裏」の仕事は昔からの側近で唯一信頼できるホークにだけ指示を出し、ホークは元暴力団、浮浪者、前科者などから見込みのある人間を部下として「WHITE co.,LTD」にスカウトしていた。
ゴアボンゾを轢き逃げして出頭したロイド、そしてゴアボンゾの父親に近づいて作戦を実行していたパイソンもホークが独自のルートでスカウトしてきた男達だ。
撫でつけた金髪のオールバックに白く透き通るような肌、氷のような瞳をしたホワイトはソファーに前屈みに座ってテーブルにあるべノアの紅茶が注いである真っ白な陶器のティーカップをゆっくりと口に運んだ。
ブラックスーツを着たホークはホワイトが座るソファーに対面するように直立している。
2日前、サーカス「ザ ソフトパレード」の団長、ゴアボンゾの父親が死亡した。
死因は脳梗塞となっているが、実際は「WHITE co.,LTD」に所属するパイソンがゴアボンゾの父親に毎日、致死量以上の薬を摂取させたことによるオーバードースが本当の死因であった。
パイソンに毎日、少量づつ致死量以上の薬物を摂取させられていたゴアボンゾの父親は亡くなる10日以上前から精神状態が錯乱した末期状態に陥っていた。
廃人状態となってしまったゴアボンゾの父親の拇印をホワイトから預かった返済の書類に押させることはパイソンには容易なことであった。
ホワイトは「迷惑料」と称した多額の金額を加え、サーカス「ザ ソフトパレード」に投資した金額より大幅に多い10万ドルをゴアボンゾの父親から返済されることになった。
「とりあえず、この件は終了ってところか・・・」
ホワイトは紅茶を啜りながら呟いた。
「はい。ボスの計画通りです。パイソンには謝礼として10000ドルの小切手を渡してあります」
ホークはホワイトにそう言った。
「そうか。」
ホワイトは言った。
「それと、ボスの指示通りに警察に対処する書類も弁護士に準備させてあります。」
ホークはホワイトに言った。
「元々、「ザ ソフトパレード」に投資してたからな。返済してもらうのは当然だ。「迷惑料」の金額が莫大過ぎるって話になるだろうが、何か問題があっても弁護士を通した書類を提出すれば警察も手も足も出るまい。法的に道理は通ってるからな」
ホワイトは白い陶器のティーカップをテーブルに置きながら、ホークに言った。
「了解しました。報告は以上になります。・・・それでは失礼いたします」
ホークはホワイトにそう告げて、一礼をして下がろうとした。
「・・・ちょっと待て」
ホワイトは少し考えて、ドアに向かうホークを呼び止めた。
「どうしました、ボス?」
ホークはホワイトに言った。
「・・・パイソンにはしばらく尾行をつけてマークしておけ。細かい動きもすぐに私に報告しろ」
ホワイトは鋭い目つきの表情でホークに言った。
「了解しました、ボス。」
ホークはそう言ってドアを開けて事務所を出て行った。
・・・ホークが出て行ったことを確認したホワイトはソファーに崩れるように横になった。
そして深い溜息を吐き、静かに目を閉じた。
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その日、パイソンはブルーム街から数十キロ離れた場所にある古いモーテルにエバという女と共にいた。
その古いモーテルは老朽化していて、パイソンとエバのいる部屋は鼻を突くようなカビ臭い匂いが充満し、壁はシミや埃で汚れていて置いてあるベッドのシーツや枕は湿気で湿っている。
裸電球のオレンジ色の光の周りには小さな蝿が飛び回り、錆びた扇風機の「ブーン・・・ブーン」という音がスパイラルのように続くその部屋で、2人はベッドに横たわっていた。
エバは「ブラックシュガー」という売春組織に所属している女で1年程前に「客」としてパイソンと知り合った。
エバは端整なルックスにブロンドに染め上げた人工的な髪、厚く塗ったマスカラ、真っ赤な口紅というメイク、そしてモデルのようなスタイルとセクシーさもあったので「ブラックシュガー」の中でも指名率が一位、二位を争うくらいの人気の売春婦だった。
しかし、エバの度を越えたワガママと我の強い性格、そして自己中心的な言動が原因で「ブラックシュガー」の女達、お客、そして経営者とも何度もトラブルを起こしていた。
・・・パイソンはエバと知り合ってから、仕事やギャンブルで稼いだお金を全てエバに注ぎ込んでいた。
筋肉質で屈強な体を持つパイソンだったが、顔の横にある大きな「痣」と喋る時の「ドモリ」が子供の頃からのパイソンのコンプレックスだった。
パイソンはそのコンプレックスの為に若い時から他人と話したり関わったりということが苦手で、女性には尚更、話しかけることができない男になっていた。
奥手で無口なパイソンはエバと初めて会った時から、エバの強引な性格とセクシャリティーにすぐに夢中になり、それから毎日のように「ブラックシュガー」でエバを指名していた。
エバは我は強いが陽気な女でパイソンがコンプレックスとしている「痣」や「ドモリ」を全く気にすることはなく、逆にそれを笑い飛ばし慰めてくれるような女だった。
パイソンはそんなエバに泥濘の様にのめり込んでいった。
「両親や将来の為に」と蓄えていたパイソンの少ない貯金は全てエバに貢いでしまって、パイソンの貯金は1年もしないうちに底をついた。
それでもパイソンは銀行や友人に掛け合って金を借り、借金を重ねて毎日のようにエバと逢瀬を繰り返す怠惰な日々に溺れていた。
今回のゴアボンゾの父親の仕事の報酬、10000ドルは借入の限界で生活に困窮していたパイソンには願ってもない金額だった。
頭の中では犯罪だと理解していても、パイソンはこの話を二つ返事ですぐに引き受けた。
パイソンはどうしてもエバと一緒に過ごす為には金が必要だったし、エバにこの10000ドルを提示して売春を辞めて自分と一緒に暮してもらいたいという気持ちがあった。
「あんたさぁ、しばらく顔出さないと思ってたら・・・どこに行ってたのよ?」
エバは煙草と酒でガラガラになった声でパイソンに言った。
「・・・別に」
パイソンはエバにそう言った。
「「別に」じゃないわよ!あたし、あんたが来ないから売上が無くて困っちゃってたんだから!」
エバは眉間に皺を寄せながら、パイソンに言った。
「・・ゴメン」
パイソンはエバに静かに謝った。
「あんたが「金は何とかするから」っていうから、あたしは他の男との営業も取らなかったのにさ!」
エバは捲くし立てるようにパイソンを責めた。
「い、いや・・・ゴメン」
パイソンは捲くし立てるエバを宥めるように言った。
「あ・・あの・・・これ」
パイソンはホークからもらった10000ドルの小切手が入ってる封筒を自分が着ているジャケットの内ポケットから取り出して、エバに渡した。
「・・・何なの。これ?」
エバは不機嫌そうに封筒を開けて、中身を取り出した。
「・・・・えっ!!10000ドルの小切手じゃないの!!何、これ!あたしにくれるの?これ、くれるの?」
エバはさっきまでの不機嫌そうな顔から一気に高揚した顔になり、興奮してパイソンに言った。
「やる。お、お前にやる。・・・だから、もうお願いだから「この仕事」を、や、やめて俺と暮してくれないか?」
パイソンはエバに言った。
「やめる!やめる!この10000ドル、あたしにくれるならすぐに仕事やめるわよ!」
エバは大はしゃぎで子供のような声を出してパイソンに言った。
「ほ、本当、本当か・・や・・約束してくれるか、エバ?」
パイソンはエバのその言葉に嬉しくなって、そう言った。
「やめるって言ってるでしょ!しつこいなぁ!・・・でもさ、この金、どうしたのよ?」
エバは急に我に戻ったようにパイソンに言った。
「い・・いや、その・・仕事をしたんだよ・・」
パイソンは慌てた表情でエバに言った。
「はぁ?10000ドルもすぐに稼げる仕事なんてあるはずないじゃん!・・・あんたさぁ、悪いことでもしたんじゃないの?」
エバは10000ドルの小切手をふざけたように右手で振りながらパイソンに言った。
「・・・・・」
パイソンは俯き、返事をしなかった。
「冗談よ!本当に悪いことで稼いだ金なの?・・・アハハ、あんたみたいな意気地無しが悪いことなんかできるはずないでしょ!」
エバはパイソンを馬鹿にするように笑いながらそう言った。
「実はひ・・・人を・・・人をこ、殺したんだ」
パイソンは俯きながら吐き出すようにエバに言った。
「はぁ?人を殺したって・・・あんたが? アハハハ!あんたみたいな弱虫になんかできっこないわよ!」
エバは高笑いしながら、パイソンに言った。
「ほ・・本当なんだ。ま・・・ま・・毎日、おじさんに・・その・・・く、薬を毎日飲ませて・・こ、殺したんだ!」
パイソンは興奮して、ドモリながらエバに言った。
「興奮しないでよ、鬱陶しいから。・・・あんた、冗談でしょ?」
エバはパイソンを馬鹿にしたような口調で言った。
「い・・いや。・・・おじさんは・・・良い人だった。う・・・上からの命令で・・俺は・・俺はそんなことしたくなかったんだよ!・・・だけど、お前と会う為に、お、お前と暮らす為にこの金は必要だったんだ・・だから、この、し、仕事を引き受けたんだ。」
パイソンは額に脂汗を浮かべながら、エバに訴えるように言った。
「・・・あんた、馬鹿じゃないの?じゃあ、人を殺したのはあたしの為だとでも言いたいわけ?」
エバは冷たいような口調でパイソンに言った。
「い、いや・・違う!エバのせいなんかじゃない。・・お、俺が勝手にやったんだ。」
パイソンは言い訳をするようにエバに言った。
「・・・・」
エバはパイソンの目を見ながら、何かを考えていた。
「エバ・・・お、お前を愛してるんだよ。・・・この金は全部あげるから、だ、だから、もう「この仕事」は辞めて、お、俺と暮してくれ」
パイソンはエバにドモリながらも一生懸命にそう言った。
「・・・・いいこと、思いついたわ。」
エバは真っ赤なルージュが引いてある唇に笑みを浮かべながら、パイソンに言った。
「い・・・いいこと?」
パイソンは俯いていた顔を上げてエバに聞いた。
「あんたにその仕事を頼んだ奴を脅して、もっと金を巻き上げるのよ」
エバは持っていた10000ドルの小切手を指で挟みながら、パイソンにそう言った。
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