第6話
「あれがドーナツ屋さんで、こっちがジェラートの店だっちゃ」
「あっちの林檎の木の下にあるお店がコーヒーの専門店よ。あんたには早いかもだけど、幼等部までの子ならココアも出してくれるらしいわ」
「あそこが、創作和菓子屋さん。チーズ饅頭が美味しいんだよ」
白い石とレンガで造られた町並み。真ん中にハート形に穴の開いたドーナツの絵、カップに入ったジェラート、湯気の立つコーヒーカップ、円のなかに和と書かれた鉄板。
頭上ににょっきりと突き出る看板かけから下がる、それぞれの特徴が出た看板をあれこれ指す。
等間隔を開けて生えるオリーブの街路樹からこぼれ落ちる木漏れ日の中、赤レンガで舗装された道を3人と横抱きにされたひまりは歩いていた。
昼間のためか人通りも少なく、Tシャツにジーンズ、黒いスラックスに白いワイシャツなどさまざまな服装をした人々がまばらに道を通る。
町の増改築の結果出来上がったというそこはまるで迷路で、道を行くひまりたちの上をいくつもの銀色の階段が交差し、空中に道を作っていた。その階段はまるで自ら発光しているようで、重なっていても暗さを感じさせなかった。
時々擦り切れところどころ黒くなったレンガを割って生えているハーブの茂みを軽くよける。ひまりを抱えたひざしは道行く人たちが一回は振り向くのを、なんてことはないかのように受け止めていた。
レンガで出来た曲がり角を一回まがる。
町というもののすべてが珍しくきょろきょろと腕の中であちらこちらと忙しく視線を泳がせているひまりをひざしは見ていた。そんなひざしと目があって、ひまりが照れ笑いする様子は可愛らしかった。
「木の下にお店がある、です」
「屋上を利用して栽培してるんだよ。あそこの階段からとろうと思えばとれるけど、食べたい?」
「いい、です。初めてみたからびっくり、です」
青々しい緑の中に赤く艶めいた林檎がたわわに実る果樹。その下にある白い石とレンガで出来た御伽話に出てくるような可愛らしい家めいた店にひまりは目を留めた。頭上に生えている看板かけからは林檎に猫がじゃれつく鉄板がかかっている。
果樹の横を通る空中回廊を顎で示しながら言うひざしに、ひまりは首を横振った。ただ物珍しかっただけらしい。
「ほかにも桃とか蜜柑とかハーブなんかも季節関係なく実るんだっちゃ」
「学園の外だと季節ごとにしかならないらしいから不思議よね」
指を折りいくつかの果実をあげる千葵に学園内でしか暮らしたことのない戯沙は振り向きざま、不思議そうに首を傾げる。
振り向きながら話しても危なくないのは人通りが少ない道にそれて歩いているからだ。
数多の小路、折り重なった建物とそれをつなぐ無数の銀の階段。その町並みはまさに迷路というにふさわしかった。
そのまままた角を曲がり、現れた階段を昇る。銀色に輝く空中回廊は人工太陽の日差しと穏やかな風が心地よかった。一段ごとに地面から離れていって、大きく見えていた街が小さくなっていくのがひまりには不思議だった。
日差しに照らされ暖かくなっているのか、階段途中で丸くなって寝ている猫を一段飛ばして追い越していく。手すりには小鳥が止まっていて、ひまりと目が合うと小首をかしげてからその青い翼で飛んでいった。
しかし、浮いているということが恐いのか思わず身を固くし、ひざしの首に腕をまわしぎゅっと身を寄せたひまりに一瞬小さく顔が崩れたのを戯沙は偶然にも見かけてしまった。もちろん見ないふりをしたが。戯沙が知っている中で、ライバル愛がすさまじいのは1組だけで十分だ。
回廊の手すりには所々にハーブや白い花弁が鮮やかな花の植わった半月型のプランターがあって、近くでは蝶や蜂がくるくると舞うように遊んでいた。
そのまま進むこと5分。戯沙は突然立ち止まった。
ひざしが抱えてくれるままに流れる景色を楽しんでいたひまりは、突然止まった風景にきょとんとして顔を上にやり、ひざしの顔を見上げた。見上げたひざしが納得したように頷いていることに首を傾げる。
くるりと振り返って、戯沙は言った。
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