第14話
HARD BOILED SWING CLUB 第14話
ジュリアはラッキーを見送った後、事務所の横にある倉庫に向かった。
「エニシィング」は所謂「何でも屋」なので、荷物の配達なども引き受けていた。
「エニシィング」の倉庫には今日、配達する荷物が山積みになっていた。
(えーと・・S&W・・・S&W・・あった!)
ジュリアは山積みになっている荷物から、S&W会社へ配達するダンボールを見つけた。
(大きいなぁ・・・持てるかな?)
ジュリアはその細い腕で、そのダンボールを持ち上げた。
そして、足元にあった木製の台車にそのダンボールを「ドン!」と乗せた。
( 台車で運べば大丈夫そうだわ )
ジュリアはそのままダンボールを乗せた台車を押して、倉庫の外に出た。
「ガラガラ・・・ガラガラ・・・」
ジュリアは台車にダンボールを積みながら、S&Wがある方向を見た。
(10分くらいで行けるかな・・・)
ジュリアは力一杯、台車を押した。
「エニシィング」の会社の敷地を出たジュリアは67ストリートの煉瓦の歩道に出た。
「ガラガラ・・・ガラガラ・・・」
台車の木の車輪は進む度に大きな音をたてるので、周囲の人達がその音に驚いてジュリアを見ていた。
ジュリアは大きな音をたてる台車を恥ずかしいと思ったが、「仕事」で荷物を運んでいると思うと別に気にもならなかった。
その荷物の入ったダンボールは大きくて重く、台車に乗せて運んでいても女性のジュリアには一苦労だった。
67ストリートの歩道は煉瓦が敷き詰めてあり、その一つ一つの煉瓦の溝が歩きやすく均等に慣らされてるわけではなかったので、段差が激しかった。
ジュリアは煉瓦と煉瓦の溝に引っかかり、止まりながらも台車を全身の力で押し運んでいた。
進む度に道行く人がその大きな音で振り向いてはいたが、ジュリアは気にすることもなく台車を押し続けた。
・・・しばらくジュリアが台車を押して進んでいると、歩道の道路を挟んで反対側にS&Wの看板が見えた。
( もう少し・・・)
ジュリアは滲んでいた額の汗を手で拭った。
ジュリアは歩道から道路を渡ろうと、台車の方向を変えた。
その道路には横断歩道もなく、車も走っていたのでタイミングを見て道路の反対側に渡らなければならなかった。
車の通行が頻繁で途切れないので、ジュリアは道路を渡るタイミングを取れずにいた。
(もうすぐなのに・・・)
ジュリアは「エニィシング」の事務所での帳簿のまとめを今日中にまとめなければならなかったことを思い出した。
(早く運んで仕事に戻らなきゃ・・・)
ジュリアは気持ちを焦らせた。
その時、丁度良く道路の車が途切れた。
右の方から大きな運搬車が走ってくるのは確認していたが、道路を渡れるとジュリアは判断し、力一杯、台車を押した。
しかし、煉瓦と煉瓦の溝に車輪が引っかかり上手く台車が進まない。
ジュリアは焦り、力一杯台車を押した。
右の方向から運搬車は大きな音をたてて、近づいてきている。
(・・・早くしなきゃ!)
ジュリアは全身の力を使って台車を押した。
運搬車が近づいていることより、台車を進ませることにジュリアは焦っていた。
ジュリアは急いで足を踏ん張って、台車を押した。
「ガタン!」
大きな音をたてて、台車の車輪がやっと溝から抜けた。
しかし、ジュリアは全身の力を使って押していたので、ジュリアと台車は止まれずに勢い良く道路に飛び出してしまった。
「!!」
ジュリアが思っていたより、運搬車はスピードを出して近づいていた。
ジュリアの目に右から走ってきた大きな運搬車の後輪が瞬間的に見えた。
その瞬間、「バキバキバキ!」と台車とダンボールが運搬車の後輪に巻き込まれ、踏み潰された。
「あっ!!」
台車の取っ手に力を入れて握っていたジュリアはその手を離すタイミングを逃し、そのまま凄い勢いでジュリアも運搬車の後輪に巻き込まれた。
・・・ジュリアは気を失った。
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「あの時、あたしが焦らなければ・・・」
事故当時を回想したジュリアはアレサに言った。
「ジュリア・・・過去を悔やんでも時間は戻らないんだから、いつまでも考えちゃダメよ。それよりも「今」を見なさい」
アレサはジュリアを諭すように言った。
「・・・ラッキーにも責任感じさせてしまってるし、会社にも迷惑かけて・・・あたし、最悪だわ」
ジュリアは溜息をつきながら呟いた。
「ラッキーはなんで見舞いに来ないのかしらねぇ・・・」
アレサはジュリアの足に塗りこんでいた薬の蓋を閉めながら言った。
「一度、来てくれたんだけど、あたしが会いたくなかったの。・・・こんな姿、ラッキーに見せたくないわ」
ジュリアはアレサに言った。
「一度、断られただけでもう見舞いにも来ないような男はやめた方がいいわよ、ジュリア」
アレサは冗談交じりにジュリアに言った。
「違うの!ラッキーはあの性格だから、きっと責任感じて来にくいんだと思うの」
ジュリアは大きな声でアレサに言った。
「はいはい。わかりました。・・・だけどねぇ、お金だけ送ってくるっていうのも困った人だわね」
アレサは笑いながらジュリアに言った。
その時、廊下に「コツ・・コツ・・」と誰かが入ってくる足音が聞こえた。
「あ、もう1人の「彼氏」が来たんじゃない?」
アレサはジュリアを冷やかすように言った。
「・・・ジョン?」
ジュリアは慌ててベッドのシーツを足元から引っ張り、上半身までシーツで隠した。
「コン、コン」
ノックの音と同時に男が入ってきた。
「おはよう、ジュリア!」
男は大きな声でジュリアに向かって、声をかけた。
「おはよう、ジョン」
ジュリアは笑顔でシーツに包まりながら男に言った。
ジョンはジュリアが通っていた学校の同級生で、ジュリアの実家の近所に住んでいる。
ジョンの家は裕福で小さな頃からジョンは過保護に育てられた。
夕方に起きて、夜になるとブルーム街の繁華街に出かけ、そして朝方に帰宅する毎日で今も定職にも就かずにジョンは怠惰な暮らしをしていた。
ジュリアはジョンを学生時代の同級生としか思ってはいなかったが、事故に遭ってジュリアが入院してから2日に1度、見舞いに来てくれるジョンを同級生で年代が同じということと、家が近所ということで親近感を持ち、ジョンと違和感もなく話ができていた。
ジョンは栗毛色の髪、グレーの瞳の端整なルックス、遊び慣れた会話、しつこく強引な口説き方、そして裕福という「武器」を使って暇さえあれば同時に何人もの女性を口説いて自分の欲望を達成していた。
ジュリアはそんなジョンの裏側を全く知らなかった。
学生の頃から、美人で気立ての良いジュリアをジョンは意識していた。ジュリアの入院はジョンにとっては絶好のチャンスだったし、「ジュリアを自分に夢中にさせる」というテーマはジョンにとっては興奮するゲームの様だった。
ジョンは明るく爽やかな笑顔と会話で女性の心の隙間に入っていくのが得意で、女性がジョンに夢中になると、その女性に興味が無くなり残酷なくらいに冷酷にその女性を切り捨てた。
ジョンはその別れの刹那さとカタルシスの快感に酔いしれる癖があった。女性が自分に夢中になればなるほど切り捨てた時のジョンの精神的快楽の度合いは大きく、相手の女性が悲しめば悲しむほどジョンは「自分がその女性の心を奪っていた」という自分への満足感で胸が一杯になった。
ジュリアの入院を聞きつけたジョンはジュリアにも1年前からこの「恋愛ゲーム」を仕掛けていて、一向に自分に夢中にならないジュリアに苛立ちを感じていた。
「おはようございます!」
ジョンはアレサに挨拶をした。
「おはよう、ジョン。相変わらず元気ね」
アレサはジュリアに塗っていた薬を片付けながら、ジョンに言った。
「ジュリア、まだ歩けないのかい?」
ジョンはアレサの返事を遮るように、ジュリアに話しかけた。
「ええ。頑張ってはいるんだけど・・・ゴメンね」
ジュリアは呟くように言った。
「足が治ったら、ブルームストリートに新しくオープンしたクラブに行こうよ。凄く盛り上がってて楽しいよ!経営者が知り合いだし、俺の言うこと何でも聞く奴だからタダで楽しめるよ」
ジョンはそう言いながら、ジュリアのシーツで隠した身体のラインを目で追っていた。
その視線に気づいたジュリアは、シーツを自分の首元まで上げた。
「・・・・うん」
ジュリアはジョンにそう言った。
「俺の仲間も沢山そこにいるし、ジュリアも楽しいと思うよ。」
ジョンはジュリアにそう言った。
「・・・うん」
ジュリアはジョンに返事をした。
「そういえば俺の友達が別荘を買ったんだけど、「好きに使っていい」って言ってたからさ、足が治ったら一緒に泊まりに行こうよ。自然に囲まれてて、湖も近くにあって綺麗だからきっとジュリアも気に入ると思うんだ」
ジョンは笑顔でジュリアに言った。
「泊まり?それはちょっと・・・」
ジュリアは困ったように言った。
「大丈夫だよ!足が治ってからでいいからさ。ねっ!」
ジョンは笑顔でそう言った。
「・・・・・」
ジュリアはジョンの言葉に返事はしなかった。
ジュリアはジョンと話しながらラッキーの顔や声を思い出そうとしていたが、ボンヤリとしか思い出せなかった。
( ラッキー、来ないのかな・・・)
ジュリアはそんな期待をする自分に呆れ、そして悲しくなった。
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