③
「まだ立つか」
アルスの手に武器はない。あるのは錬金石のついた指輪のみだ。
それでも自身の身が裂かれるのをゲンは感じていた。目に見えないほど小さく鋭利な物を作り出してるのか、それか生命力そのものか。
ゲンにその正体はわからぬが、やるべき事は決まっていた。
一秒でも長く、時間を稼ぐ事。
故にゲンは錬金の殆どを己の治癒に注いでいた。
訳もわからないモノに切られ、刺されて動かなくなった四肢を錬金する。
ありったけの生命力と僅かな素材でハリボテのような身体を作り上げる。
逃げ出したくなる身体と投げ出したくなる命を地に縫い付け、ゲンは立つ。
「俺を越えてみろ、アルス・マグナ!」
「既に超えている。しがみつく手を離せ……ゲン・メディ!」
*
幾分過ぎたかもわからない。終わりのない防衛戦。それは唐突に終わりを迎える。
攻撃の手を止めたアルスがハリボテの男に向かって呟く。
「錬金薬学。あいつが選択したというから少しは期待したが……その程度か」
平坦な声に混ざる僅かな落胆、それを認識した瞬間ゲンの錬金が止まる。
「……っ」
見えない何かが、ゲンの心臓を突いていた。他の物はどうにかなっても、心臓だけはハリボテでは機能しない。
「さらばだ、錬金薬学師」
*
「…………」
四肢は朽ち果て、舌の錬金石も失った。薄れゆく視界の端に一匹の猫が映る。目が合った猫はゆっくりと歩いて来てゲンの顔を舐める。
その尾がやけに太いのを見て、ゲンは口を開く。
「ネッコワークを……知っているか」
猫の眼が大きく開き、太い尾が五つに分かれる。
「如何にも、我は五尾の五十嵐。死に向かう者よ、要件を聞こう」
「これを……キミアに……ボルさまに」
ゲンはありったけの生命力を指輪に込め、猫の手に置く。
「あの異端なる猫神か。確かに預かった……安らかに眠れ、我らが友よ」
猫が去っていったのを確認して、動かぬ身体で空を見る。
やるだけの事はやった。悔いは……
そこまで思考して、ゲンは最後の言葉を、唯一の悔いを口にする。
「あいつの好きなオムライスのレシピ……教え損ねちまったなぁ」
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