第5話
HARD BOILED SWING CLUB 第5話
ジャッキーはルルの「うん」という返事で、肩の力が抜けた。
それと同時に「THE SOFT PARADE」、そして団長の呪縛から逃げる決心を固めた。
「じゃ、明日」
ジャッキーはルルにそう言った。
「うん」
ルルも返事をしながら頷いた。
その時、見たルルの顔が希望に満ちているようにジャッキーには思えた。
ジャッキーは周りの様子を伺いながら、早々にルルのテントから出た。
そのままジャッキーは自分のテントに戻り、空中ブランコの練習を中止したので、明日の道化芸の練習を何度も繰り返していた。
空気を止めるように、手を動かし、表情を作り、足を止める。
その動きは的確で、まるで目の前に物体があるような錯覚を起こすほどリアリティがあった。
パントマイムを繰り返しながら、ジャッキーは頭の中で考えが駆け巡っていた。
(・・・俺はルルとここを逃げて暮らしていけるのだろうか?団長に追われて捕まり、酷い罰を与えられるのだろうか?)
・・・ジャッキーは練習を止め、簡易ベッドに仰向けになっった。
( 神様は守ってくれる )
ジャッキーは目を閉じて、両手を合わせて天に祈った。
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その日の夜、ジャッキーは眠れずにベッドの上で、何度も寝返りをうっていた。
明日の曲芸のメニューとルルとの空中ブランコのシュミレーション、そして公演が終わり次第、どう逃げようか・・・
ジャッキーは何度も頭の中で想像していた。
その時、「サクッ・・・サクッ・・・」と外で足音が聞こえた。
(何だろう、こんな時間に・・・)
ジャッキーはベッドから起き上がり、静かに自分のテントの入り口を開けた。
暗闇にランプを持った紳士のような男が、団長のテントに入っていくのが見えた。
(・・・地元の後援者か)
ジャッキーは開いたテントの入り口を閉め、またベッドに横になった。
そして、腕と足を伸ばして背伸びをした。
その枕元にはブラウンメタリックの包み紙のキャンディーが大事に飾ってあった。
ジャッキーはそれを掌に置き、ゆっくりと御守りのように握りしめた・・・。
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「先日はルルが無礼をしてしまって・・・今日はゆっくり楽しんでいってくださいよ」
・・・団長は煌々と灯るランプの下で無数のドル紙幣を数えながら、そう言った。
団長のテントには先ほど、ジャッキーが見かけた身なりの良い紳士がいた。
その顔は端整でオールバックの髪、体系は細身でネイビーに白のストライプスーツにワインカラーのネクタイ、靴もイングランド製で艶やかな光沢を鈍く光らせている。
その紳士は67ストリートでは見かけない上流階級の匂いが漂っていて、身のこなしも気品があった。
端整な顔は冷たく、目は窪み、痩せこけた頬はその冷酷さをより一層際立たせた。
「おい、早くしろ。あの娘はどこだ?」
紳士は団長に高圧的な口調でそう言った。
「まぁ、そう焦らずに」
団長は肉汁が溢れだす様な笑顔で、紳士に宥めるようにそう言った。
そして・・・団長は紳士に新品の革の鞭を手渡した。
「無茶しないでくださいよ。入ったばかりの娘ですから。」
団長は紳士に冗談交じりにそう言った。
「死んだら、また買えばいいじゃないか」
紳士は冷たく笑いながら言い放った。
・・・団長はテントの外に出て、一番端にある離れたテントに紳士を案内した。
そこは会場となる大きなテントやジャッキーや団員達のテントから、1つだけ離れた距離があるテントで団長しか入れない特別なテントになっていた。
テントの中に入ると、太いロウソクが何本も火が灯されてある。
血のついた薄汚れた簡易ベッド、黒い鉄の鎖、割れた注射器などがロウソクの薄明かりの中でうっすらと見えた。
「今、連れてきますから」
団長はそう言って、紳士をそのテントに残してルルのテントに向かった。
ルルのテントまで来た団長は入り口を開けて、中に入った。
中には簡易ベッドの上でルルがシーツに包まって寝ていた。
「おい!」
団長は寝ているルルを泥の付いた編み上げブーツで蹴飛ばした。
包まっていたシーツが剥がれ、ルルは下着姿で床に落ちた。
黒く痣になった鞭の痕、赤い血の痣が何箇所も入ったルルの肌が露出した。
ルルは目を覚まし、団長がいるのに気づいて震え始めた。
「あ・・・」
ルルは突然、蹴飛ばされた衝撃と怯えからか声にならなかった。
「今日も奴の言う通りにしろ」
団長は床で震えるルルを見下げながら、そう言った。
「嫌だ!嫌っ!」
ルルはそう叫ぶと震えて、首を横に振り続けた。
「ピシィ!」
団長は持っていた鞭でルルを打った。
「言うことを聞けないならここから出て行け!捨てられたお前を誰が面倒みてると思ってるんだ!」
団長は怒声を上げた。
ルルはその団長の怒声にますます怯え、震えて両手で耳を塞いだ。
団長は丸太のような太い腕を伸ばし、耳を塞いだルルの細い腕を掴んで持ち上げた。
ルルは軽々と団長に持ち上げられた。
「・・・少し我慢すれば終わるんだからよぉ」
今度は拉げた猫なで声でルルに団長は言った。
「・・・ほら、キャンディだ」
団長はポケットの中からブラウンメタリックの包みのキャンディーを何十個も出して、ルルのベッドの上にドサッと置いた。
そしてルルをそのままテントから無理矢理、引きずるように連れ出した。
ノシッ・・・ズル・・・ノシッ・・・ズル・・・
ブルブル震えて抵抗するルルを団長はそのまま引きずり、一番端のテントの前まで来た。
そして入り口を開け、ルルを蹴飛ばしてテントの中に入れた。
「どうぞ、ごゆっくり」
団長は中にいる紳士にほくそ笑み、そう言ってテントの入り口に大きな施錠をかけた。
しばらくして・・・テントの中から鞭の音とルルの奇声にも似た悲鳴が聞こえてきた。
団長は振り返り、自分のテントに戻っていった。
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次の日の朝。
「THE SOFT PARADE」の公演の日がきた。
ジャッキーは目覚めた。
そして、襤褸切れのようなバッグをベッドの上に置いた。
中には身の周りのものが入っている。
(今日の公演が終わって、お客さん達が帰るのに紛れて外に出て逃げるんだ)
ジャッキーは自分のテントから出て、深呼吸をした。
そしてルルのテントを見た。
(まだ寝てるのかな?)
ジャッキーはルルが気になっていた。
少し待ってもルルが起きてくる気配がないので、ジャッキーは会場の大きなテントのチェックをすることにした。
・・・中に入るとすでに動物達や団員達で最後の入念なリハーサルが行われていた。
大きな輪の中を潜り抜ける虎、煌びやかな衣装を着せられた象などもいた。
団長が他のサーカスで大きな動物の曲芸が人気と聞いて、急遽この日の為に虎や象を調達してきたらしい。
華やかな衣装を着た団員達が活気だっているのをジャッキーは感じていた。
段々、サーカス然としてくる周りの雰囲気にジャッキーもゆっくりと体温が上がってきていた。
ジャッキーは大きな柱の下にあるハンモックネットの結び目や、柱を梯子で登ってブランコの結び目、強度など細かいチェックをしていた。
すると・・・入り口からルルがフラッと入ってきた。
ジャッキーに気づいたのか、ルルはジャッキーの側に歩いてきた。
ジャッキーはルルに気づかず、柱のところで天井を見上げていた。
「これ」
ルルはジャッキーにまたブラウンメタリックの包み紙のキャンディーをくれた。
「お・・・ありがとう」
ジャッキーは一瞬驚き、気を取り直してルルからキャンディーを受け取った。
「ん?・・・・・・」
その時、ジャッキーはルルの手の甲や腕にある新しい赤黒い痣に気づいた。
ルルの顔を見てみると髪はベッタリと濡れ、唇は裂け、首筋には無数の注射痕、そして鼻を突く異臭がした。
瞼は泣き腫らしたように腫れている。
「これ、嬉しい?」
ルルは言った。
「これって・・・キャンディーのことかい?そりゃあ、嬉し・・・い」
ジャッキーはルルの異変に気づいた。
「嬉しい?・・・嬉しい?・・・・嬉しい?・・・嬉しい?・・・嬉しい?」
ルルは何度もジャッキーに聞いてきた。
鼻水を垂らし、裂けた唇から涎がしたたり落ちる「壊れた」ルルがそこにいた。
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