終話

 彼女は何も言わず、ボクの話を聞いていた。

 アイツと出会ってからの人生は、何事も前向きに考えるようになった。

 17歳の夏、アイツは交通事故で死んだ。

 あまりに突然だった。その日は仲間と海水浴に行く計画を立てていた。

 アイツが死んだ日からの数日、ボクの記憶はごっそり抜け落ちている。

 葬式に行ったことも、アイツを偲んで仲間と一晩中語り明かしたことも、後から仲間に聞いた。


 ああ、そうか。

 ボクはアイツが死んで、昔の自分に戻っていたのか。


 「大丈夫ですか?」

 彼女が心配そうに尋ねてきた。

 なんでだろう。君といると素直な自分でいられる。まるで、アイツが傍にいるみたいに。


 『自由の森』に入ってすぐ、大きな木の近くに、ボクでも判る異質な光景が目に入った。

 直径1m位の、乳白色の光の輪が浮いていた。

 これがトンネルの入口?

 「これです」

 そう言って、彼女は本気の笑顔を見せた。ボクも彼女を元の世界へ返せると思うと、本気で嬉しかった。


 「ありがとうございました」

 彼女は深々と頭を下げた。礼儀は同じなのか。

 ボクは彼女の手を握り、

 二度と会うことはないだろうけど、もしまたこっちに来たら助けるからね、と伝えた。

 「はい」

 じゃあ、とボクは手を離し、2,3歩下がった。

 彼女は背を向け、空中で人差し指を揺らした。

 不思議な暗号のような文字が、光の輪の上に浮かび上がった。

 おお、魔法使いっぽい。

 指の動きが止まり、彼女は振り返りボクのところへ戻ってきた。

 手を握られた。

 「大切なお友達を亡くしたのは、とても辛い事です。でも生きているアナタがそこで立ち止まってしまったら駄目です。その方が羨ましがるような人生を送って下さい」

 ボクはうなずくだけで、言葉が出なかった。

 「最後に、ひとつ告白します」

 え?

  「私の今の姿は、本当の姿ではありません」

 それを聞いて、ボクはテレビでよく見る宇宙人の姿を想像した。

 「アナタには本当の私を見せて帰ります」

 では、さようなら。

 手が離れた。

 違う意味でドキドキした。

 彼女の体が光に包まれて・・・ではなかった。

 瞬きする間に変わった。服はそのままで、中身が変わった。肌の色が白くなり、耳が頭の上に、口に長いヒゲが生えた。

 猫?

 そう、まさに彼女の姿は猫そのものだった。

 童話のような光景に驚いている間に、彼女と光の輪は消えていた。

 始まりも終わりも、まるで夢を見ているかのようだった。



 あれから時が過ぎ、季節が変わった。

 今までと変わらない生活が続いていた。相変わらず工場長にはよく怒られる。

 だけど、少し違っていた。

 工場で働くみんなの視線が暖かく感じられた。

 そうやってみんな仕事を覚えていくんだ、がんばれ。

 言葉じゃなく、気持ちが伝わってくる視線だ。


 小学生からの仲間たちは、最近よく連絡を取り合って顔を合わせている。みんなにも言われたが、笑顔でいることが増えた気がする。

 彼女に出会ってから、色々な呪縛から解き放たれ、物事を前向きに考えるようになった。

 まるで、魔法にかけられたかのように。


 仕事帰りのある日、ボクはあの場所で自転車を止めた。霊感どころか五感すら鈍いボクが何かを感じた。

 人混みの中、半透明の少女が立っていた。

 彼女はボクを見つけると、しっかりとした足取りで近づいてきた。

 ハンドルを握る手に、彼女の手が触れる。 

 やあ、また会ったね

 「・・・はい」

 また、迷子になったの、魔法使いさん?

 彼女は首を振り微笑んだ。

 「この星の薬草を集めにきました」

 そうなんだ。

 「でも、本当の目的は、アナタに会うためです」

 しばらくこっちにいられるの?

 「2,3日は滞在しようかと思っています。あの、お手伝いして頂けますか?」

 もちろん! でもその前に・・・

 彼女は首を傾げる

 自己紹介するよ。この前はできなかったからね。

 「私もです」

 ボクの名前は・・・・

 

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迷子になった魔法使い 九里須 大 @madara

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