第5話
窓際の一番後ろに席を決め、机をかき分けながらたどり着き、腰を下ろしたひまりの隣にひざしが茶色いリュックを持って、引っ越してくる。もともとの席は廊下側の一番後ろだった。
正直、ひまりはちょっとほっとした。大きく湾曲した左足は長い間立っているとだんだん痛みを訴えてきていて、さっきもじわじわ痛みを感じていたところだった。座ることが出来て、安堵のため息を小さくついたひまりの周りに、戯沙と千葵が寄ってくる。
「そういえば、ひまりは学園案内してもらった?」
「地図みた、です」
「まだなんだね。ぼくが案内してあげるんだよ」
「どうせならみんなで行きましょうよ」
「え・・・」
「何よ、その顔」
ぽやぽやと嬉しそうに笑っていたひまりが、前の席に座った戯沙に首を傾げた。座っても座高は戯沙の方が高いため、前かがみになり顔を近づけ話しやすいようにしてくれるのをひまりはやさしいと思いながら。
名案だとでもいうように右手で左手のひらをポンッと叩いた戯沙に嫌そうな顔をしたのはひざしだ。自分が案内したかったらしい。顔をしかめて、よこからきゅっとひまりを抱きしめる。
「いいじゃない。あー・・・じゃあ、私と千葵と
「俺も行っていいんだっちゃ!?」
「楽しい、です」
「ちっ」
「舌打ちしてんじゃないわよ」
にっこりと笑いながら、楽しいという言葉につられたひまりの見えないところで、つれたことに小さくガッツポーズをする戯沙。舌打ちしたひざしに注意する目はどんどん冷たくなっていく。
わーいと無邪気に喜んだ千葵は両手をあげて万歳をしていた。いちいち大げさな反応をするものだ。そのままの勢いでひまりに抱き着こうと身を乗り出したのを、先に抱きしめていたひざしの冷たいひと睨みで塩をかけられた青菜のごとくしょぼくれながらひまりの斜め前の席に座ったが。
「あ・・・」
「どうしたの?ひまり」
「どうしたの?」
「1時間目国語、です」
抱きしめられた腕の中でもぞもぞとひざしを見上げ、外出してはいけないのではないかとひざしに訴えるひまり。ひざしも座高が低い方だが、それよりもさらに小さいひまりは自然と上目遣いとなる。ひざしはひまりを抱きしめる力をきゅっと強めた。
それからひざしと戯沙と千葵は顔を見合わせると、ひまりの方を見ながら言った。
「あー・・・いいわよ別に。自習なんだし」
「そうだっちゃ!後でやればいいんだっちゃ!」
「自習、です?」
「うちの学園、授業があるのは薬学くらいなんだよ。制服も、席も教室すら自由だし。それ以外は全部自習だから、風紀に見つかりさえしなければ町に出ても大丈夫」
耐えるようにぷるぷる震えているひざしを呆れた目で見ながら戯沙は授業なんてないのだとあっさりとネタばらしした。補足を入れたのはひざしだった。それに口をぽかんと開けるひまりに変わってるわよねと笑いかけて、ぎいと音をさせて椅子をひき立ち上がる。そして入ってきた戸を示して、行きましょうかと声をかけた。
千葵はいつの間にかしょぼくれていた時なんかありましたっけ言わんばかりの態度ですでに立ち上がっていた。抱きしめているのを解放してから、ひざしとひまりも立ち上がる。椅子ががたんと音を立てた。
ひざしはひまりに問う。
「足、痛くない?」
「痛くない、です」
湾曲した左足を指でさしながら尋ねるひざしに、ひまりはふるふると顔を横に振る。まだ若干痛かったし、これ以上たっているようならきっと痛みも大きくなってしまうだろうなとは思った。でも、楽しいらしい町を見に行くのにせっかくの機会がなくなったら嫌だ、今すぐ行きたいという子どものわがままで痛みを抑え込む。
ひまりの足にまで気のまわっていなかった戯沙と千葵は途端に心配そうな顔をする。
「・・・本当に?」
「・・・ちょっとだけ」
「あらやめる?」
「痛いならやめておいた方がいいぜ。また今度にしようっちゃ」
「行く、です!」
「問題ないんだよ」
必死に訴えるひまりに困ったような顔をする千葵と戯沙とは対照的に、問題ない、行けるからねとひまりに微笑みながら頭を撫でるひざし。そんなひざしを不思議そうに見る2人と期待のこもった眼で見るひまりを、ひざしはひょいっと軽く持ち上げ横抱きにした。
俗にいうお姫様だっこである。
「なっ・・・」
「確かにそれなら大丈夫だな!」
「重い、です?」
「全然軽いんだよ」
目を見開いて絶句する戯沙と腕を組みながら満面の笑みで納得する千葵。そんな二人の反応を後目に重くないかと心配するひまりにしばらくもぞもぞと持ちやすいところを探していたひざしが可憐に笑いかけた。
その笑みに安心したかのようにひまりもはんにゃりと笑って見せる。ほのぼのとしたどこか花が舞いそうな2人の世界を作ってしまったひまりとひざしに空気の読めない系代表の千葵は声をかけた。
「おーい、町いこうぜー!」
振り返ったひざしから、ひまりにばれないように軽く睨まれたのは愛嬌であると千葵は信じたい。
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