第4話


「今日から入ることになったひまりよ。仲良くしない奴は問答無用でぶっ飛ばすからね!」

「戯沙ちゃんひどいっちゃ!」

「うっさいわよ千葵かずき。なに? あんた仲良くしない気でもあるわけ?」

「・・・ひまり、目玉焼きはサニーサイドアップ派? ターンオーバー派?」

「普通のやつか、両面焼きかだって」

「さにーさいどあっぷ、です!」

「戯沙ちゃんこの子めっちゃいい子!」

「馬鹿ねえ、こいつ」


 全部で10人程度しかいない教室の中で、戯沙は黒板の前で仁王立ちになりながら言い放った。ひまりが教室の中を見渡してみると。


 1列に4つの机が4列分、計16個分の机が整然と並んでいて、まるで適当に座ったかのように前に方に偏った座り方をしていた。実際にひざしに聞いてみると、どうやら自由席らしい。ひまりと目が合うと、みんな手を振ってくれたりにこりと笑顔をくれたりして、ひまりは嬉しかった。


 よろしくなーと千葵と呼ばれた一番前の席を陣取っていた少年が、身を乗り出して座った自分よりも少しだけ高い位置にある頭を撫でようとすると、ばしりとひまりの横に並んでいたひざしに叩き落とされる。はたかれた手を押さえ、思わず真顔でひざしを見た千葵に、ひざしから冷たい視線が送られる。


 ひまりの斜め後ろにいる戯沙に視線を移すと。処置なしとでもいうように首を振られた。

 しばらく頭の上にはてなを浮かべていたものの、何かに合点がいったように大きく頷くと、千葵は伸ばした手を下におろした。


「俺、浮波千葵うきなみかずきだっちゃ。よろしくな、ひまり!」


 好意いっぱいにきらきらと青い目を輝かせる。茶色の髪はところどころつんつん跳ねていて、その毛先を、開いた窓から入るわずかな風に遊ばせていた。顔に

 ひっかいたような2本の爪痕が特徴的だった。全体的に丸い顔立ちと笑顔になると見える八重歯には柴犬的な愛嬌を感じさせる。

 黒い学ランの下に着たオレンジ色のパーカーの、左右で長さの違う紐が揺れた。


 増える仲間に、嬉しそうに八重歯を見せて笑う千葵は、そのままひまりの前に手を差し出す。


「?」

「握手、だっちゃ!」

「あくしゅ・・・」

「こうするんだよ」

「うおっ!?」


 片手でさりげなくひまりの右手を取ったひざしが、もう片方の手で千葵の左手を取る。それでも長さが足りなかったため、立っているひまりではなく座っている千葵の手を引っ張るところがライバル愛というかなんというか。


 いきなり引っ張られて驚いた千葵は椅子ごとがたんと引かれながらも、再び机の上に身を乗り出す形となった。

 びっくりしたとでもいうように胸を押さえる千葵なんてつゆ知らず、というか歯牙にもかけず、ひざしは2人の右手と左手をあわせて握らせた。


「握手なんだよ」

「あくしゅ・・・」

「あーびびった。・・・握手だっちゃ!」


 にかっと太陽のようにまぶしさを振りまいて千葵は笑った。つられてひまりもほんにゃりと笑う。幼い顔が笑みに崩れたのを見て、満足そうに頷く千葵。

 しかし、面白くないのはひざしだった。


「いででででで、ひざし、なんでつねるんだっちゃ!?」

「うるさいんだよ、千葵」

「ひどい!」

「つける薬はないわねえ」


 ひざしはいまだ握手している千葵の手の甲をつねあげる。握手をほどかせなかったのはひまりが嬉しそうに握っているからだろうか。まあ、それも気に入らないのだが。どっちにしろ千葵を睨みながらぎりぎりとつまみあげているひざしの心中は穏やかではなかった。


 そんなひざしを呆れを含んだ眼で戯沙は見ていた。あきらめたように首を横に振りながら。


 ちなみに、ここまで一切かかわっていない者たちはそれぞれの席座りながら、ひざしの嫉妬深さに、ひまりにかかわるときはひざしを通そうと考えていた。

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