第8話

「注文は?」

「あら、今日バイトだったのね、南調みつき。フォレノワール4個と工芸茶2つ、ローズヒップと」

「コーラか」

「さすが南調だっちゃ!」

「お前の嗜好は網羅しているからな!」


 ふんと自慢げに鼻を鳴らしながら若干ふんぞり返って千葵を見下ろす少年。もう嫌だといわんばかりに片手で目を覆い、もう片方の手でこぶしを握る戯沙。


 きょとんとその光景を見ながら、自分たちの拳に拳を当て合っている2人を交互に見るひまりに、ひざしがその小さな耳元で囁いた。


「南調。千葵のライバルなんだよ」

「ライバル、です」

「そう」

「いいこされちゃいました、です」


 よくできました、とひざしに頭を撫でられながらふにゃふにゃ笑うひまり。どこかマイナスイオンでも出ていそうなそんな光景を前に、やっと気が付いたかのように千葵だけを視界に入れていた少年・南調が顔をあげる。


「そこのチビは?」

「南調口が悪いわよ。今日付けでうちに組み入りしたひざしのライバル、ひまり」

「あたし琴羽ひまり、です。よろしく、です」

高遠南調たかとおみつき。お前と同じ組で千葵のライバルだ、よろしくな」


 たいして興味もなさそうにあっさり挨拶をすませると、南調は自分の仕事に戻る。視線だけはがっちり千葵に固定されたままだったのが恐ろしかったが。

 

「じゃ、注文繰り返すぜ。フォレノワール4個と工芸茶2つとローズヒップとコーラな」

「南調! 俺ホールがいいっちゃ!」

「自重しろっつてんでしょこのアホ」

「ホールと他3個な」

「このバカども!」


 戯沙が千葵の首を締めあげたところで南調はいつの間に書いたのか注文書を片手に扉の向こうへと去っていった。


 ギブギブと涙目でテーブルをたたく千葵とそれを無視する戯沙。そんな2人をぼーっと見ているひまりとひざし。不思議な図が出来上がった瞬間だった。


「戯沙ちゃん、ひでえっちゃ!」

「あんたがアホだからよ!」

「待たせたな」

 

 やっと解放されたときに、南調はごろごろと銀のカートに注文品を乗せてやってきた。ひまりがショーケースのところを見るとそこからは1つも減っていなかった。どこか違うところから持ってきたらしい。


 手慣れたように素早くそれぞれの前に紅茶とケーキを置くと、最後にひまりの前に千葵のホールケーキを置く。ふわふわとした見た目ながらも上にいくつか点在する洋酒付けのサクランボとその周りに散らばる削ったチョコレートは秋に落ちる木と落ち葉のようで、森みたいなケーキだなあとひまりはまじまじとのぞき込んだ。


 そんなひまりと何かをわかっている千葵以外が不思議そうに南調を見る中で、南調はひまりに尋ねる。


「お前、いま何歳だ」

「えっ・・・と・たぶん16歳、です」

「・・・そうか」


 ぴたりとなぜだかみんなの動きがとまったような気がした。しかも一瞬穴が開くほど見られたような・・・? せっかくだしとひまりもこてりと首を傾げるとそのまま動きを止めて見せる。


 疑問だったが、微妙な空気を流すように南調が緑色のエプロンの前ポケットから、カラフルなロウソクを取り出す。と、そのままケーキの上に16本差したところでぱちんと指を鳴らした。それだけで、全てのロウソクに同時に火が付いた。


「すごい、です」

「当然だ」

「南調かっけぇっちゃ!」

「当然だ!」


 ひまりに褒められたときはそうでもなかったのに、千葵に褒められた途端調子に乗ったように声を大きく張り上げた。ひまりが南調を見ると、腰に手を当てふんぞり返っていた。かなり反っていた。


 そのまま戯沙を見ると、こちらは眉間に手を当て考える人のポーズだった。このポーズ好きなのかなとひざしの方を見ようとしたが、なぜかひまりをガン見していたため怖くて向けなかった。

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