第7話
「ここ、ローリエっていう喫茶店なのよ。ひまり喉かわいたでしょ?寄っていきましょうよ」
「のどかわいた、です」
「ケーキ食べたいんだよ」
「俺、ホールで食いたいっちゃ!」
「自重しなさいアホ!」
ローリエの鉄板の下がった店を指す。
白い壁をところどころに埋め込まれたレンガが飾っている。チョコレート型の木造りの扉と大きく四角くにくぼんだ窓にはめ込まれているのは青い色ガラス。
その向こうにはひっそりと蝶のとまる花のガラス細工や、星座の描かれたランプ、白いマグカップに数種類のハーブを寄せ植えしたものなどが置かれているのを垣間見ることが出来た。全体的に可愛らしいアンティーク調の店であることが知れた。
「行くわよ」
さっそく戯沙が扉を開けるとカランカランと軽快に鳴るベル。まだ中にも入っていないのにふくいくとした紅茶の香りがひまりの鼻先をかすめた。
白い石やレンガを使った造りの建物なのに、木造りのバーカウンターやメニューの置かれた白いレースのテーブルクロスが敷かれたテーブルには4つの椅子がセットになっていて。奥につけられた茶色の木の扉には小鳥や薔薇、妖精などたくさんの細かい掘り込みがしてあった。
窓際やカウンター内の大棚に所狭しと並べられている、茶葉と思われる小瓶の合間にも可愛らしく小首をかしげる小鳥の置物や、小さく可憐な妖精のガラス細工、数種類のケーキがガラスの向こうにきらきらと輝くショーウインドウも木造で冷たい感覚は一切しなかった。
それどころか、どこか茶葉の芳醇な香りと木造りの温かい雰囲気がアンティーク調に拍車をかけていた。
がらんと開いた客の1人もいない店内で、勝手知ったるとばかりに華奢な花のガラス細工が置いてある窓のそばまで来ると、奥の席に腰を下ろす。その隣に千葵が座る。ぎしりと木の椅子が鳴いた。
そっと自分の隣に抱いていたひまりを下ろすと、ひざしはその隣を当然のように陣取った。
もう疲れたかのようにテーブルの上に肘をつき片手に顎を乗せ、もう片方の手で目を押さえてため息を吐く戯沙とその、光景を当然とばかりに頷きながら受け入れている千葵。
「ごめんなさい、です」
「は?・・・ああ、違うわ。あんたのせいじゃないわよひまり」
「うん、千葵のせいなんだよ。ひまり」
「俺のせいだっちゃ!?」
「あんたのせいよ、ひざし!」
自分のせいで迷惑をかけているのかとしょぼんと顔をうつむかせて謝るひまりに、ひざしの緩やかな目がきつくなる。ひまりは自分の白いワンピースの裾をぎゅっと握る。
じろりと戯沙を睨みつつ、1人でおとなしくメニューを見ていた千葵になりすつける。それにかみつく戯沙とかみつき返すひざし。ほんの少しだけ痛む足を無意識にさすりながら、ぎゃーぎゃーと騒ぐ2人をぼんやりと見ていたひまりに、そっと千葵がメニューを差し出す。
「足、痛いんだっちゃ?」
「大丈夫、です」
「無理だけはすんなよな?」
「はい、です」
「それとな、ここフォレノワール・・・えっと、チョコレートケーキが美味いんだっちゃ」
「ちょこれーとけーき、です」
「俺はそれにするけど、ひまりはどうする?」
「一緒、です」
「じゃ、一緒にフォレノワールな!」
「飲み物はこれがいいんだよ」
にこにこと笑いあいながらメニューからケーキを決めていることに気づいた戯沙とひざしが言い合いを一時中断する。
一緒に決めようと思っていたのに先を越されたひざしは一瞬歯噛みすると、千葵を睨みあげすすすっとひまりに身を寄せた。開いているメニューの中の飲み物表、そこから1つのお茶を選び指した。
「こうげいちゃ、です?」
「お花が入ってるお茶なんだよ。綺麗」
「これにする、です」
「僕も一緒。お揃いなんだね」
「おそろい、です」
こっちも嬉しそうににこにこ笑いあっている2人を後目に、さっさと戯沙と千葵もそれぞれローズヒップティーとコーラを選んだところで、繊細な彫刻のされた扉が開く。緑色のエプロンを身に着けたひざしたちと同年代の少年が注文板とペンを片手に足音を立てず優雅に歩いてきた。
夜入りを思わせる深い藍色の髪はさらさらと一歩ごとに揺れていて、尖るような顎先が理知的ともプライドが高そうとも見えた。白いシャツに黒いスラックスとスニーカー、どこか不機嫌そうな雰囲気の少年はそのままテーブルの前で立ち止まる。
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