第10話

HARD BOILED SWING CLUB 第10話





ブルーム街中心部の大理石を積み上げた高級マンション。




玄関までの長い大理石の階段、アールデコ調の技巧などを凝らした豪勢なそのマンションはブルーム街の住人の憧れだった。




そのマンションには企業の創始者、事業家、社長、芸能人など、いわゆる「成功者」と呼ばれている人間達が住んでいる。




ホワイト・フランシスはその最上階の部屋で大きな窓からの朝の白い光に包まれながら、遅めの朝食をとっていた。




ポマードで撫でつけた金髪のオールバック、頬が抉れたような真っ白な顔がライトブルーの瞳を一層、引き立てている。




エメラルドグリーンのベルベッドガウンを身に纏ったホワイトはマホガニーのチェアーに姿勢良く座ってナプキンを首から下げている。




チェアーとお揃いの大きなマホガニーのダイニングテーブルには焼きたてのクロワッサン、新鮮なバター、朝に採れたばかりの卵のスクランブルエッグ、オレンジを丸ごと絞ったジュースなどが並んでいた。




ホワイトは部屋に静かに流れるクラシックの戯曲を堪能しながら、ゆっくりと食事をしている。




天井には豪華なシャンデリア。




5メートルの長さがある重厚なシープスキンのソファー。




大理石に囲まれた暖炉。




18金のパンサーのオブジェ。




・・・塵1つないその部屋は独特で静粛な雰囲気を醸し出していた。




ホワイトがオレンジジュースを手に取り、一口飲んだ時に部屋の入り口が「トン、トン」とノックされた。




「・・・入れ」




ホワイトは朝食の邪魔をされたので、金色の眉を上げながら不機嫌そうに言った。




「失礼します」




男はドアを開けて、部屋に入った。




男はブラックスーツで屈強な体格をしている。




先日、HARD BOILED SWING CLUBに来たホワイトの手下だ。




「ゴア・ボンゾの件、全て計画通りに進んでおります」




男は無表情で言った。




「そうか・・・状況はどうだ?」




ホワイトはオレンジジュースを飲みながら男に言った。




「はい。ゴア・ボンゾは調べた通り、自分の保険金の受取人を父親にしておりました。ボンゾの父親にはこちらの迷惑料など10万ドルを「THE SOFT PARADE」の負債に追加した書面を弁護士に作成させ渡しております。」




男は淡々とホワイトに報告した。




「あの団長が保険に入っていたのは意外だったな・・・しかし、あのボンゾの父親だ。簡単には判子を押さんだろ。」




ホワイトはバターナイフでバターを少し取りながら言った。




「はい。「自分には関係ない」と突き返されました。なので、当初のボスの計画通りに事を進めております。」




男は言った。




「で、順調に進んでるのか?」




ホワイトは部屋の温度で少し溶けたバターをクロワッサンに塗りながら言った。




「はい。こちらからはパイソンを父親の元に派遣しております」




男はホワイトにそう言った。




「パイソンか・・・。父親が書類に拇印を押すまではどんな手を使っても構わん。」




ホワイトはクロワッサンを一口齧りながら、男にそう言った。




「はい。パイソンは「THE SOFT PARADE」の団員でボンゾの世話になったということでボンゾの父親の家に通うように仕向けました。ボンゾの父親は妻を亡くし、孤独な晩年を送っていたようで毎日家に来て自分の世話をしてくれるパイソンに心を開いてきたようです。」




男は話を続けた。




「最近ではパイソンはボンゾの父親と寝食共にしはじめ、当初は心を開かなかったボンゾの父親も最近ではパイソンに息子のような愛情を持ちはじめているようです」




男は言った。




「・・・あとはタイミングをみて「ビタミン剤」投入か」




ホワイトは薄い唇に笑みを浮かべて言った。




「はい。ボンゾの父親には来週からパイソンが致死量以上の薬を毎日摂取させる予定なので一週間もしないうちに精神障害、記憶障害などを引き起こすと思われます。」




男は直立不動でそう言った。




「あとは廃人にして書類に拇印を押させてOKだな。出頭したロイドの件は?」




ホワイトはライトブルーの瞳で鋭く男を睨みながら言った。




「はい。出頭前に10000ドル渡してあり、ロイド本人、家族とも刑期の件まで了承しております。本人もこちらのカンパニーが世話をしている男なのでこちらを裏切りった場合、どういうことになるかはロイドも十分理解していると思います。警察に関しては、ブライトン議員からの圧力で事件性がないものとしてすでに処理済みであります」




男は言った。




「わかった。ブライトンには私から連絡しておく。・・・仕事に戻れ」




ホワイトは男に言った。




「はい。・・・それと・・・」




男はホワイトに何かを言いかけた。




「なんだ?」




ホワイトは男に言った。




「あのピエロの男と少女の始末は如何いたしましょう?」




男はホワイトに言った。




「・・・金にならないゴミは必要ない。放っておいていい。」




ホワイトは男に言った。




「了解いたしました」




男はホワイトに一礼をし、ドアを閉めた。




「バタン」




・・・ホワイトは何もなかったように、銀のナイフとフォークでスクランブルエッグを口に運び食事を続けた。




その広い部屋にそのナイフとフォークの「カチャ・・・カチャ」という音だけが響き渡っていた。




ホワイトはナイフとフォークを動かしていた手を止めた。




(・・・退屈だ )




ホワイトは首元にしていたナプキンを外し、口を拭いた。




そしてゆっくりとチェアーを後ろにずらし、席を立った。




そのまま、ブルーム街が見渡せる大きな窓の前までホワイトは歩いた。




「足らん・・・足らんな。」




ホワイトは窓からブルーム街を見下ろしながら、独り言のように呟いた。




( 私は何が欲しいんだ・・・?)




ホワイトはブルーム街を歩く人々を見下ろしながら思った。




(「お金があれば何でも買える。だけど人の心までは買えないのよ」ってアンジーによく言ってたな・・・「人の心」さえも鬱陶しい私は何を買えばいいんだい?)




ホワイトは後ろを振り向き、大理石の暖炉の上に飾ってある金の装飾が施してあるフォトフレームに目を向けた。




そのフレームの中には美しいドレスを纏った女性が微笑んでる写真があった。




「孤独だよ、アンジー」




ホワイトはフォトフレームの中の女性の写真に話しかけた。




「・・・・・」




ホワイトは黙ってフォトフレームを見つめていた。





「だけど・・・お前が生きてたら私の生き方を否定して、また責めたてるんだろうな」




ホワイトは自虐的に笑みを唇に浮かべ、写真の女性にそう言った。




写真の中の女性は優しく微笑んでいる表情をしていた。




「・・・アンジー、教えておくれよ」




ホワイトは目を閉じて寂しそうに呟き、うなだれた・・・。


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