Episode.2 限りなくクロに近いシロ
「ふわぁ、幸せですぅ……」
「そりゃ良かったな」
ゆっくりと飯を食べていた少女は、結局二皿をペロリと平らげてみせた。
その間、俺はコーヒーの二杯目を頼んで時間を潰していた。
満面の緩んだ笑みを見せている辺り、どうにも警戒心ってモンがなさ過ぎる気もするが、駆け出しならこんなモンか。
「あのっ、ありがとうございましたっ! おかげで三日ぶりに美味しいご飯が食べられましたっ」
「三日って……、なんでそんな切羽詰まってたんだよ、お前」
「あう、それはその、装備を買ったからで……」
「どうせつくなら、もうちょいまともな嘘にしろ」
俺の言葉に、少女がぴくりと肩を震わせた。
「ど、どうして、それを……?」
「その装備、中古にしたって傷みすぎてるだろうが。真新しい装備を持ってるか手入れが行き届いてるならまだしも、どう見たって使い古されてる」
最初に見た時は装備の質は確かに駆け出しで、装備を買って金がないってのも特に嘘があるようには思えなかった。だが、三日ぶりのまともな食事でその装備ってのは、あまりにも切羽詰まっているように思える。
じゃあ「三日ぶりの食事」が嘘なのか、それとも「装備を買った」のが嘘なのか。
後者が正しいってのは今さっきまでの食事の光景を見てれば判るってもんだ。
だとしたら、何か事情があって切羽詰まっていると考えるべきだろう。
「……ごめんなさい。騙すつもりはなかったんです。そもそもご飯をご馳走してくれるなんて思ってなかったですし……」
「いや、気にすんな。何か事情があるんだろうってのは見てりゃ判る」
「……っ、そう、ですか……」
少女は改めて俺をまっすぐ見つめた。
「今更になってしまいますが、改めてお礼を言わせてください。私はFランクの冒険者、エクアです」
「ルーイットだ。ランクは――言わなくてもいいな?」
「はい。少なくとも経験のある方というのは、話してみて十分に理解しましたから。それに食事を奢るなんて、それなりには余裕がないとできませんし」
先程までのおっとりとした雰囲気から一転して、エクアは物静かな分別のある女性らしい振る舞いをしてみせた。
確かに、冒険者ってのは命懸けの仕事をするのは当然だが、余裕が出るような生活をできるにはそれなりに経験を積み、一人前になるまでは難しい。
行きずりの女に同情心だけで食事を与えてやるほど、世の中は甘く優しい世界じゃないという事を、エクアは理解しているようだ。
外向きの態度は、むしろ本来はこれが当たり前なのだろう。
さっきまでのは空腹で素が出てしまっていたといったところか。
「お金がなかった理由ですが……その……」
ちらりと周りを見て、誰かに聞かれるのを危惧している様子を見せた。
仕方なくマスターに一声かけると、マスターは手持ちの呼び鈴を持ってきて、それを俺たちの座るテーブルに置いた。
それの頭に取り付けられたボタンを押す。
リーン、と甲高い音を立てると、周囲が魔力によって包まれた。
「ふわっ!? これは……、魔道具ですか……!?」
ピンと耳を立ててエクアが声をあげた。
やはり獣の部分には感情が豊かに表れるらしい。
「空気の振動を止める結界だ。これで声は他のテーブルに漏れない」
「盗聴防止の魔道具が、こんな普通のお店に用意されているのですか……?」
エクアが驚くのも無理はないだろう。
こういった魔道具は本来、貴族や豪商などが用いる。伝聞する程度には有名で、けれど実物を目の当たりにするのは珍しい、そういう代物だ。
「それで、理由を話してくれるのか?」
「……はい。実は、情報を買っていてお金がなくなってしまったのです」
「情報を?」
こくりと頷いて、エクアは表情に影を落とした。
情報を買う、というのはそう珍しくはない。
それを専門にしている者も決して少なくないし、冒険者だけではなく多くの商人や貴族も好んでそういった輩を利用する。
「友達を、探しているんです。四日程前から姿が見えなくなってしまって、どれだけ探しても見つからないんです……」
「そいつも駆け出し冒険者、なのか?」
「えっ? あ、はい、そうです。ほんの二ヶ月前までは、私と友達はこの近くの村に買われた元奴隷だったんです」
奴隷――村の不作や飢饉対策、口減らしの為に人を売り、金を作る。
そういった奴隷は決して珍しくなく、また奴隷という制度も昔のような理不尽極まるものではない。
もっとも、犯罪を犯した罪人奴隷に関してはその限りではないが。
「私達を買われたご主人様は牧場主でした。以前まで働いていた奴隷の方が十分にお金を貯めて自由になられたので、私達二人を買ってくれたんです。ですが体調を崩されてしまって、牧場を売り払い、今後はご家族とゆっくり暮らす、と。それまでに給金として積み立ててくださったお金で、私達の奴隷解放と、当面の生活費を工面してくださったのです」
「なるほどな。それで自由を得て、冒険者になろうとしたってわけか」
冒険者の仕事は何も荒事専門ではないし、女性ならではの仕事の依頼だって決して珍しくはない。酒場のホール仕事や、介護なども冒険者ギルドを介して依頼が受けられるぐらいだ。
夜のお相手募集なんていうフザけた依頼もたまに出るが、そういうのは娼館に投げられるだけだ。
そういう意味では珍しい選択でもない。
「それで、まともな情報は手に入ったのか?」
答えは否。
今にも泣き出しそうな顔をしながら、エクアは机を見つめてじわりと涙を浮かべた。
「少しずつ減っていたお金も情報代でなくなって、友達も見つからなくて、わたし、どうすればいいのか……ッ」
ボロボロと玉の涙を零しながら、エクアはぎゅっと膝の上で拳を握ったまま泣き出してしまった。
防音の魔道具でも、周りからは泣いている姿が見えている。
見られているのだ、主に俺が。
批難をぶつける視線で。
違う、違うぞ。
マスターが飲み物に温かい紅茶を用意してくれているのが見えて、とりあえず泣き止めとすっと手を伸ばしてエクアの頭をポンと叩いた。
「ふぇ……?」
「なぁ、エクア。お前とその友達、以前
「え、あ、はい。えっと、それがどうかしたんですか?」
――やっぱり、か。
オルトリ。
どうやら、お前の勘は当たりだったらしい。
◆
「――女の駆け出し冒険者が、失踪?」
オルトリから告げられた依頼の内容を聞いて、俺は思わず聞き返した。
「ここ最近、駆け出しの冒険者の女の子が次々と町を出て行ってるみたいだってフェルから聞いてね――」
聞けば、その話を耳にしたのは今からおよそ一ヶ月程前だったそうだ。
アッシアで登録した駆け出し冒険者の、それも女冒険者が妙に目減りしていたらしい。
おかげで給仕の依頼などが一切片付かないのだとフェルが同僚たちと一緒になってぼやき、それがオルトリの耳にも入ったらしい。
「――少し気になって、近くの町の冒険者ギルドに問い合わせてみたんだけれど、どうにも何処の町にも駆け出しの女の子が向かうような〈
おかしいと思わないかい?
言下にそう告げるように、オルトリは俺を見て肩をすくめてみせた。
「……ゴブリンやオークなんかの大規模な群れでもあるのか?」
ゴブリンやオーク、それにオーガといった『鬼』の種類に当たる魔物には雌が生まれず、二足歩行の生き物――つまりは人を攫って繁殖しようとする。
群れが生まれているのなら、それは早々に対処を求められる事案だ。
特に『鬼』の種族は、群れが大きくなると周囲から突出した存在――いわゆる上位種に進化する個体が生まれ、それが『王』になりかねない。
魔物の『王』種の誕生。
それらは初期個体の実力とはかけ離れた力を有し、群れをどんどんと拡大し、やがては軍勢を引き連れるようになる。
ゴブリン程度ならいざ知らず、オークやオーガともなれば、S級冒険者を招集するような厄介な案件になりかねない。
成功すれば良いが、失敗すれば町は崩壊。
そんな攻防を生み出す前に魔物の状況を調べ、対処するのがギルドに求められている。
だが、俺の推測はどうやら外れたらしい。
オルトリは首を振った。
「少しランクの高い冒険者を雇って付近一帯をくまなく調べてもらったけれど、そんな形跡はなかったよ」
「群れの存在とは関係ない、のか」
「うん。だけど、少し気になる情報が二つほど手に入ったんだ」
怜悧な目を細めたオルトリが、その言葉と共に怒りを露わにした。
発露された魔力が部屋の中に広がり、空気が重く感じる。
「まず一つ、どうやらお隣りさんで奴隷が高騰しているらしい」
「隣って、アルヴァノ帝国か」
こくりとオルトリが頷いた。
この国――エフェルトア王国に隣接する、アルヴァノ帝国。
そこは『
「ルーはあちこち旅してるから知らないだろうけど、最近この町にもよく間者が潜んでいてね。おかげで忙しいったらないよ。まったく――本当に忌々しい」
目の前にいたら得意の魔法で灰燼にでもしてしまいかねない程の殺気を放ちながら言う、イケメン。
こりゃ部屋の外まで魔力が漏れて、ギルド内はさながら通夜のような雰囲気に包まれているだろうな。
「ここから東にある山を越えさえすれば、アルヴァノ帝国に入るからな。ある意味、アルヴァノ帝国にとっても狙い易いんだろうさ。それに、だからこそここのギルド支部を請け負ってるんだろ?」
ニヤリと笑ってみせると、オルトリも毒気を抜かれたように苦笑を浮かべた。
コイツはアルヴァノ帝国と正面から喧嘩できる立場を欲しているからこそ、オルトリはこのアッシアのギルドマスターになっているのだ。
連中が掲げる『普人族至上主義』によって被害を受けた過去を持つ、〈
「さて、もう一つの情報なんだけどね。どうにも分不相応な金遣いをしている冒険者パーティがいるみたいでね。そんな彼らが駆け出し冒険者を
「そいつはまた、いかにもな連中だな。どうして捕らえないんだ?」
帝国の奴隷高騰と、この町で駆け出しを利用する連中。
誰がどう見たってクロだろうに。
「それが、彼らの評判は決して悪くないんだよ。ちゃんと冒険者ギルドまで連れ帰ってきてくれるし、駆け出しの子達からは凄く感謝までされてる姿をフェル達が見ていてね」
「つまり、シロか?」
「どっちとも言えないのさ」
曖昧な回答に思わず眉に皺を寄せてしまう俺に、オルトリは続けた。
「この二週間で三度程、彼らの依頼にB級冒険者の尾行をつけたんだけどね。けど、それらしい行動にも出ないし、まったく尻尾が掴めない。いつまでも疑っていても仕方ないし、一応シロだとして判断を下すのが普通なんだろうけれどね」
B級ともなれば、腕は立つ。
どうやらその連中はまだD級だそうで、B級冒険者に対抗できるだけの実力はないそうだ。
「――でも、僕の勘がむしろクロだと強く訴えているんだ」
オルトリの勘。
それが訴えているってんなら、確かにそいつらはクロなんだろう。
だが、尻尾を見せない上にギルド内での疑いは薄い。
ただのバカが金に目が眩んでいるという訳でもなさそうだ。
「それで、どうしろってんだ? 尾行しても尻尾を見せねぇんじゃ、どうしようもねぇんじゃねぇか?」
「うん、確かにね。だから、そこで――――」
オルトリの言葉に、思わず目を瞬かせた。
「……おい、正気か?」
「うん、僕は正気だとも」
あまりにも突拍子もない提案に、俺はそんな真似をできるのかと顔を引き攣らせるハメになったのである。
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