Episode.3 三人組の冒険者
「……ここ、ですか?」
「あぁ、行動を共にしてもらうからな。まぁお前はそのまんまでいいし、俺が駆け出し冒険者のフリをして組むってトコだがな」
部屋の入り口に立ったままのエクアを無視して、俺は自分が手配していた宿の部屋へと入り込む。
「どうした?」
「お、男の人と同じ部屋で寝泊まりなんて……はぅぅ……」
いつまで経っても中に入って来ないと思って振り返ってみれば、顔を真っ赤にしながらあわあわと両手を動かし、最終的に動きを完全に止めたエクアが妙な声を漏らしている。
箱入りのお嬢様か何かなのか、コイツは。
冒険者なんて仕事をやっていれば、いずれパーティを組む。
稼ぎが良ければ男女で部屋を分ける事もあるが、宿に部屋がそんなに余っているとは限らず、稼ぎがなければ雑魚寝だって当然だ。
まさかの反応に、思わず呆れてしまう。
「あのな……。別に同じベッドに入れなんて言うつもりはねぇし、そっちのベッドも余ってんだ」
「で、でも同じ部屋っていうのは、その……」
「別の部屋を手配しようとしたら断るわ、厩舎で寝るなんて言い出すわ、お前が悪いんだぞ?」
「あぅ、はい……」
「ほら、入れって」
「ふ、ふ……」
「ふ?」
「不束者ですが、よろしくお願い――あぅっ!?」
「されねぇよ。変なこと言ってねぇで早く入れ」
暴走して勢いよく頭を下げたエクアの後頭部を軽く小突き、俺は部屋に置かれた椅子へと腰掛けた。
確かにエクアは、美少女の類に入る。少しまだあどけなさはあるが、綺麗な顔をしているし、何より胸がデカい。
男ウケしそうな身体、というやつだ。
俺も自分の正確な年齢なんて憶えちゃいないが、まだ二十にもなってないとは思うし、歳はそれなりに近いとは思うが……そもそも俺はそういう目でエクアを見ていない。
そりゃ俺だって男だ。
人並みには女を抱きたいとは思う。
だが、どうでもいい相手に身体を委ねるなんて危険な真似をするつもりはない。
ぎこちなく部屋に入ってきて、遠慮気味に俺と向かい合うように腰掛けたエクアは、相変わらず真っ赤な顔でこちらを見てきた。
「えっと、ルーイットさん」
「ん?」
「その、どうして、ここまでしてくれるんですか?」
――友達の捜索を手伝ってやる。
そう言って、俺はエクアとこうして行動を共にする事になった。
だがその実、オルトリから依頼を受けているから、とは言えない。
俺は冒険者としてはかなり特殊な仕事をしている側だ、おいそれと正体を明かせる立場にいないのだ。
――――しかし、今思い出しても殺意が湧く。
オルトリの野郎め。
俺に「駆け出し冒険者のフリをして接近しろ」なんて無茶を言いやがったのだ。
そうは言われても、俺はこんな性格だ。
駆け出しの冒険者みたいに目を輝かせて仕事をしたりなんて、いくら演技だからってできるはずもない。
そういう意味で、エクアとの出会いは俺にとっても都合が良かったとも言える。
「ま、ちょっとした下心があってな」
「……ふぇっ、えええぇぇぇっ!? や、やっぱりそういう事なんじゃないですかぁ!」
「ん? ――あ。違ぇよ! 下心ってのはそういう意味じゃなくてだな!」
「か、身体が目的だったってことですよね!?」
「そうじゃねぇっての!」
痛恨の言い回しミスだった。
そりゃ下心って聞けばそうなるわ。
なんだか自分まで気恥ずかしくなってきたところで、ふとエクアが笑った。
「ふふっ、判ってます。ルーイットさん、そういう目で私のこと見てませんよねっ」
「……ったく、からかいやがったのか」
くすくすと笑うエクアに、不覚にも少しだけドキッとさせられた。
一つ咳払いして、改めて口を開く。
「エクア。さっき話した
「あ、はい。一週間ぐらい前に、何度か東門の近くで」
「東門の近く、か。そん時はお前みたいな駆け出しを連れてなかったか?」
「いえ、パーティの方達だけでした。剣士のラゼットさんと、シーフのジェスさん。それに魔法使いのドットさんです」
その名前はオルトリから聞いた通りだな。
三人組のパーティ。確かに
外での採集や狩りを行う際に両手が塞がったり、荷物が邪魔で動きが鈍るのを防ぐためにも、
そういう連中を使わなくても、馬車か、あるいは魔導車を持っているなりすれば必要はないが、D級冒険者で馬車持ちなんて滅多にいない。
更なる例外もある。
それは空間系の魔道具。
とは言え、存在こそしているがあんなバカみたいに高い魔道具を持ってる冒険者なんて滅多にいない。せいぜいが豪商や貴族が持っている程度だ。
「あの、ラゼットさん達がどうかしたんですか?」
さて、どうしたものか。
エクアの友達がそいつらに拐かされたなんて情報を与えたら、接近した時に詰め寄る可能性もある。
まだまだ腹芸ができる程、エクアが世渡りに慣れているようにも見えない。
俺もエクアの性根が真っ直ぐな点については信用するつもりだが、信頼までするつもりはない。
「いや、
「え?」
「お前の友達を探す為にも、他の冒険者から情報を得たいからな。そのついでに、お前も情報料で消えた金を稼ぐ必要があるしな。それに、いい人だってんなら色々手伝ってくれるかもしれないだろ」
「あっ、そうですね! だったら私、あの人達と会う方法を教えてもらってるので、すぐに会えると思います!」
「会う方法? 冒険者ギルドにいれば会えるだろ?」
「なんでも、最近
「外で、だと?」
俺が改めて問いかけると、エクアが一枚の紙を取り出した。
東門から少し歩いた先にある森の中心部付近にバツ印が書き込まれている。
「はい。なるべく見知った人を雇いたいから、他の駆け出しの子にはナイショだよって言ってました」
そういう事か。
どうやらオルトリが放った尾行に気付かれているみたいだな。
狩場とも言えるアッシアで行動し、冒険者ギルドにマークされたのがオルトリの話によれば、この二週間以内。
それに気付いて、冒険者ギルドに顔を出すのを控えたんだろう。
今までに雇った駆け出し冒険者のみに獲物を絞ったってところか。
B級冒険者の尾行に気付いて、冒険者ギルドに顔を出すのを控えた。
後は外でやって来る駆け出し冒険者を待つだけ待って、釣れなければこのままこの町から引き上げるつもりか。
どうにもD級冒険者ってのもあながち信用できないかもしれないな。
「いつまでここで仕事するとか、そんな話は聞いてないか?」
「えっと、確か今週いっぱいで他の町に移動するって言ってました」
……ちょうど明日で最後。
どうにか間に合ったらしいな。
ふとエクアを見れば、やはり友達が見つからないせいか表情が曇ったまま俯いていた。
無理もないだろう。
せっかく協力者が現れたとは言え、エクアの中では未だに何も進展がない状態のままなのだから。
十中八九――いや、確実にそいつらが犯人だと知っているのは、俺とオルトリだけだしな。
「……はぁ。そんな顔すんな」
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫だ、お前の友達は必ず見つけてやる」
コツン、と額を指で小突きながらそう言ってやると、エクアはきょとんとした様子で目を丸くして、「――はいっ!」と笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
アッシア東部の森。
そこにはかつてアッシアを有する領主が、愛する息子の趣味である森での狩猟を行う為に設けた別邸が、ひっそりと佇んでいた。今では廃墟となって忘れられてしまった屋敷だ。
そんな屋敷の外。
やってきた一人の女が、美しい顔を歪ませてため息を吐いた。
「はぁ、こんな所を根城にするなんて趣味悪いわね……」
ぱっちりとした切れ長の瞳、目の下と口元にホクロ。長く艶やかな、僅かに赤みがかった白髪を揺らした、スタイルの良い女性だ。
膝丈まであるブーツにミニスカート、ドレスシャツを思わせる黒いシャツは豊満な胸元を見せつけるかのように谷間を晒しており、その上に羽織った黒のロングコートのポケットに手を突っ込んだまま廃墟の中へと足を進めていく。
外観に比べれば、中はまだ幾分かマシといった具合であった。
カツカツとブーツを踏み鳴らしながら中へ入って行くと、奥からはこの屋敷に似つかわしくない爽やかで優しそうな男がやってきた。
「おや、これはこれは。わざわざこんな場所までやって来ていただけるとは光栄ですね。――シャーロット嬢」
にこにこと笑みを浮かべながら歩み寄ってくる男を一瞥して、シャーロットと呼ばれた女性は苛立った様子で腰に手を当てた。
「いつまでこんな所にいるつもりなの、ラゼット。本国からは引き上げるように伝えられているはずだけど?」
「えぇ、存じておりますとも。ただ、あと一人ばかり気になる娘がいましてね。高く売れそうなのですよ。まぁ、その娘の相棒の方はうまく連れて来れたんですが、ね」
「くだらない欲をかいていると足元をすくわれるわよ。言っておくけど、この国の冒険者ギルドは一筋縄ではいかないわ」
「おや、トレジャーハンターとしての功績を認められ、すでにS級にまで上り詰めている麗しき天才であるあなたにしては、ずいぶんと弱気な発言ですね」
ラゼットの小馬鹿にするかのような言葉にピクリと眉を動かすと、シャーロットは小さく鼻を鳴らして嘲笑を浮かべた。
「――この国には、化物がいるのよ」
「はて、化物ですか?」
「えぇ、文字通りの化物がね。そいつに目をつけられたら、タダじゃすまないと思いなさい」
「化物ですか。もしや、『黒』と呼ばれているお伽話のような存在ですか?」
――――まことしやかに囁かれている、『黒』。
冒険者ギルドの裏の仕事を担当するという何者かがいるという。
とは言え、その存在を目の当たりにした者がいるかと言われると、ただのお伽話の類であると誰もがそう思い込んでいる。
ラゼットもまたその一人だ。
そんな物を信じていてどうするんだとでも言いたげに嘲笑してみせるラゼットであったが、しかしシャーロットはそれに反論を口にしようともせず、長い髪を揺らしてラゼットとすれ違う。
「明日は私も同行するわ。何があっても明日で帝国に帰るわよ」
「はいはい、分かりましたよ。っと、どちらへ行かれるので?」
「……商品の様子を見せてもらうわ。手は出してないでしょうね?」
顔だけ振り返って睨みつけるシャーロットに、ラゼットは肩をすくめながら答えた。
「ご安心を。大事な商品ですからね、自ら稼ぎを落とすような真似はしませんよ。稼ぎを落としてまで女を抱きたいとは思いませんしね。それに、どうせお相手いただけるのならあなたのような人の方が私は嬉しいんですがね」
「……調子に乗らないことね。アンタみたいなタイプ、願い下げよ」
吐き捨てるように告げて、シャーロットは屋敷の中へと足を進めた。
かつての領主とやらは決して良い趣味をしているというわけではなかった。
それを物語るのが、居間に置かれた暖炉である。
部屋に敷き詰められた絨毯には凹凸をつけるかのように曲線の模様が刻まれている。その凹凸に合わせて壁に設置された暖炉を動かすと、そこには分厚い扉が姿を見せた。
扉を開けば、薄暗い階段が地下へと伸びている。
中からはすすり泣くような声が僅かに反響して聴こえてくるが、何もこの世のものではない何かがいる訳ではない。
階段を降りるとそこには、魔道具によって明かりが灯されている、鉄格子で仕切られた幾つもの牢屋が左右に並んでいた。
「……よくもまぁ、これだけ集めたものね」
通路は中央部を通り、左右の牢には若い女が数名ずつ。
その奥には、まだ若いがそれなりに見目の良さそうな若い少年もいる。
一人一人の顔をじっと見回したシャーロットが、落胆した様子で嘆息した。
その時、牢の中から一人の〈
年の頃は十代後半といったところだろうか。
赤い髪と勝ち気な性格をしてそうな瞳と、黒猫を思わせる頭頂部の耳。動物の血を引く〈
「あんたもアイツらの仲間なの!? ここから出して!」
「騒がない方がいいわよ。下手に騒げば、薬で眠らされるだけだわ」
「……ッ、いいから出しなさいよ! アッシアには友達がいるの! あの子を一人にしておくなんて、危なっかしくて心配なのよ!」
「いいから黙りなさい。あなた達はこれから売られるの。不慮の事故でもない限り、それは覆らないわ」
「そんな……! フザけないでよ! 私達を解放しなさいよ――!」
「――大人しく言う事を聞いて、何かが起きた時に自分の足で帰れるように意識を奪わせないように振る舞った方が懸命よ。他の皆も、助かりたいならすすり泣いて疲れきるような真似はやめなさい。いざという時の為に牙を研ぐのよ」
それは嘲笑でもなく、ただただまっすぐ向けられた助言のように思えて、その場にいた誰もが泣くのもやめて動きを止めた。
鉄格子にしがみついた〈
「……あなた、アイツらの仲間じゃないの……?」
「ふふ、残念ながら答えは「いいえ」。私はアイツらの仲間よ。でも、雇い主が一緒ってだけで別に一蓮托生の相棒でもなんでもないけどね」
くすりと笑ってみせるシャーロットに毒気を抜かれて、〈
「……一つだけ、お願い。どうか、エクアっていう狐族の子が捕まりそうになったら、こっそり逃げるように教えてあげて」
「……逃がすだけでいいの? 助けを求めるんじゃなくて?」
「私は、どんな状況に陥ったってなんとかしてみせる。でも、お願い。あの子はまだ若いし、良い子なの……ッ! あの子にこんな不幸を与えたくないのよ……ッ! だから、お願い! あの子だけは……ッ!」
涙を堪えて、絞りだすように告げる女を見つめながら、シャーロットは僅かに逡巡してから、〈
「――――」
ばっと勢い良く顔をあげた〈
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