第13話
HARD BOILED SWING CLUB 第13話
ここはブルーム街の隣にあるポンパドールという町。
そのポンパドールの郊外にジュリアが入院している病院がある。
病院の周りは緑や花、そして草木に溢れ、朝になると鳥の囀りが聞こえる静かな場所である。
施設や設備が充実していて、医者も多数勤務しているこの病院はこの近辺でも一番の大きな病院でもあり、ジュリアは1年前から入院している。
ジュリアの足の手術は事故当時の1年前にすでに終わっていて、手術は成功していたはずだが何ヶ月経過してもジュリアは歩くことができなかった。
医者達は首を傾げ、「精神的な問題」ということでジュリアを静観していて、リハビリのメニューをジュリアに与えていた。
ジュリアの父は資産家でポンパドールで不動産業を営んでいて、ジュリアが事故にあったその日から、この病院に入院させたのもジュリアの父親であり、決して安くはないこの病院の入院費はジュリアの父親が出していた。
ジュリアが事故に遭った当時、頑固なジュリアの父親は「あんな67ストリートなんかにいるから、こんなことになったんだ!」と激怒したが、ジュリアの母親がいつも宥めていた。
ジュリアの母親はジュリアの良き理解者でもあり、いつもジュリアを慰め、病院に毎日来てジュリアの身の周りの世話をしてくれていた。
その病院の個室部屋、503号室にジュリアは入院していた。
「ハァ・・・・」
ジュリアはいつものように白い病室のベッドに上半身のみ起こし、窓の外の新緑が繁る草木を横目に鏡を見ながら鼈甲の櫛で髪を梳かしながら溜息をついた。
すると、「スタッ・・・スタッ・・・」とスリッパの音が病室の外から聞こえてきた。
「トンッ、トンッ」とノックの音がすると同時に看護婦のアレサがジュリアの病室に入ってきた。
「はい、ジュリア。これ、いつもの「彼氏」から!」
アレサは恰幅の良い体型で笑顔でそう言いながら、ジュリアに封筒を渡した。
ジュリアを担当する看護婦のアレサはこの病院の婦長でもあり、ジュリアは母親のようにアレサを
慕っていた。
「だから!「彼氏」じゃないんだってば!」
ジュリアはそう言いながら、アレサから封筒を受け取った。
差出人は「ラッキー」。
封筒の中には500ドル入っていた。
「・・・・・」
ジュリアは溜息をつきながら、ベッドの横にある白い机の引き出しからアールデコ調の装飾が施してあるお菓子が入っていたピンクのブリキ箱を取り出した。
その箱を上半身だけ起こしている自分の腿の上に置き、蓋を開けた。
そこにはこの1年間にラッキーがジュリアに送った封筒とドル紙幣が大事に紐で縛られていた。
「「彼氏」、いつお見舞いに来るんだろうね?お金だけ送ってくるなんて変わってる男だね」
アレサは不満げに腕を組みながら、ジュリアに言った。
「・・・そういう人なのよ。」
ジュリアはラッキーの封筒をペーパーナイフで綺麗に開け、中から紙幣を取り出した。
そして、いつものようにその封筒の中に手紙が入っていないかどうかを確認した。
いつもの如く、手紙が入ってないことを確認するとジュリアはガッカリした表情になり、また深い溜息をついた。
「あら、手紙も入ってないの?・・・どうしてだろうね?」
アレサはジュリアの気持ちを察して、そう言った。
ジュリアはその封筒と紙幣を今まで送ってきた「紙幣」と「封筒」に別々に紐でまとめて結び直した。
そして、その封筒を纏めた束を鼻に近づけて、その香りを思いっきり吸って深呼吸した。
(ラッキーの匂いがする)
その後、ジュリアは紐で纏めた紙幣と封筒を大事そうに、またブリキの箱に閉まって机の引き出しに入れた。
「・・・あんたも困ったもんだねぇ」
アレサはそんなジュリアを見て、「お手上げ」のポーズをして笑いながらそう言った。
「ねぇ、アレサ、あれ、ほら、いつものレコードお願い!」
ジュリアは思いだしたようにアレサに言った。
「はい、はい」
アレサはそう言いながら呆れた顔をして、小さなレコードプレイヤーに電源を入れてレコードに針を落とした。
ボツ・・ボツ・・と音をたてながら、ビルヘイリーの「ロックアラウンドザクロック」が病室に流れた。
ジュリアは入院が決まった時に母親に頼んで、この小さなレコードプレイヤーとロックンロールやブルースのレコードを買ってきてもらっていた。
ジュリアはラッキーやハードボイルドスイングクラブ、レベラーズ、そして67ストリートが古いロックンロールを聴く度に心の中に浮かんでくるようになっていた。
「さぁ、ほら、お薬塗るから」
アレサはそう言いながらジュリアの側に立って、ゆっくりとジュリアの足元のシーツを捲った。
ジュリアの右足の膝から足首にかけて、大きく赤黒い縫い合わせた傷の跡が残っていた。
その傷にアレサはゆっくりとマッサージをするように薬を塗りこんでいった。
「ねぇ、アレサ・・・」
足に薬を塗りこまれながらジュリアはアレサに言った。
「なに?」
アレサは膝から足首にかけて薬を塗りこむ作業をしながら、ジュリアに返事をした。
「・・・もうスカート履けないかなぁ」
ジュリアは自分の足の傷を見ながら言った。
「長いスカートなら履けるわよ・・・大丈夫。それよりも歩く努力をしなさい。ドクターももう治ってるって言ってるんだから。」
アレサはジュリアを諭すように言った。
「・・・うん」
ジュリアは頷きながら、返事をした。
「早く歩けるようになって、「彼氏」さんに会いたいでしょ?」
アレサは冷やかすようにジュリアに言った。
「・・・会えない」
ジュリアはポツンと言った。
「何故?」
アレサは薬を足に塗りながらジュリアに言った。
「だって、歩けないし、こんな傷残っちゃったし・・・無理よ。彼が送ってくれてるお金は一銭も手をつけていないし、全部返さなきゃっては思っているんだけど・・・」
ジュリアは溜息をつきながら、そう言った。
「・・・全部、あなた次第なんじゃない?こうやって私がお薬を塗っているのも、あなたに傷の跡が残らないように塗っているんだから。あなたが立ったり、歩いたりって努力をしない限りはいつまでもこのままなのよ。少しは治そうという気持ちを持ちなさい」
アレサはジュリアにそう言った。
「・・・うん」
ジュリアはそう返事をした。
・・・2年前、ジュリアは両親に甘えたくない一心で、家を飛び出し67ストリートで暮し始めた。
小さな頃から経済的に恵まれた環境で暮してきたジュリアは、67ストリートで暮らす自由な住民の生き方に驚き、そして自分も同じようになりたいと憧れていた。
ジュリアが67ストリートで借りたアパートの近くにハードボイルドスイングクラブがあり、ジュリアが好奇心で初めてハードボイルドスイングクラブに行った時にレベラーズのメンバー達、そしてラッキーと知り合った。
全身黒づくめのレベラーズをジュリアは最初は警戒していたが、ハードボイルドスイングクラブでキングやラッキー達と話をするようになり、その感情はいつしか消えていた。
仕事を探していたジュリアにラッキーが自分が勤務する「エニシィング」での事務の仕事を紹介してくれてジュリアは「エニシィング」で働くことになった。
「エニシィング(何でも屋)」の事務の仕事は忙しく、給料は安い。
しかし、親に甘えず自立したかったジュリアにとっては初めて自分で働き、お金をもらって生活をするという新鮮で充実した日々を楽しんでいた。
週に1度、ジュリアはハードボイルドスイングクラブに足を運んだ。
厳しく優しいキング、陽気で冗談ばかり言うサム、自由でストレートなラッキー達と時間を気にせず、話をすることがジュリアには週一度の楽しみだった。
ジュリアはいつの日からか、ハードボイルドスイングクラブに行く度にラッキーが来ているか、どうか気にするようになった。
ラッキーが来ていない週末はジュリアはカウンターに座り、キングやカウンターに同席した客と世間話をして退屈と淋しさを埋めた。
「エニィシング」でも、短い時間だったが朝に出勤してくるラッキーと何気ない話をしたり、挨拶を交わすことがジュリアの1日の小さな喜びになっていた。
事故に遭った日もジュリアは皆のスケジュールを調整していた。
(これじゃ、ラッキーばかりに負担が増えちゃうな・・・)
ジュリアはギッシリ埋まったその日のラッキーのスケジュールを見て思っていた。
(この配達だけは近いから、あたしがやろうかな・・)
ジュリアはラッキーの仕事の負担を少しでも減らそうと、ラッキーのスケジュール表を見ながらそう思っていた。
「おはよう、ジュリア!」
丁度、その時にラッキーが出勤してきた。
「おはよう、ラッキー。今日はこんな感じで大変なんだけど・・・」
ジュリアはラッキーにスケジュール表を手渡した。
「・・・うわー、今日はキツいね。1日で終わるかなぁ・・」
ラッキーはスケジュール表を見て呟いた。
「あ、ここ、そのS&W会社、そこはあたしが行きます!」
ジュリアはラッキーのスケジュール表の「S&W会社への荷物の配達」を指差しながら言った。
「えー、大丈夫かい?荷物はかなり重いよ。ジュリアには無理だよ」
ラッキーは言った。
「大丈夫です!事務所ばかりにいると気分転換もできないし、近場の配達くらいならあたしもできますから」
ジュリアは語気を強めにラッキーに言った。
「ん~・・・そう?大丈夫か?・・・それじゃ、任せたよ。」
ラッキーはジュリアの語気に負けてそう言った。
「はい。任せてください。今日も気をつけて頑張ってくださいね!」
ジュリアは元気よくラッキーに言った。
「サンキュー、ジュリア!」
ラッキーはそう言って「エニィシング」の事務所から仕事に向かった。
(じゃ、早速、配達の準備をしなきゃ!)
ジュリアはその長い髪を結んだ。
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