第2話
「んじゃ、まあ。これで入学手続き完了ってことで」
「はい、です」
「んな緊張しなくてもいい。お前のライバルも良さそうなの見繕っといたからな」
「はい、です」
「ま、あたしの学園に悪い奴なんかいねえけどな」
「はい、です」
ふふんと自慢げに薄い胸を張る青い彼女に、ひまりはこっくりと頷いた。
あまりにも広大なその学園都市は、彼女の説明通りであれば街や音楽ホール、図書館なんてものもあるらしかった。大きな紙に簡素に書かれた見取り図をひまりは思い出す。
たくさんある建物の中でも玉棟と呼ばれる、彼女や彼女の部下が集まる周囲をぐるりと澄んだ小川に囲まれた白い建物の中。そのうちの一室、執務室と呼ばれる重厚な造りのそこで、入学手続きは行われた。
「双璧組、です?」
「ん、お互い困った時のパートナーっつーか互いに切磋琢磨しあうための相手だな。ライバルっつーんだけど、それがいる組のことだ」
「こわい、です?」
「いや、みんな結構楽しくやってるみたいだぜ。他にも4つ組があるんだが、お前はパートナーでも作ってのんびり引っぱられる方が性にあってんだろ」
「はい、です」
頷いた後、ひまりは何となしにぐるりと周囲を見渡す。
四方は天井までに届かんばかりの本棚で埋まっており、その巨大な棚には一部の隙間なく本が詰まっていた。本独特の紙の匂いが鼻先をかすめるそこはチョコレート型の大きな扉から入って正面と左右には大きな木造りのデスクが3つと、ひまりを映しだす大きな鏡が設置してあった。
そこにうつっているのは1人の女の子だった。歳は幼く6か7。
青白いまでに白い肌に、くりくりとした瞳が印象的だった。整った顔立ちながらもとろりと眠たげな瞳が美少女というにはためらわせる。あえていうなら美少女の卵とでもいえばいいのだろうか。
肩までのハーフアップは優しい亜麻色で、同色のまつげはふるりと長くふるえていた。半袖の裾をきゅっと白いレースで絞り、膝下までの裾にはフリルがあしらわれていて、左足だけ彎曲した足に赤い靴、背中には同色の真っ赤なランドセルを背負っていた。
それをちらっとだけ見て、また部屋を見まわそうと思ったが、それ以外に見るもののない簡素な部屋にこてりと首を傾げる。ひまりは忘れかけていた。この部屋はまだあった。もう1つ。ぜひ見ておかなければならないものが。
「見おわったか?」
歳は10代前半で14、15。
人形よりも整った顔立ちでなめらかな白い肌、腰まである青い髪に対比して。柔らかく食んだら甘そうな薔薇色の唇がとても印象的だった。
面差しは幼さ特有のまろみがあると同時に、美しさ故の気品や儚さ、ある種の色気と言ったものがその透明な雰囲気の中に滲んでいた。
かわいい悪戯を見つけたように楽し気にひまりを見て輝くつり目がちの碧は、長いまつ毛に縁どられていた。
花も恥じらうほど、妖精も裸足で逃げだすほどに美しい少女。その存在全てが、1つの芸術作品だった。
白いシャツに唯一の紋章の描かれた2つのプレートと鎖の装飾を除き、飾り気のない着崩した青いプリーツスカートとブレザー。それらは彼女のためにあつらえたように、よく似合っていた。
悠然と豪奢な椅子に腰掛ける彼女、
「はい、です」
「よろしい。っていうか、お前。そのランドセルの中何が入ってるんだ?」
「先生がくれた時間割と教科書とペン、です」
「あー、雫が。・・・正直使わねえとは思うが、まあないよりましだわな」
「はい、です?」
「いや、気にしなくていい。んじゃあお前は双璧組な、行って来い」
聞き取れなかった言葉にひまりが首を傾げると、何でもないと手をひらひらと振ってみかんは答えた。
それから、みかんは腕を持ち上げたかと思うと、ひまりを指した人差し指をぴっと上に持ち上げる。
ただそれだけで。一瞬にして風景が変わった。
紙の匂いのする本ずくめの部屋から、さえずる小鳥や歌う天使、オリーブの樹や薔薇の花が彫り込まれた茶色い木の引き戸。わずかにその向こう側から聞こえるいくつもの声がするそこ、白いワックスが人工太陽に照る廊下にひまりは立っていた。
「いい学園生活を、ひまり」
「あなた、です!?」
思わず振り向くと、そこにあったのはところどころ汚れに灰色になった白い壁。ひまりの背ほどもある大きな下駄箱と、ビニール傘が1本入った銀メッキの施された傘立て。銀のサッシで縁どりされた少し開いたガラス窓があるだけで、彼女の影ひとつなかった。
ひまりがそれでも困惑気味にきょろきょろあたりを見まわしていると、唐突にがらりとたくさんの絵が彫り込まれた扉が開かれた。
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