アルスの投げたコインが空を舞い、地面でバウンドする。

 その瞬間、突風が吹き抜けた。

「…………?」

 正に開戦のような雰囲気だったが二人は立ったままだった。

 しかし何処からか体力や生命力を感じる。

「………!?」

 視界を変えた俺は言葉を失った。


 アルスが作り出した生命力の刃が射出される前に先生に壊される。

 先生が作った体力のソレもアルスによって同じようにされる。

 一つくらいなら俺も頑張れるかもしれない。しかし数が違う。

 一つ作り、壊す横でもう一つ。壊された残骸を利用してもう一つ。数えきれない攻防が同時に行われていた。


 *


 一瞬でも気を抜けばそっちが死に至る。そんな攻防は数十分続いた後に終わりを迎える。

「…………っ」

「…………」

 二人が同時に膝をつく、体力切れだ。もちろん生命力は残っているが生命力を使うにしても体力は必要だ。

 引き分け。その結果に皆が安渡したが、戦いは終わっていなかった。

「終わりか、アルス」

「此方の台詞だ」

 二人はゆっくりと立ち上がり、勢いよく殴りかかる。

 最早錬金術は関係ない。二人の神童の意地と命をかけた死闘である。


 殴り、蹴り、掻き、撃ち、叩き、掴み、噛み、打ち、獣のようになりふり構わず相手を倒す為だけに身体を動かす。


「あの少女も有意義に使い……弟子もオレが育ててやる。安心してゲンの元へいけ、キミア!」

「やめろ……やめろ! これ以上ワタシから奪うな!」

 先生の叫びに呼応するかのように光が放たれる。ついぞ使われる事が無かった汚れた指輪、その中からここにいる誰のものでも無い生命力が出ていた。

 ほんの僅かな、搾りカスのような小さな生命力。しかしソレは拮抗していた二人の戦いを終わらせるには充分だった。

「ゲン・メディア、ここに来て____!」


 *


「……ワタシの勝ちだ」

「ああ、オレの負けだ」

 仰向けのままアルスは懐から一つの小瓶を取り出す。

「分解薬だ……コレはオレにも毒だ」

「…………」

 先生はソレを拾い上げ、錬金術で強化する。

 何も言わぬままソレがアルスに注がれる。

「……やはり、オレは錬金術で死ぬか」

 足から分解されていく自身の身体を見てアルスは小さく笑う。

 どんどん分解されていき、ついに消える瞬間アルスは口を開く。

「さらばだ、キミア。オレの親友よ」


 アルスの居た場所を見ながら、先生は呟くように返す。

「さらばだ、アルス。ワタシの唯一無二の親友よ」


 残されたのは錬金術で編まれていない十一個の錬金石。その中の一つ、舌に付いていた石を拾い上げる。

「これは師匠に返しておく……後はお前が持っていくといい、その方がアルスも喜ぶだろう」

「うん……わかった」

 言われたニャルが残りの指輪を拾い上げる。


「これで……終わったな」

 フラフラと数歩後ろに下がった後、倒れていった先生をコカナシが支える。

「……安静にしてろ」

「それはこちらのセリフです」

 外傷は酷くない。体力の使いすぎによるものだろう。俺はさっき体力を使ったし……

「智野、先生とコネクトして体力を幾分か流してくれ、それで元気になる。コカナシは安静に」

「うん、わかった」

「言われなくても分かってますよ」

 先生の方は問題無し、後は……


 指輪を拾い終わったらしいニャルの元に向かう。

「大丈夫か?」

 アルスを一番したっていたのはニャルだろう。しかし心配とは裏腹にニャルはいつもと変わらない様子だった。

「大丈夫だよ?」

「えと……これからどうするんだ?」

「何も変わらないよ」

「……?」

「あたしの夢、覚えてる?」

「確か……『死んだ人との会話』だったか」

「そ、だからアルスともお別れじゃないの」

「……なるほどな」

「貴方はどうする?」

 ニャルは近くに伏せていた一匹の犬、例のキメラを撫でる。

「一匹だけか?」

「他の子は即興作だから。でもこの子はアルスのお気に入り、ずっとアルスと一緒にいたの」

 キメラは目を細めながら息を荒くする。体調が悪いのか?

「キメラはコネクトで主から生命力を貰って生きているの。アルスが死んじゃったからこの子もダメ」

 そう言って自身の錬金石を差し出す。

「ね、アルスを追う? それともあたしと一緒にアルスを迎える?」

 キメラは少し間を置いた後、錬金石に手を乗せる。

「じゃあ、よろしくね」

 凄まじい速さでコネクトをしたニャルはアルスの錬金石をポケットに入れる。

「あ、そだ!」

 ポケットから代わりに何かを取り出した。

「これね、アルスが渡せって」

「先生に渡せばいいのか?」

「ううん、タカに。アルスに何かあったらタカに渡せって」

「……分かった」

「じゃ、あたしは行くね!」

 ニャルを見送った後、俺は隠すようにソレをポケットに入れて先生達の元へと戻った。

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