第7話

HARDBOILED SWING CLUB 第7話




(あの傷・・・)



ラッキーは奥のテーブルに座るジャッキーとルルを見て、そう思っていた。



突然、カウンターに座るラッキーの前にキングが「END OF THE WORLD VODKA (この世の果て)」が注がれたグラスを「トン!」と置いて、首を横に振る仕草をした。



(あ、他のお客には干渉するな!ってことか・・・)



ラッキーはキングに頷いて、ジャッキーとルルから視線を外した。



「キング、俺、「 MY BABE」ね!」



ラッキーの隣でサムがキングにお気に入りのカクテルを注文した。



「またあの砂糖みたいなカクテルかよ?」



ラッキーはサムの注文にあきれたように言った。



「あの甘さがいいんだ。体中にさ、あの甘いエキスが流れ込んでロマンティックな気分になるんだよ」



サムは満面の笑顔でラッキーに言った。



「へぇー、ロマンティックねぇ・・・。俺はこいつが最高だ」



ラッキーは「END OF THE WORLD VODKA (この世の果て)」を一口ゴクッと飲み込んだ。



「そういえばどうすんだよ?ラッキー」



サムが店内で流れてるハウリンウルフに指でリズムをとりながら言った。



「ん?何を?」



ラッキーはサムに聞き返した。



「何をじゃなくて・・・ほら、「HARLEM SHUFFLE(ハーレムシャッフル)」だよ!」




サムはキングに目配せをしながら言った。



「ハーレムシャッフル」はハードボイルドスイングクラブで不定期に開かれるラッキーがリーダーのグループ「REBELERS」のパーティーだ。



「あー、そうだ!キング、来月の月末の土曜って空いてる?」



ラッキーはキングを見ながら、そう言った。



「空いてるよ。OKだ」



キングはサムに言われて、慌てて予約をするラッキーを笑いながら言った。



「んじゃ、決まり!サム、みんなに連絡しておいて」



ラッキーは煙草に火を点けながら、サムに言った。



「OK!」



サムは特製のカクテル「MY BABE」の砂糖漬けのチェリーを食べながら言った。



しばらく時が経ち・・・



ラッキーとサムはお気に入りの酒を飲みながら、ハードボイルドスイングクラブが醸し出す雰囲気とキングとの話に酔っていた。



ラッキーは奥の席にいるジャッキーとルルのことをすっかり忘れていた。



「ギィ・・・カラン・・・」



ハードボイルドスイングクラブのドアが開いた音が鳴った。



地下にあるハードボイルドスイングクラブは1階の入り口のドアから、らせん階段を下りてくるので見上げると入り口から誰が入ってきたかが見える。



ゆっくりらせん階段を下りてくるその男はポマードで撫で付けたオールバックの髪、細身のスーツ、金の時計という格好で、この67ストリートに「相応しくない」客だった。



「ガタン!」



突然、奥の席に座っていたジャッキーが恐怖に怯えた表情で慌てて席から立ち上がった。



座っているルルの場所に移動し、ルルを庇う様にその後ろに立った。



その震える手には鈍く光るジャックナイフが握り締められてる。



(あれ!?ヤバイんじゃねぇか・・・)



ジャッキーの様子を見て驚いたラッキーはサムに小声で囁いた。



(・・・どうする、ラッキー?)



サムもラッキーに小声で囁いた。



「バタン!」



突然、キングがカウンターから出て、ジャッキーとルルがいる奥の席に向かった。



そして、震えながらジャックナイフを構えるジャッキーに何か小声で喋りかけた。



ジャッキーは黙ってキングの言うことに頷いている。



「バタバタバタ!」



徐にキングは奥の席の側に置いてあった大きな屏風を音を立てて急いで広げた。



著名な刺青師によって描かれた虎が描かれているその屏風は、ラッキーがハードボイルドスイングクラブに通い始めた頃によくキングに自慢された天井まで高さがある大きい屏風だ。



そして、その屏風はジャッキーとルルの席を丸ごと隠してしまった。



キングは大きな身体に似合わない敏捷な動きで、カウンターに戻った。



「お前らは何もするなよ。」



キングはラッキーとサムに険しい表情で囁いた。



「いえ、何かあれば俺、やりますから」



ラッキーは真剣な表情でキングに言った。



「ラッキー・・・悪いけどお前が敵う相手じゃない」



キングはこのらせん階段を降りてくる男を知ってるような言い方だった。



「わかったか?ラッキー。手を出すなよ」



自分を心配してくれたラッキーの言葉を嬉しく感じたキングはラッキーの頭を撫でながら、諭すようにそう言った。



「へぇー・・・そいつ、そんなにヤバイんだ?」



らせん階段を見上げながら右指先でブルースにリズムをとりながら、左手でバタフライナイフをブーツから取り出したサムが不敵な笑顔でそう言った。



「サム!また務所に逆戻りだぞ。」



キングはサムの頬を撫でながらそう言った。



「チェッ!」



サムは不服そうに舌打ちをした。





「コツン・・・コツン」



・・・男がらせん階段で店に降りてきた。



櫛で撫で付けたブロンドのオールバックに端整な顔、青白い顔にブルーの瞳、冷たい表情をしている。



ラッキーとサムは男を見ようともせず、カウンターで引き続き酒を飲み続けているフリをしていた。



「お久しぶりです。お元気ですか?」



男はキングに頭を下げながら、そう言った。



「おう、久しぶりだな、ホワイト」



キングは何もなかったように男にそう言った。



「久々に67ストリートを歩いたんですが、皆さんお変わりなくて安心しました」



「ホワイト」とキングに呼ばれた男は笑顔でそう言った。



「ああ。・・・変わったのはお前だけだよ」



キングは挑むような目つきでホワイトにそう言った。



「私は何も変わってないですよ。ただこの町が僕には合わなかっただけですよ」



ホワイトは親しみのあるような口調でキングに言った。



「お前のその嘘臭い顔と言葉にはウンザリだ。お前は俺達「MIDNIGHTS」を裏切った。よくここに来れたもんだよ」



キングは強い口調でホワイトに言った。



「裏切った?・・・私は何もしてないですよ。キングは何か誤解してらっしゃる」



ホワイトはキングから視線を逸らさずそう言った。



「そうか?・・・俺は「あの事件」の張本人はお前だと思ってるんだけどな。」



キングもホワイトから視線を逸らさずそう言った。



「ああ、「あの事件」ね。キングは私を疑ってるんですか?悲しいなぁ・・・」



ホワイトは唇を歪め、わざと悲しそうな表情でそう言った。



「お前は金と欲望の為なら何だってやる。そういう男だ。そうだろ?」



キングは取り出したメンソールの煙草にオイルライターで火を点けながら言った。



「・・・キング、「正義」と「悪」ってどちらがパワーがあると思いますか?」



ホワイトは突然、キングに質問を言い出した。



「さあな。そんなの知るかよ」



キングは煙草の煙を吐き出しながら、そう言った。



「私は理論や理屈、常識でがんじがらめの「正義」より、「悪」と言われる「傲慢」、「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠情」、「嫉妬」を心から欲してるし、楽しめるんです」



ホワイトはキングにそう言った。



「「七つの大罪」か。・・・だからなんだ?」



キングはブーメラン型のアルミの灰皿に煙草の灰を落としながらホワイトに言った。



「いえ・・・それが一般的に「悪」というなら私は「悪」の方がパワーが強いと思んですよ。私の中では一般的な「悪」と称されるものは全て僕の「欲望」と当てはまってしまうんです。どうしても手に入れたいし、その中に埋もれていたい。」



ホワイトは淡々と語った。



「だから?」



キングは苛々した口調でホワイトに言った。



「「友情」、「愛」、「協調」、「仲間」、「優しさ」・・・それと「正義」ってのは嘘くさいと思いませんか?」



ホワイトは笑いながらそう言った。



「・・・・」



キングは溜息で煙草の煙を吐き出し、黙っていた。



「・・・ところでこの男を見かけませんでしたか?」



ホワイトはスーツの胸ポケットから一枚のフライヤーを出した。



サーカス「THE SOFT PARADE」のフライヤーだった。



そこにはピエロのジャッキーの顔が描かれてる。



「知らん。・・・ウチの店には来てないな。」



キングは吐き出すようにそう言った。



「そうですか。実はこの男、サーカスのピエロをやっていた男なんですがね・・・」



ホワイトは店を蛇の目の様に見渡しながら話を続けた。



「先ほど育ての親だった団長を刺し、しかも団員だったいたいけな少女を無理矢理誘拐して逃げているのです。」



ホワイトは屏風を見つめながらそう言った。



「ふ~ん。・・・で、何でお前が動いてるんだ?」



キングは屏風を見つめるホワイトを睨みつけるように言った。



「このサーカス、私が出資していたのです。今日、開演だったサーカスも中止になりましてね・・・私の組織が莫大な損害を被ってしまいました。」



ホワイトは屏風から視線を外さず、そう言った。



「なるほどね。じゃあ、見かけたら連絡する」



キングは話を早く切り上げる為か、面倒くさそうにホワイトにそう言った。



「ありがとうございます。まさかとは思うんですが・・・キングお得意の「正義」で匿ったりしないでくださいね」



ホワイトは屏風を指差しながら、そう言った。



「・・・はぁ?」



キングは怒りに満ちた顔でホワイトにそう言った。



「いえいえ・・・キングがこの世から消えたら悲しいなぁ・・なんて思いましてねぇ」



ホワイトは薄ら笑いを浮かべてそう言いながら、屏風のある奥の席にゆっくりと歩きだした。



「コツ・・・コツ・・・」



ホワイトの英国製高級革靴の音がフロアに響き渡る。



それを見つめるキングは緊張した面持ちでカウンターの下で拳を握り締めてる。



ラッキーはいつでもホワイトに殴りかかれるように、カウンターのアリゲーターチェアーから音を立てずに静かに降りた。



サムもゆっくりとバタフライナイフを回して刃を上にして、背中に忍ばせた。



そして、店内のブルースに合わせ、指でリズムをとりながらタイミングを計りはじめた・・・。


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