第12話

HARD BOILED SWING CLUB 第12話





67ストリートは古い煉瓦造りのアパートが建ち並んでいる。




蔦が全体を包んでいたり、スプレーで落書きされていたり、、煉瓦がボロボロになっていたり・・・そのアパート達はこの「67ストリート」の古びた雰囲気には欠かせないものでもあった。




21番地にラッキーの住むアパートがある。




白のペンキで上から塗装された煉瓦の壁は劣化していて塗装が剥げ落ち、床は薄暗く汚れたコンクリートでシミだらけ・・・けっして綺麗とは言えないアパートだった。




階段を登っていくと、2階にラッキーの部屋がある。




そんな状態の老朽化したアパートだったがラッキーは自分の体温に合っていると感じていて、このアパートをとても気に入っていた。




仕事が終わったラッキーとサムはその部屋でくつろいでいた。




1950年代に作られたと思われる豹柄のビニールソファーにサムは横になり、ラッキーは簡易ベッドに腰掛け、その真ん中にあるペパーミントのペンキで塗装されたブーメラン型のテーブルで2人はぶどう酒を飲んでいた。




「そういえば・・・」




ラッキーはおもむろに口を開いた。




「ん?」




サムは部屋に流れているチャックベリーの曲にリズムを取りながら、ラッキーの問いかけに返事をした。




「あのピエロと女の子はどうなったんだろうな?」




ラッキーはぶどう酒が注がれたグラスを揺らしながら言った。




「んー、キングがいるし・・・大丈夫なんじゃないの?」




サムは素っ気なく言った。




「死人まで出てるんだぜ。あのホワイトって男はヤバイな」




ラッキーはぶどう酒をクイッと飲み干しながら言った。




「あの新聞の記事には驚いたな・・・絶対、保険金狙いだろ、あれは。キングとホワイトの会話の中で「サーカスに投資していた」って言ってたから、俺が思うにあの性格のホワイトはその保険金で金さえ戻ればピエロと女の子には興味ないんじゃないの?」




サムはチャックベリーの曲に指でリズムを取りながら、言った。




「なるほどね・・・」




ラッキーは考えながらサムの言葉に頷いた。




「それよりもさ、「HARLEM SHUFFLE」どうするんだよ?」





サムは身体を起こし、ラッキーのグラスにぶどう酒を注ぎながらそう言った。





「ああ、そうだ!お前は今回は音楽担当だろ?どうすんだよ?」




ラッキーはサムに言った。




「これ、これ!」




サムはラッキーの質問を待ってましたとばかりに自分の横にある茶色い紙袋からレコードを何十枚と取り出した。




「うわっ!なんだこりゃ!凄いぜ、サム!」




ラッキーは驚いてサムに言った。




「マディ、リトルウォルター、ボーディドリー、エルモア、ハウリング、まだまだあるぜ・・・給料、全部レコードに突っ込んだよ!」




サムはブーメラン型のテーブルに一枚一枚大事そうに並べながら言った。




「最高のパーティーになりそうだ!楽しみだよ!」




ラッキーは大喜びでサムが並べたレコードを一枚一枚手に取って眺めた。




「レベラーズのメンバー全員にもそろそろ連絡しないとな!」




サムはレコードを喜んで眺めているラッキーに嬉しそうに言った。




「そうだ!ジェイク、ジム、マイク・・・しばらく会ってないもんな。皆、元気かな?」




ラッキーはレベラーズの面々の顔を思い出しながら、そう言った。




「早く皆と会いたいな!・・・お前とは毎日、会ってるけどな」




サムは笑いながらラッキーに言った。




「仕方ないだろ、仕事が一緒なんだから。」




ラッキーも笑いながらサムに言った。




「突然だけどさ・・・今のこの仕事じゃ金が足らないのか、ラッキー?」




サムは急に真顔になってラッキーに言った。




「ん?どうした、急に」




ラッキーは不思議そうにサムの顔を見た。




「だってこの間、「金が足らない」って言ってたじゃない。・・・ジュリアに金を送ってんだろ?」




サムはラッキーに言った。




「・・・まあね。生活費だけ残して全部、送っちゃってる」




ラッキーは照れくさそうに頭を掻きながら言った。




「ワハハ、何、照れてんだよ。ラッキーがそうしたいならそれでいいと思うけどさ・・・そろそろジュリアに会った方がいいんじゃないのか?」




サムは言った。




「んー、ジュリアは俺を憎んでるだろうし、俺があの日、ジュリアに仕事を頼まなければ事故に巻き込まれなくても済んだんだと思うとね・・・俺はこのままジュリアに会わなくてもいいと思ってる」




ラッキーはサムに言った。




「でも考えてもみろよ。ラッキーだけがそう思ってるだけで、ジュリアの気持ちは違うかもしれないぜ」




サムは言った。




「「違う」?」




ラッキーはサムに聞き返した。




「事故に遭って足が不自由になったのはジュリアだって凄く辛いだろうし、悔しいと思うけど・・・だからといって、ジュリアがその日の仕事を頼んだラッキーを憎んだりするような女だとは俺は思えないんだよね」




サムは煙草に火を点けながら言った。




「・・・まあね。でもあの事故は俺のせいだと思ってる」




ラッキーはサムに言った。




「でも、このまま一生ジュリアにお金を送り続けるのかい?ジュリアはもしかして迷惑しているかもしれないぜ」




サムはラッキーに言った。




「迷惑?」




ラッキーはサムに不安げな顔で聞き返した。




「俺だったらラッキーから代理で仕事を頼まれて、事故に巻き込まれたとしても「自分が悪かった」と思うタイプだね。直接、事故の加害者じゃないラッキーから毎月、お金が送られてきても迷惑だって思うけどな」




サムはそう言った。





「・・・まぁ、考えてみればそうだよね」





ラッキーはサムの言葉に頷いた。




「しかもジュリアは俺の知っている限りでは性格の良い女だったよ。世話焼きで笑顔を絶やさない可愛らしい女だった。ジュリアはラッキーを憎んだりはしないと思うけどな」




サムは言った。




「・・・そうだったとしても、俺は俺の「筋」を通したいんだ」




ラッキーはサムに言った。




「それはラッキーのナルシズムだよ。ジュリアの気持ちを考えない一方的で自己中心的な「筋」かもしれないぜ」




サムは煙草の煙を吐きながら言った。




「そうか・・・」




ラッキーはテーブルに置いてある煙草の箱から1本取り出し、それに火を点けて溜息のような煙をゆっくりと吐き出した・・・。


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