第11話
HARD BOILED SWING CLUB 第11話
ここはHARD BOILED SWING CLUB。
古いモータウンサウンドが流れる中、キングは咥えタバコで手際よく食事の用意をしていた。
2枚のパンを厚切りにし、足元にあるオーブンに入れ、その間に塩、胡椒したチキン、そして薄切りしたポテトを大きなフライヤーで丸揚げしている。
カウンターには挽きたてのアメリカンコーヒーがゆっくりと湯気を立てていた。
キングは大きなファイヤーキングの皿に揚げたチキン、ポテトを並べて食事の用意した。
「ギィ・・・」
カウンターの横のドアから出たキングはその食事を一番奥のテーブルに運んだ。
「食べな」
キングはテーブルに用意した食事を並べて、そう言った。
そのテーブルにはピエロのジャッキーとルルが静かに座っていた。
ルルは店の端にある柱を微動だにせず、ずっと見つめている。
まるで電池の切れた人形のようだった。
ジャッキーは傷の痛みに耐えながら、俯いたままだった。
「・・・温かいうちに食えよ」
キングはジャッキーとルルが座っているテーブルの向かえに座りながら言った。
「・・・・本当に色々と面倒みてもらって、ありがとうございます。」
ジャッキーはか細い声でキングに礼を言った。
「・・・何で刺したんだ?」
キングは落ち着いた口調でジャッキーに聞いた。
「・・・・・」
ジャッキーは黙ったまま、下を向いていた。
「言いたくなければ言わなくていい。団長さんはもう亡くなってしまったし、お前が団長を刺した事は多分、ウヤムヤになっちまってる。面倒が起こらないうちに早くこの町を出ていきな」
キングはジャッキーにそう言った。
「あのホワイトって人・・・」
ジャッキーが呟くように言った。
「ああ。ホワイトはもうお前達を狙ったりしないと思うから、安心しな」
キングは言った。
「・・・でも、この間はここまで追ってきたじゃないですか」
ジャッキーは小刻みに震えながら、キングにそう言った。
「俺は奴を昔から知ってる。間違いなく、団長さんのあの事故はホワイトが仕組んでる。保険金を手に入れて、奴がお前のとこのサーカスに投資した負債を帳消しにする段取りだろ。」
キングはメンソールの煙草に蛇革巻きのオイルライターで火を点けながら、ジャッキーに言った。
「・・・じゃあ、僕達は?」
ジャッキーは下を向いていた顔を上げて、キングに言った。
「「金にならない」。・・・ホワイトはそう判断したんだろう。奴は今、保険金をせしめるのに
躍起になってる。お前達にはもう興味はないと思う」
キングはジャッキーにそう言った。
「この娘を・・・この娘をこんな風にしたのは、あのホワイトって男なんです。僕はどうなってもいいんです。ただ・・・あの男を許すわけにはいかないんです」
ジャッキーは柱を見つめるルルを見つめながら、そう言った。
「・・・やめとけ。この娘が可愛いなら、お前がずっと一生面倒を見りゃいいだろ。それでいいんじゃねぇか?」
キングは煙草の煙を吐き出しながら、ジャッキーに言った。
「僕は団長に子供の頃から育ててもらって、父親代わりの人でした・・・だけどルルの様子がおかしくて、団長に問いただしたら・・・ホワイトという男がルルを無茶苦茶にしたということを聞いて・・・」
ジャッキーはポツリポツリと話し出した。
「ルルを金の為に売った団長を僕はもう許せなくて・・・団長に殴りかかってしまって揉み合っているうちに、気がついたら団長の足をナイフで刺してしまっていて・・・僕はもう何が何だかわからなくなくなって、ルルを連れて逃げ出してきたんです」
ジャッキーはキングにそう言った。
「・・・・・・」
キングはジャッキーの話を聞いていた。
「刺してしまったけど・・・団長は肉親のような人ではありました。昨日、見せてもらった新聞で団長が事故で死んでしまったことを知って・・・僕は自分がどうしたらいいかも本当に分からなくなってしまいました。」
ジャッキーはキングに言った。
「・・・もうこの事は忘れて、この町を出て、この娘と何処かで静かに暮しな」
キングは慰めるようにジャッキーに言った。
「だけど・・」
ジャッキーはキングの言葉に食いつくように言った。
「だけどじゃない。いいか、よく聞けよ。俺はお前らのことを思って言ってるんだ。お前がこの娘や団長の仇討ちしたい気持ちよくわかる。だけど・・・お前があのホワイトに何が出来る?」
キングはジャッキーの目を凝視しながら、言った。
「またナイフで刺すのか?考えてみろ、それでお前の気は済むだろうけど、お前はホワイトの手下に狙われて殺されるか、警察にパクられる。そして、この娘は一生精神病院行きだ。お前はそうしたいのか?」
キングは言った。
「・・・・・」
ジャッキーは考え込むように黙った。
「・・・お前の気持ちは分かるけど、ホワイトに仇討ちしたところで状況は悪い方に転がるだけだ。まずは面倒にならない為にも早くこの町を出ろ」
キングは煙草をアルミの灰皿でもみ消しながら、ジャッキーに言った。
「・・・すいません。本当に色々、ありがとうございました。夜までにはこの町を出ます。この恩は忘れません」
ジャッキーは少し考えた後にキングに言った。
「そうか・・・冷める前に食えよ」
キングはそう言いながら、席を立った。
キングはエンジニアブーツの「ガツン、ゴツン」という足音、真鍮のチェーンの「チャリ、チャリ」という音を立てながらカウンターに戻った。
・・・ジャッキーは黒いカスリ柄のオープンシャツとインディゴの濃いデニムのキングの後姿に頭を深く下げた。
その後、横に座っているルルをジャッキーは見た。
・・・殴られた複数の青黒いアザ、切れて血が固まっている唇、朦朧とした瞳、破れた服・・・。
ルルは何も喋らず、静かに、そして無表情で柱を見つめたままだ。
「・・・・」
ジャッキーはそのルルの姿を見つめながら、自分のデニムパンツの後ろポケットの中に手を入れた。
そして、そのポケットの中にある折りたたみナイフを強く握りしめた・・・。
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